第四章第39話 竜人スイキョウ

「オォォォォ」


大きく息を吸い込んだスイキョウは咆哮をあげる。これは冥龍王の分体も使っていた龍の咆哮ドラゴン・ロアだ。クリスさんとルーちゃんがピクリと反応する。


「ほほほ、妾の咆哮に動じぬとは、中々じゃの」


ふんだ。私の【状態異常耐性】のスキルレベルは MAX だ。効くわけがない。


「私はあなたのことなんて怖くないですからね」


少しでも冷静さを失わせるために挑発していく。


「ほほほ、じゃが、取り巻きどもは平気ではなさそうじゃの。さて、これならどうかの?」


再び息を吸い込むと今度は口から水のブレスを吐き、私たちに打ち込んできた。


「防壁」


私は防壁で水のブレスを受け止める。


「ルーちゃん、クリスさん、白銀の里の時のように!」

「はい」

「わかりましたっ!」


ブレスを受けきったタイミングで私は目くらましの浄化魔法をスイキョウに打ち込む。


そしてそこにルーちゃんが矢を打ち込み、クリスさんが死角から接近していく。


「ほほほ、無駄じゃ」


余裕の表情を見せるスイキョウがその身に纏う黒いオーラは私の浄化魔法もルーちゃんの矢も容易く阻んでしまう。


「が、はっ」


そして次の瞬間、うめき声が聞こえた。その声の方を見るとスイキョウに斬りかかったクリスさんがその腹に拳を受けている。その体はくの字に折れ曲がり、口からは大量の血を吐き出す。


「ほほほ、これで戦闘不能じゃの」


そして倒れているシズクさんの方へとクリスさんを無造作に投げ捨てた。


「ほほほ、さながら死体置き場じゃの?」


そしてスイキョウはニタリと笑う。


「クリスさん!」


私は慌てて呼びかけるが、クリスさんは目を見開いたままピクリとも動かない。


「さて、次はエルフの小娘じゃの」

「えっ?」


一瞬のうちにルーちゃんの目の前に移動すると手刀でルーちゃんのお腹を貫いた。


「あっ、かはっ、ねぇ……さま……」


ルーちゃんは血を吐き、そしてそのままだらりと力が抜ける。瞳から光の失われたルーちゃんをスイキョウはそのままポイとシズクさんとクリスさんの方へと投げ捨てた。


「ほほほ、どうじゃ? 己の実力もわきまえずに強者に挑んで無様に敗れる気分は?」


私は急いでルーちゃんのもとに駆け寄ると治癒魔法をかける。


「ほほほ、そうじゃ。良いことを思いついたぞよ。そなたがその身を差し出すならそのエルフの小娘と騎士の女の命は助けてやろうぞ。そなたの取り巻きどもの命と民の平和のためにその身を差し出す。まさに聖女に相応しい最後ではないかえ? ほほほほほほ」


スイキョウがまたあの底意地の悪い笑顔で悪魔の取引を持ちかけてくる。


「……くっ」


そしてまたあのかんに障る不快な笑い声をあげながら、つかつかと私たちのところへとやってくる。


「それとも、一人殺したほうが決心できるかの? ああ、そうじゃ。そこの白い毛玉などどうかの?」


送還されていないマシロちゃんを見てスイキョウはそう言ってニタリと笑う。


「っ! 結界!」


私はとっさにマシロちゃんを胸に抱え、私たち四人を囲うように結界を発動する。


「ほほほほ、結界に閉じこもっても逃げ場はないぞえ?」


スイキョウは手に黒いオーラを纏うと私の結界を殴りつけてきた。


一発殴られるごとにドシン、と重たい衝撃が走り洞窟全体が揺れる。そして、私の結界にも大きな衝撃が走り、そして歪むのを感じる。


「くっ」

「さあ、いつまでもつかのう?」


スイキョウは心底楽しそうに笑いながら結界をドシン、ドシンといたぶるように殴りつけてくる。


「くうぅぅぅぅ」


あまりに強力な攻撃に私はルーちゃんの治癒をやめて全力で壊されそうになる結界を支える。何とか血を止めてあげることはできたが未だにルーちゃんの容体が安定したとは言えないだろう。確実に助けるには早く治癒魔法をかけてあげる必要がある。


「ほほほ、無様よのう、聖女様? はよ、その身を捧げる決心をすればよいものを」

「そんなこと……!」

「そもそも、こ奴らが死にかけておるのはそなたのせいじゃからのう? 我が国のしきたりに自分勝手な正義感から首を突っ込んだのじゃ。平穏に暮らしている妾の国の民を犠牲にして一人の人間を助けようとしたそなたの身勝手が招いた結果よ」

「でもっ!」

「何が聖女じゃ。自分勝手なエゴのために多くの犠牲を強いる。それがそなたの本性ではないかえ? ほほほほほ」

「……うぅ」


ピシッ


「あ」


動揺したせいで結界の維持に割く集中力が削がれてしまった。


「ほほほ、かかったの。これで終わりじゃ」


スイキョウの拳は私の結界を打ち砕き、そして私を捉えるべく凄まじいスピードで迫ってくる。


ダメだ、間に合わない!


私はルーちゃんとマシロちゃんを庇うように覆いかぶさると覚悟を決めた。





「ぐっ、な、なぜじゃ。なぜ動けるのじゃ」


いつまでたっても殴られないこととスイキョウの苦しげな声に私は恐る恐る顔を上げる。


私の目に映ったのは、立ち上がりキリナギを振りぬいたシズクさん右の手首から先を斬り飛ばされたスイキョウの姿だった。


「フィー、ネ……殿、ぶ、じ……で、ござ……る……か……」


絞り出すようにそう言い残すとシズクさんはそのまま崩れ落ちるように地面に突っ伏した。


「なぜじゃ! 香で思考を麻痺させ、隷属の呪印で意思を封じ、降ろした黒狐を調伏し、さらに妾の力を与え混ぜたのじゃぞ! なぜこのような事がっ!」


なるほど。そういうカラクリだったわけか。


「おのれ、よくも! じゃが貴様に攻撃手段が無いことには変わりはない。もうこのまま殺してくれようぞ!」


スイキョウは大きく息を吸い込みブレスの準備動作に入った。目で見てわかるほどの巨大なエネルギーがその口に集中していく。


そしてスイキョウはブレスを吐き出すために大きく口を開いた!

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