第四章第20話 シズクを探して(3)
私はサンジョウミクラにあるイッテン流の道場を後にし、クジョウミヤシロへとやってきた。ここに来るまでの道の途中で見かけた剣術道場でも楽しい道場破り、ではなく真剣な聞き込み調査を行ったが、特に目新しい情報は得られなかった。そして残念ながらシズク殿のような強者に出会うこともできなかった。やはり、シズク殿が特別に強かったということで間違いなさそうだ。そもそも、シズク殿のような強者が同じ国内にいるのであればわざわざ外国で武者修行の旅などする必要はない、ということなのだろう。
さて、私の目の前にはこれまでに聞き込み調査をした道場とは比べ物にならないほどのボロボロで小さな建物がある。看板も他の道場とは違い手のひらサイズの小さな表札にこれまた小さく『シンエイ流剣術道場』と書いてある。
本当にこんな場所が剣術道場なのだろうか?
私は少しだけ不安に駆られてしまう。中からは稽古をする音も聞こえなければ人の気配も感じない。
「頼もう!」
私は意を決して道場の門を叩く。しかし中から返事はない。
「失礼する。どなたかいらっしゃらないか?」
私は門を潜ると玄関の引き戸を開け、建物の中に向かって声をかける。日は少し傾いているが、誰もいないような時間ではないはずだ。
「はーい」
すると建物の奥から男性の声が聞こえ、しばらく待っていると一人の壮年男性が顔を出した。
「おや、外国の方でござるな。何か御用でござるか?」
「こちらはシンエイ流の道場と聞いてきたのだが――」
「む、道場破りでござるか?」
「ああ。聞きたいことがあって来たのだが」
「ならば師範の前にまずは弟子の私がお相手
「面白い」
私はこうして今日何度目か分からない手合わせに臨むこととなった。
****
道場の中庭に通された私は名乗りを受ける。
「シンエイ流中伝、イッテツ・トミオカでござる」
「我が名はクリスティーナ、ホワイトムーン王国聖騎士にして聖女フィーネ・アルジェンタータ様の盾なり。いざ、勝負!」
私はセスルームニルを抜き正眼に構える。
「いざ!」
イッテツ殿がまるでシズク殿のように刀を鞘に納めたままの姿勢で構えた。
これは! この構えはまさしくシズク殿の構えだ!
私はシズク殿のような抜刀からの神速の一撃に備えて慎重に間合いを取る。
そして間合いの外であることを確認した私はセスルームニルに意識を集中し、上から下へと力いっぱい振り下ろす。もちろん、お互いの間合いの外から放ったこの一撃が当たることはないが、イッテツ殿の実力を測るには丁度いいはずだ。
こちらには大砲がある、そう思わせるだけで相手には大きなプレッシャーになる。それに実力が私を大きく下回っているのであれば今の一撃だけで自分の体が真っ二つにされたような錯覚に陥ることだろう。
イッテツ殿の顔に焦りの表情は見えないが、私の一撃を見て警戒を強めたようだ。あんな大振りは簡単に避けられる、そう分かっていたとしてもどうしても警戒せざるを得なくなるのが人間と言うものだ。
事実、イッテツ殿は後手に回った。一合、二合、三合と打ち合っていく。
そして私は理解した。イッテツ殿はシズク殿とは比べ物にならないほど未熟だ、と。
私は横薙ぎの一撃を放ち、イッテツ殿は刀でそれを受け止める。そして私はそのままの流れでイッテツ殿の刀をかち上げる。するとそれでだけでイッテツ殿の体勢が崩れた。私はそのまま首筋にセスルームニルの切っ先を素早く突きつける。
「くっ。参ったでござる」
イッテツ殿が負けを認めたため、私はセスルームニルを鞘に納めた。
「良い勝負だったが、まだまだだな。私たちはイッテツ殿と同じような剣術を使うシズク・ミエシロという女性を探しているのだが、ご存じないか?」
「……申し訳ないでござる。私は師範ではないので質問には答えることができないでござる。師範が戻るまでこちらでお待ちいただけぬか?」
「イッテツ殿、私が勝ったのだ。何故お答え頂けないのだ? 他の道場では勝てば教えてくれたのだが?」
「申し訳ないでござるが、私はいち門下生で師範との勝負を許すに値する人物かを確認することが役目でござる」
「そうか……」
残念だが、どうやらこの道場の師範が戻ってくるのを待つしか無いようだ。
そうしておよそ三十分ほどたっただろうか。縁側に座りお茶を啜りながら待っていると、奥のほうで複数の人の気配がした。
「む、この気配は恐らく師範が戻ってきたでござるな。呼んでくるでござるよ」
そうしてイッテツ殿は道場の奥へと消えていき、そしてすぐに白髪の老人がやってきた。
「ふぉふぉふぉ。おぬしが道場破りのお嬢さんかの? 千客万来じゃて。さて、何がお望みかの?」
「はじめてお目にかかる、ご老人。私はクリスティーナという。私たちの友人であり、あなたのシンエイ流と似たような剣術を使うシズク・ミエシロ殿の行方を探している。ご存じであれば教えていただきたい」
「ふぉふぉふぉ。左様か。うむ。よかろう。おぬしがワシに勝てば教えてやろう。じゃが、おぬしが負けた時は……そうじゃのう、この道場で修業してもらうとするかの」
「なに?」
不可解な要求に私は困惑した。だがまるで追い立てるかのようにこの老人は口を開く。
「ふむ、嫌ならこの勝負は無しじゃ。お引き取り願おうかの」
「……わかった。その条件でお受けしよう」
いくら門下生とはいえ、長年修行しているはずの壮年の弟子があの程度の実力なのだ。その師に負けるようなことはいくらなんでもないだろう。
「我が名はクリスティーナ、ホワイトムーン王国聖騎士にして聖女フィーネ・アルジェンタータ様の盾なり。いざ、勝負!」
私はご老人に向かって名乗りをあげる。
「ふむ、ワシはシンエイ流師範、テッサイ・ミネマキじゃ。さ、どこからでもかかってきなされ」
ご老人、テッサイ殿がそう名乗るがその手には木刀が握られている。
「テッサイ殿? 何故木刀を持っているのだ?」
「ふぉふぉふぉ。これで十分だからじゃよ」
「なんだとっ!?」
私はテッサイ殿に向かって踏み込むとセスルームニルを上段から振り下ろす。
次の瞬間、何が起きたのかも分からず私は地面に仰向けに転がっており、首筋にはテッサイ殿の木刀が突きつけられていた。
「ふぉふぉふぉ。勝負ありじゃの」
テッサイ殿の飄々とした声が私の頭上から聞こえてきたのだった。
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