第四章第26話 ミエシロ家(後編)

「ミエシロ家の女はの、妖を降ろして憑りつかせることでその力を一時的に借りることができる巫女の力を持っておる。ミエシロの女が 15 となると巫女として八頭龍神に生贄を捧げられ、そして八頭龍神の加護を得て民を安んじる。これが今のこの国の統治のやり方じゃ。昔は国のあちこちでミエシロ家以外の者も生贄にされておったが、スイキョウが即位してからはこのミヤコでのみ行われておる。スイキョウの神通力をもってすれば地方で行われる生贄の儀式など不要、ということだそうじゃ。それに、実際に平和にはなっておるしの。じゃからスイキョウは民に人気が高いのじゃよ」


私は二の句を継ぐことができない。よりによってシズクさんがそんな……


「シズクは国外に出ておったので 15 を過ぎても生贄にされず、このまま生き延びられるかと思っておったのじゃがの。まさか自分から戻ってくるとは思わんかったわい。全く……」


そう言ってテッサイさんは深くため息をついた。


「……私の……せいです……」


私は自責の念と後悔の念に押しつぶされそうになりながらも何とか言葉を絞り出す。


「私なんかと出会ったからシズクさんは!」

「姉さま……」

「フィーネ様、そのようなことはありません! まだ生贄にされていないなら間に合います。これから会いに行き、説得しましょう!」

「クリスさん……」


私はクリスさんの言葉で少しだけ明るい気分になった。だがテッサイさんの言葉がそれを打ち砕く。


「無理じゃよ。御所はこの国で最も警備の厳重な場所じゃ。そなたらは戦争でもする気かの?」

「う……でも……」

「フィーネちゃんや。そんな顔をするでない。誰も助けに行かぬなどとは言っておらぬぞ? そのためにもクリスを鍛えたのじゃからな」

「「え?」」


私とクリスさんが思わず顔を見合わせる。


「あのような未熟な状態のクリスではとても心配で連れていけんかった。じゃが、今のクリスなら大丈夫じゃろう」


そう言ってテッサイさんはニヤリと笑う。


「救出作戦の決行は明日の夕方じゃ。生贄の儀式は八頭龍神が封じられているという龍神洞で明日の夜に行われるでの。龍神洞とイッテン流の本部道場の二か所に襲撃をかけるのじゃ。龍神洞へはワシらが、そしてイッテン流の本部道場へはフィーネちゃんたちに行ってもらいたいのじゃ」


テッサイさんがそう作戦を説明する。


「どうしてイッテン流の本部道場に行く必要があるんですか? 私もシズクさんのところに!」

「イッテン流の本部道場にはキリナギが封印されておるはずじゃ。聞くところによるとキリナギは次の所有者になろうとした者たちをすでに何人も呪い殺したそうじゃ。おそらく、キリナギの認めた持ち主であるシズクから無理やり引き離したことが原因じゃろうて。スイキョウがイッテン流の本部道場にわざわざ行って封印したと聞いておる」


なるほど。しかし持ち主と離されたからといってそんなにポンポン人を呪い殺すなんて、やっぱりキリナギは妖刀なんじゃないだろうか。


「でも、どうしてキリナギが必要なんですか?」

「妖を降ろした巫女が正気を保っておるとは限らぬからの。最も長くシズクと共にあったキリナギの力が必要になるはずじゃ」

「……妖? とは何なのですか?」

「む? ふむ。ワシも詳しくは知らぬが、犬の姿であったり、龍の姿であったり、狐や鬼の姿であったりと様々だそうじゃ。悪しきものも善きものもおるそうじゃが、人でも動物でもないとは聞いておるのう」

「……魔物、いや霊のようなものでしょうか?」

「幽霊とは違うように思うが、ワシに聞かれてもよく知らぬのじゃ。すまぬの」

「いえ……」


ここは日本っぽいし、妖というのは妖怪のことだろうか。そしてそれは精霊や魔物とは何が違うのだろうか。


「さて、話を戻すかの。ワシとイッテツ、ヤスオで龍神洞に奇襲を仕掛けて生贄の儀式を妨害する。その間にソウジとフィーネちゃんたちがイッテン流の道場からキリナギを奪還する。そしてそのまま龍神洞のワシらと合流してスイキョウを止め、シズクを助けるのじゃ」

「どうして私たちがイッテン流の道場なんですか? みんなで行った方が……」

「それでは間に合わぬかもしれぬからのう。それに、どちらかを先に行うともう一方の警備が厳しくなってしまうじゃろうからの」


なるほど。それは一理あるかもしれない。


「それに、おそらくキリナギを持ち出せるのはフィーネちゃんくらいではないかの? シズクが人類の希望たる聖女だと、それはそれは嬉しそうに話しておったしの。あと、花乙女? じゃったかの? そんなフィーネちゃんならば少なくともキリナギだって呪い殺したりはせぬじゃろう」

「ええ? ああ、ええぇ」


ううん、その辺の話まで全部伝わっているのか。


「テッサイさんはどうしてそこまでしてくれるんですか? テッサイさんはこの国に住んでいる人じゃないですか。一人の犠牲で平和が保たれるなら良い、とは思わないんですか?」


私は話を変えて質問するとテッサイさんは悲しそうな表情を浮かべながら答えた。


「シズクはの。家族のおらぬワシにとって血のつながりはないが孫娘のようなものじゃ。孫娘の命に代えられるものなどないのじゃよ」

「……でも道場の皆さんは!」

「弟子たちも同じようなものでの、皆、身寄りのない者ばかりじゃ。そして今、年の離れた妹や娘のように可愛がってきたシズクを失おうとしておるのじゃぞ。黙っておることなどできぬ」

「テッサイさん……わかりました。一緒にシズクさんを助けましょう!」

「うむ!」

「フィーネ様、やりましょう!」

「あたしもっ! 頑張りますっ!」


こうして私たちは明日の夕方、シズクさん救出のためゴールデンサン巫国に喧嘩を売ることになったのだった。


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フィーネちゃんはシズクを力で奪い返すことを決断しました。果たしてこの決断は正義なのか、それとも独善なのか。

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