第四章第12話 月夜の温泉と闖入者
「あれ? クリスさん何だか調子悪そうですね。大丈夫ですか?」
「……フィーネ様、大丈夫です。問題ありません」
食後に部屋でくつろいでいたのだが、なんとなくクリスさんの顔が赤いような、そして少し息苦しそうにしているような気がしたので声をかけてみた。クリスさんは大丈夫と言っているがあまり大丈夫そうには見えない。
「クリスさん、今日はずっとラッセルしていて大変でしたから疲れてるんじゃないですか?」
「いえ、あの程度ではそんな……」
クリスさんはなおもそう言い募る。
「うーん、ちょっとおでこ触りますね」
私はクリスさんのおでこに手のひらを当てる。
「ちょっと、クリスさん完全に熱があるじゃないですか。あ、そういえばあんなに汗かいていたのにすぐに着替えなかったですね。それで体が冷えたんじゃないですか?」
「う、それは……」
私は両手を腰に当てて肘を張ったポーズでクリスさんに宣言した。
「クリスさん、暖かくして早く寝てください。いいですね? 風邪が治るまで外出禁止です!」
「そ、そんな! 私はこのくらい……」
「ダメです。ちょっとした風邪でもこじらせて肺炎にでもなったりしたら大変です。美味しいものは食べたので後は暖かくしてよく眠ることです!」
クリスさんが何か言いたげにしているが認めない。
「返事は、はい以外は認めませんよ?」
「は、はい」
「よろしい! じゃあ早くお布団に入ってください」
「わ、わかりました」
クリスさんは渋々といった感じでお布団へと潜り込んだ。
「姉さま、心配ですね……」
「そうですね。でも雪道であれだけ頑張ってもらいましたからね。私たちもせめて体が冷えないように気を使ってあげるべきでした」
****
クリスさんが寝息を立て始めたのを確認した私たちは専用露天風呂へとやってきた。
月明かりと
「姉さま、ちょっと暗くないですか?」
「そういえばルーちゃんは夜目がきかないんでしたね」
「あっ、そっか。姉さまは暗くても見えるんでしたね。ずるいです」
いや、ずるいと言われても困るわけだが。一応、私は吸血鬼なわけなだし。なぜか(笑)ってついているけどね。
私たちは服を脱いで体をさっと流すと早速湯船に浸かる。
「ああああぁぁぁ、きもちいいぃぃぃ」
ルーちゃんが極北の地の時のように変な声をあげている。
まあ、温泉は最強だからね。みんなで温泉に入れば世界は平和になるに違いないのだ。
これぞまさに
え? 意味が分からない? もうちょっと気の利いたことを言え?
ふふふ。私にそんなセンスを求めるほうが間違っているんじゃないかな?
そもそも私だって何を言っているのかよく分からないんだから。
「姉さまっ! ここも温泉なんですよね? どんな効能があるんですか?」
「ええと、ここは酸性泉なので慢性の皮膚病に効くはずです。でも、私たちには今のところ関係ないですね。あとは健康増進とか冷え性とかの一般的な温泉の効能があります」
「ちぇー、美肌じゃないんですね」
「温泉と言っても色々ありますからね。でもここのお湯は白く濁っていて素敵ですよ?」
「それがちゃんと見えるのは姉さまだけですよぉ」
「そういえばそうでしたね。でもまた明日、明るい時間に入ればいいじゃないですか。クリスさんも風邪でダウンしちゃいましたし、しばらくはここに留まることになりそうですからね」
するとルーちゃんが心配そうな表情で答えた。
「……そうですね。姉さまでも治せない病気ってことは、きっとクリスさんはすごい病気にかかっちゃったんですよね?」
「うん?」
「え? 違うんですか? 姉さま、病気も治せるんじゃなかったでしたっけ?」
「……あ」
うん、そうだった。風邪、病気治療魔法で治せるんだった。
病気の治療なんてここ最近は全くやっていなかったのと、風邪といえば暖かくして寝るという常識に囚われてすっかり忘れてた。
「あははは、後で治療しておきますね」
「ええっ! 姉さま自分で治せるの忘れてたんですかっ?」
「その、最近病気の治療なんて全くやっていなかったものでつい」
「もー、姉さまったら……」
うん、クリスさんには悪いことをしてしまった。後で起きたら謝っておこう。
その後しばらく他愛のない話をしていたが、ルーちゃんがのぼせてきたようなので先に部屋に戻ってもらった。
私はそのまま夜の湖を見ながらのんびりと温泉を堪能する。体が温まっているのは感じるが、のぼせるような感じはないのでまだまだ浸かっていられそうだ。
ちょっと熱めのお湯で火照った顔を湖を渡って冷やされた風が優しく冷やしていく。
私は湯船の湖側に移動して景色を眺める。
湯船の先はちょっとした崖になっている。眼下には雪を被った林が広がり、月明かりで青白く照らされている。そしてその先には漆黒の湖が広がり、その表面に白く輝く月の光が作り出す白い帯がこちらへと伸びている。
視線を上げるとトウゲン湖を、そしてこのクサネのカルデラを囲む外輪山の漆黒が湖と空を隔てている。その夜空には美しい半月が浮かび、満天の星々の瞬きがそこに彩を添えている。
「これが満月だったらもっとキレイだったんでしょうけどね」
私は誰にともなく独り呟く。
「そうね。でも、今夜の月もキレイよ?」
「!?」
私は自分の背後にから聞こえてきた声に驚いて慌てて振り向く。
「久しぶりね。フィーネ。元気だったかしら?」
そこには何食わぬ顔で温泉に浸かるアーデの姿があった。
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