第四章第32話 ヨシテル・ミツルギ

「ふ、力押しだけでは勝てんぞ?」


フィーネ様たちを先に行かせた私はヨシテル殿をそう挑発する。


「グガァァァァァ」


私を押しつぶそうと更に力を入れてくるが、私はセスルームニルの角度を少し変えてその力を逸らしてやる。


その瞬間、ヨシテル殿がバランスを崩したのを見てすかさず肩口に一撃を入れる。


「ゴォォォッォ。キサマ!」


更に頭に血が上ったのか大振りの一撃を繰り出してきたのでカウンターで更に一撃を入れる。


「グッ。ガァァァァァァ」


ヨシテル殿が吠える。


まるで獣の咆哮のようだ。



たしか【降霊術】と言っていたと思うが、どうやらこれはずいぶんと危険な術のようだ。このような術を平気で使わせるとは、スイキョウという女王はずいぶんと冷酷な性格をしているようだ。


同じように治癒ができたとしても、やはりフィーネ様とは全く違う。


「ふ。それにしても、フィーネ様はあっさりと先に行ってしまわれたな」


私は戦いの最中にも関わらず、思わずそう呟いた。もちろん、自分で言い出したことではあるのだが、なんとなく寂しい気持ちもある。


あのままこの化け物と化したヨシテル殿と戦った場合、その身体能力にものをいわされて誰かを守り切れなくなる可能性があった。そして私たちの目的がヨシテル殿を倒すことではなくキリナギの奪還である以上、フィーネ様にキリナギのところへ行っていただく必要がある。


この道場の師範を倒し、師範代を私が食い止めているのだから、個としての戦力はもうここにはなく、残るは数だけのはずだ。数であればフィーネ様の結界、それにルミアとマシロの飛び道具があれば十分に制圧できるはずだ。


そう、だからあの判断は正しいのだ。


そんな思考を巡らせていると、再びヨシテル殿が襲い掛かってくる。


「ガァァァァァァ」


私は闇雲に突っ込んできたヨシテル殿の一撃を躱して太腿に一撃を加える。これで合計四撃入れているが、それでもヨシテル殿は倒れない。傷口から血を流してはいるが、どうやらあの程度の威力では決定的な一撃とは成りえないらしい。


「グゴォォォォォ」


再び何のひねりもない無様な突進をいなした私は、今度は顔面に一撃を入れた。ヨシテル殿はもんどりを打って倒れ込む。


しかしまたすぐに起き上がってきた。顔から血を流しているが全く気にした素振りはない。


「く、まだ立つのか」


さすがにこれはおかしい。妙に骨や筋肉が硬いというのもそうだが、これは痛みを感じていないのではないだろうか?


「グゴォォォォォ」


ヨシテル殿がまた突撃してきたのでその一撃を躱して腹に横薙ぎの一撃を入れて距離を取る。そしてまた突撃してきたのでそれを躱して一撃を入れる。そして……


****


「はぁ、はぁ、はぁ」


私はヨシテル殿を前に肩で息をしている。相対するヨシテル殿は幾度となく入れた私の攻撃で全身が血まみれになっている。


もはや私に斬られていない場所を探すほうが難しいくらいにボロボロになっているのだが、それでもなお倒れない。


その刀はとっくに折れており、今のヨシテル殿は素手で私に殴りかかってきている。もはや正気の沙汰とは思えない。いや、まともな意識が残っているかどうかすら怪しい。


もはや戦闘本能だけで戦っているのではないだろうか?


狂戦士バーサーカー


そんな単語が頭をよぎる。敵味方構わず自分が死ぬまで戦い殺し続ける狂気の戦士だ。


「ヨシテル殿! このままでは死んでしまうぞ! まだ続けるのか!」


私は呼びかける。


あの【降霊術】なるものが原因でおかしくなっているのであれば、意識を呼び戻してやらなければ取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。


だがそんな私の声には一切反応せず、ヨシテル殿は唸り声をあげて私に殴りかかってきた。


「く、やむを得ん」


私はヨシテル殿の拳を屈んで躱すと、そのままセスルームニルをその左胸に突き立てた。鮮血が迸り私は全身に返り血を浴びる。


「ヨシテル殿、すまんな」


私はたった今殺した相手に小さく謝る。未熟な男ではあったが、剣術で負けたくないというその想いは真摯だったように思う。このような邪悪な術に頼らずに努力していれば、と思わないでもない。


私は、力なく私にもたれかかっているヨシテル殿の体からセスルームニルを引き抜く。いや、引き抜こうとした。


「ぬ、抜けない!?」


そして次の瞬間、私の顔面をヨシテル殿の拳が捕らえた。私はそのまま数メートルほど吹き飛ばされ、尻もちをついてしまう。


目の前でちかちかと星が瞬く。


私はそれを振り払い立ち上がるとヨシテルを確認する。なんと、ヨシテルは左胸にセスルームニルが刺さった状態でこちらに歩いてくる。ボタボタと床に血がしたたり落ちている。


「な、なぜ……動ける……のだ?」

「グガァァァァァ」


再び単純な突撃を仕掛けてくるが、私はその拳を大きく躱した。あの拳を何発も受けては、私も立ってはいられないだろう。


セスルームニルを取り返すことは難しそうだ。だが、体術であの化け物と化したヨシテル殿を倒すことは不可能だろう。


「くっ」


私はセスルームニルを取り返せる隙を伺いながら必死に攻撃を躱し続ける。


しかしヨシテル殿の方も私の動きに慣れてきたらしく、そして動きの鈍くなっている私はその拳を徐々に躱しきれなくなっていく。


私はついに一撃を貰ってしまった。


「ぐはっ」


私は――数メートルほどだろうか?――大きく吹き飛ばされてしまった。そしてそのまま床をゴロゴロと転がる。


その時の硬い感触と転がった時の違和感、そして痛みで、私は自分の腰にいたもう一本の剣の存在を思い出した。


「グガァァァァァ」


倒れた私にトドメを刺すべくヨシテル殿が突っ込んでくる。私はお師匠様に教わった動きを冷静に思い出し、抜刀からの居合切りを繰り出した。


片膝を立て、そして抜刀の動作からの流れでそのまま下から切り上げ、そして振り上げた剣を振り下ろす。


フィーネ様の浄化魔法が付与された剣での二連撃を受けたヨシテル殿は声も上げずにそのまま地面に突っ伏し、そしてすぐに灰となって消えてしまった。


そこには私のセスルームニルだけが残されていた。

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