第四章第15話 クサネを越えて

2021/12/12 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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クサネではクリスさんが風邪をひいたりアーデが深夜にやってきたりと色々なことがあったが、私たちは予定通りに出発した。


ちなみにあの後私がクリスさんの風邪を魔法で治してあげたら何故か謝られてしまった。


「体が冷えれば風邪をひく、そんな当たり前のことを疎かにした私にその苦しみを感じさせることで教訓として頂いたのですよね?」


だそうだ。


別にそんなことは全くないのだが放っておくことにした。


だって、クリスさんだよ? 勘違いを訂正するなんてどう考えても面倒じゃないか。


さて、雪が降ってから既に四日がたった。ミヤコへと向かう道に降り積もった雪は既に端へと退けられておりラッセルする必要もない。クサネに来るまでの雪中行軍とはうってかわって快適に進んでいく。


「除雪されているというのは本当にありがたいですね」


そうしみじみと言ったクリスさんの言葉に私は思いをはせる。


「そうですね。クリスさんばかりに負担を掛けずにすみますからね。クリスさん、いつもありがとうございます」


そう言って軽く後ろを振り返ると、そこには太陽の光を反射して美しく輝くトウゲン湖の水面みなも、そして積雪に白く染め上げられた森と外輪山が映えた美しい景色が広がっている。


中々に見晴らしがいい。どうやらいつの間にかずいぶんと高いところまで登ってきたようだ。


「いい景色ですね」

「はい」


私は誰にともなく呟いたのだが、クリスさんが相槌を打ってくれる。


「ご飯も美味しかったですし、あたしまた来たいですっ!」

「それなら、今度はゆっくりしに来るのもの良いかもしれませんね」


そうして私たちはその景色に背を向け、再びミヤコへの道を歩き出した。


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そこから先の道のりも快適そのものだった。道にはしっかりと石畳が敷き詰められており、雪解け水が混ざってもぬかるんだりもしていない。生贄の儀式のような意味不明な風習が残っていたりする点は気になるが、女王様の統治はしっかりと行き届いているように思う。治安もよく、盗賊にも会っていないし魔物の噂も聞かない。それに、私が聖女様なりきりセットを着ていなければマツハタ宿で身代わりにされかけることも無かったのかもしれない。


あれは村の中での因習の問題のようだし、そう考えるとやはり平和な国に思える。


「胡散臭くて聖女としての立場の私とは相容れない、か……」


私は一昨日アーデに言われたことを思い返してみる。


「フィーネ様、どうかなさいましたか?」


その声に気付いて顔を向けると、クリスさんが私を心配そうに見つめている。


「あ、いえ。一昨日アーデに、この国はとても胡散臭くて、特に聖女としての立場の私とは相容れないって言われたことの意味を考えていました」

「な? あの女、いつの間に!」

「クリスさんが風邪でダウンしていた時ですよ。ルーちゃんが上がった後に一人で温泉を堪能していたんですが、アーデが忍び込んできたんです。それでそのまま一緒にお湯に浸かりながらちょっとお話をしたんですが、その時にそう言われたんです」


本当はもっと色々と恥ずかしい事もされたけど、余計なことは言わないでおこう。アーデは私にずいぶんと好意を寄せてくれているし、私のことを尊重しようとしてくれているように思えるので妙な波風は立てたくない。


それに、その、キ、キスされた、とかハグされたとか、言うの、は、恥ずかしいし。


「それはやはり、生贄の風習のことでしょうか?」

「私もそうかなとは思ったんですけどね。アーデだったらきっとマツハタでのことだって、どこかからか見ていたと思うんです」

「それは、そうですね……」

「とすると、それ以上の何かがあるのかな、と」


私がそう言うと、今度はクリスさんが考え込んでしまった。眉間にしわまで寄せている。


「それって、生贄を国ぐるみでやってるとかじゃないんですか? 姉さまを生贄にしようとするような奴らがいる国なんですから」


ルーちゃんの意見は中々に辛辣だ。


「うーん、いくらなんでもそれはないと思いたいですけどね」

「そうかなぁ……」

「だって、そんなことしていたらどこかで破綻しますよ。生贄にされた人の家族や友達は黙っていないでしょ?」

「でも、姉さま、相手は人間なんですよ? 人間だったらそのくらい平気そうな気がします」


どうもルーちゃんの人間に対する評価がまた低下してきている気がする。一時は評価があがってきたような気もしていたのだけど。


あれ? もしかして単に美味しい食べ物が好きなだけで今までも人間に気を許したわけではなかったのかな?


私はちらりとクリスさんを見遣るが、特に気にした様子は見られない。


「フィーネ様。私は気にしておりません。ルミアは人間全体の事を言っているのであって、私のことを指して言っているわけではありませんから。それにルミアとそのご家族が愚か者どもから受けた仕打ちは私も許せません。だから、という訳ではありませんが、私自身ルミアの言っていることは理解できますし、同意する部分も多くあります」

「そうですか」


それなら良かった。クリスさんはこの世界に来ての一番の恩人だし、ルーちゃんも私の大事な妹分だ。その二人が偏見で喧嘩するようなことになっては悲しいもの。


「ただ、私もフィーネ様のおっしゃる通り、国ぐるみで生贄の儀式するというのはかなり難しいと思います。もし我が国でそのようなことをしたのなら、すぐにその話が民の間に広まり王権に対して挑戦する貴族や有力者が出てくることでしょう」

「なるほど。民衆を味方につけて次の王家になる、ということですか」

「はい。その通りです」


なるほど、確かに国内に有力な勢力がいればそうなりそうだ。だが、もし王様以外に力を持った勢力がいない場合はどうなるのだろうか? やはり神殿なりの勢力が出てくるのだろうか?


それにこの国の女王様はずいぶんと評判がいいようだ。なので普通に考えるなら生贄で誰かに犠牲を強いるようなやり方をしている可能性は低いようにも思う。だが、鍵を掛けないで外出できるほど治安が良いのに胡散臭いというのはどういう事なのだろうか?


アーデの発言だけなので何とも言えないが、きっと彼女は答えを知った上での発言のはずだ。


「ふーん。よく分からないですけど、人間も大変なんですね。でもあたしはご飯が美味しければそれでいいかなー」


そうだね。ルーちゃんはやっぱりそっちが大事だよね。


そんな話をしながら歩いていると、申し訳程度の関所らしき建物が現れた。しかし特に呼び止められることもなく私たちはそのまま堂々と通過した。唯一見張りの衛兵さんらしき人に言われたのは「この先は下り坂で雪解け水で濡れて滑りやすいので足元に気を付けるように」であった。


うん、やっぱり平和だ。あまり深く考えないほうが良いのかもしれない。


私たちは雪の残る下り坂慎重に下っていくのであった。

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