第四章第10話 呪われた身投げ岩
「ジンタさん。オタエという人もこの身投げ岩から身を投げたんですか?」
「ああ、そうだ……です」
「そうですか……」
うーん、この魔力は闇属性というか、呪いのような気がするんだよなぁ。
「ちょっと身投げ岩の上に乗ってもいいですか?」
「あ、はい。そこで祈ってやってくれ……さい」
許可を得たので私は試しに登ってみる。すると、この黒い岩からその色と同じ黒い触手のようなものが立ち上り、私に絡みついて拘束しようしてくる。まるでこの岩がこの黒い岩が私に呪いを掛けようとしているかのようだ。
私は【呪い耐性】が MAX なので全く心配していなかったのだが、それ以前に王様に貰ったローブが黒い触手を弾いている。このローブ、単なるコスプレセットかと思いきや意外とこういった防御面でも優れモノなのだ。
「クリスさん、見えていますか?」
「いえ。フィーネ様、何があったのですか?」
私は首を小さく横に振るとジンタさんに向き直る。
「ジンタさん、ここで呪われると何が起きるんですか?」
「え? あ、いや知らねえ、です。その、ただ生きて帰ってこれねぇって……」
「なるほど。そうでしたか」
あーあ、こんな簡単にボロを出すなんてね。
あ、ルーちゃんがすごい目でジンタさんを睨みつけている。
どうやらルーちゃんも気付いたようだ。
私はルーちゃんと視線を合わせると軽く首を振り、そして身投げ岩から降りて横からその岩を観察する。黒い触手は相変わらず私に纏わりついて引っ張りこもうと頑張っているようだ。
「うーん、この岩の上に立った人に呪いをかけて身を投げさせる、みたいな感じですかねえ」
とはいえ、私も呪いなんて詳しくないし見ただけで分かるわけではない。
うん、よくわからないし浄化して終わりにしよう。私はこんなことに関わっている暇はないのだ。
私は目の前の身投げ岩に意識を集中する。
──── 岩に染み込んだ呪いを解呪!そして怨念、闇の魔力その他諸々、まとめてキレイさっぱり浄化!
眩い光が身投げ岩を包み込む。
「う、意外と手ごわい」
解呪に対する抵抗が凄まじい。どうやらそのせいで浄化魔法も通っていないようだ。
私は解呪魔法により多くの魔力を注ぎ込み解呪を試みる。
私の解呪魔法とそれに抵抗する身投げ岩、しばらくせめぎ合いを続けていたが徐々に私の解呪魔法が押しはじめる。
そしてついに呪いを打ち破った。すると呪いに押しとどめられていた浄化の光が身投げ岩の中へと浸透していく。
そうしてしばらくすると私の浄化魔法は身投げ岩全体を浄化した。浄化された身投げ岩は黒い色から周囲の岩と同じ灰色へと変化している。
「ふう、これで完了ですね」
すると次の瞬間、身投げ岩から 6 人の若い女性の霊が現れ、そして天へと昇って行った。全員巫女服に三角頭巾というお揃いの格好をしていたが、その表情は一様に穏やかだった。
「フィーネ様、い、今のは……?」
「多分、この身投げ岩に呪われて囚われてしまった女性の魂が昇天していったのだと思います」
私は念のために身投げ岩に葬送の魔法をかけるが、すでに囚われていた女性たちは昇天した後のようで特に効果はなかった。
「な、なるほど。ではもうこれで解決ですね」
「いえ、そうではありません。なので戻りましょう」
「??? フィーネ様、どういうことでしょうか?」
「着いたら話しますよ」
****
「女将さん、戻ってきましたよ」
その瞬間、女将さんは呆然としたような表情を浮かべ、その後ハッとして私に笑顔を向けてきた。
「ああ、おかえり。どうだったかい?」
「どうもこうもありませんよ。女将さん、知っていましたよね?」
女将さんの表情が固まった。そして少し取り繕うかのように笑顔を顔に貼り付けて言葉を連ねる。
「な、何のことだい? それよりきちんと慰霊してきてくれたんだろう?」
「慰霊というか、生贄に捧げられた皆さんは全員無事に昇天しましたよ」
「「「え?」」」
女将さん、ジンタさん、そしてクリスさんの声も重なった。身投げ岩のところで気付いであろうルーちゃんはさっきからずっと無表情だ。
「ねえ、女将さん、ジンタさん。この村では 5 年おきに女性を生贄に捧げていますよね?」
女将さんとジンタさんは俯いて視線を落としたまま口を閉ざしている。
「そうですか。答えてくれませんか。では、私は誰の身代わりで生贄にされたんですか?」
「……」
「わざわざ生贄にした女性に巫女装束を着せていたのは、神に仕える人を生贄にするって意味でしょうかね? 外人の聖職者ならいい身代わりになるとでも思いましたか?」
二人はなおも口を閉ざしている。
「普通の見習い聖職者ならば上手くいったかもしれませんが、相手が悪かったですね。私にはあの程度の呪いは効きません。もう一度聞きますが、誰の身代わりですか? そして、何のためにこんなことをしたんですか?」
二人は肩を震わせながら地面を見ている。
「……ああ、くそっ。俺の妹だ! そうだよ。5 年に一度、オタエヶ淵に村の若い女を生贄に捧げてる。そうすれば竜の守り神様が山崩れから俺たちを守ってくれるって! それに、竜の守り神様のところに行った女はみんな幸せに暮らしてるって……でもっ!」
ジンタさんが吐き捨てるように言った。
つまり、出発前にジンタさんが驚いていたのは幸せに暮らしているはずのヒナツルさんが迷っていたことにびっくりした、ということか。
それにしても、生贄にされた女性が幸せに暮らせるって、一体どういう思考回路をしているのだろうか?
あ、でもジンタさんは妹を犠牲にしたくなくて私を身代わりにしようとしたんだろうから正常といえば正常なのかな。いや、行きずりの人間を殺そうとする時点で正常ではないか。
私は思考を止めて再び問いかける。
「なるほど。それで前回はヒナツルさんが選ばれた、と。わかりました。あとこれ、そんなに古い風習ではないですよね?」
「そうだよ。今回で八回目だよ」
観念したのか、女将さんが答える。
なるほど。さっき昇天した 6 人とヒナツルさんの 7 人が被害者か。人数は合っている。
うん、もう答え合わせは十分だね。
「あの呪われた岩に生贄を捧げることで、土砂崩れや洪水からこの村が本当に守られていたのかは分かりません。ただ、あの岩はもう私が浄化しました。ですので生贄を捧げても皆さんが期待するような効果があるかどうかは分かりませんよ。まあ、今までも効果が本当にあったのかは知りませんが……」
「……」
「なので、私としてはもう生贄なんていう馬鹿なことはやめて、災害の危険が少ない場所に引っ越すのをおススメします」
「そんな、こと……」
女将さんがか細い声をなんとか絞り出したが、その先は言葉にならない様子だった。
「それじゃ、クリスさん、ルーちゃん、行きましょう」
「フィーネ様、よろしいのですか? この連中はフィーネ様を騙して生贄にしようとしたのですよ!」
「私は無事ですし、この人たちに報復したって何にもなりません。ここから先はこの村の人たちの問題で、私たちが首を突っ込む問題ではありません。それに、私にとってはこんなどうでもいい村の事なんかよりもシズクさんを見つけることのほうが大事ですから」
「……はい」
クリスさんは私を生贄にされそうになったと知ってそのことを怒っているようだ。不満、という文字が顔に書いてある。ルーちゃんは相変わらず無表情だ。
私たちはそのままミナグチ屋、そしてマツハタ宿を後にする。
「生贄なんて。やっぱり人間って愚かですよね」
ルーちゃんがぼそりとそう呟いた。
その呟きを聞いた私はドキリとした。それはシルツァの里の女王であるシグリーズィアさんが言っていたことと同じで、そして私の中でも同意する部分が数多くある。
それに私は吸血鬼だが、心は人間だと思っている。
しかし、本当にいつまでもそう言っていられるのだろうか?
得も知れぬ漠然とした不安を胸に私はクリスさんの後に続いて雪道を進むのだった。
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