第四章第8話 深夜の救済
ミナグチ屋に泊まることにした私たちはそのまま囲炉裏端に座り、お茶を飲みながら女将さんと話をしている。
「はあー、そうなんだね。お嬢ちゃんたちはお友達を探してこんな遠くまで来たのかい。大変だったねぇ。でも、悪いねぇ。うちに泊まったお客さんの中にはそういう人はいなかったよ」
「そうですか……」
「うちで泊まっていくお客さんなんてほとんどいないからねぇ。こういう事でもない限りみんな次のクサネ宿で一泊だよ。それにこのところは天気も安定していたしねぇ」
確かに、私たちも元々はその予定だったのだし、こんな風に季節外れの大雪にでも見舞われなければこの村で泊まることはなかっただろう。
「もしかしたらここでも見た人はいるかもしれないけど、多分お友達を探すならクサネで探したほうが早いと思うよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「ところで、お嬢ちゃん、その服装はもしかして西方の聖職者なのかい?」
「どこかの組織に所属しているわけではありませんが、見習いのようなものです。【聖属性魔法】と【回復魔法】であればそれなりに使えますけど、何かお困りな事でもあるのですか?」
「いやいや、困りごとっていうわけじゃないんだけどね。どうせなら近くのオタエヶ淵っていう場所で冥福を祈ってきてほしいんだよ」
「はあ」
いきなり一体何のことだろうか? 浄化魔法や葬送魔法が必要なわけではないけどわざわざ聖職者に祈ってきてほしいとはどういうこと?
「オタエヶ淵っていうのはここから少し下流に行ったところにある淵なんだけどね、昔その淵にオタエっていう、うちの
えーと、完全に迷っちゃってるパターンじゃないの? っていうか、それ昨日の夜のかまってちゃんだよね?
私がちらりとクリスさんを見ると案の定青ざめている。
「私も昨晩すすり泣く声は聞きましたし、良いですよ。私が成仏させてあげましょう」
サキモリ天満宮でも手の届いていないところは助けて欲しいってお願いされてるしね!
「ああ、ありがとうね。今からだと大変だろうから明日お願いできるかい?」
「はい。もちろんです」
私がそう答えると女将さんは「よろしく頼むよ」と言って仕事に戻っていった。
****
そしてその夜、私はまたもや夜中に目が覚めてしまった。
左の布団のクリスさんはぐっすり眠っているようだ。しかし、右の布団のルーちゃんは昨晩とは違い眉間にしわが寄っている。どうやら昨晩とは違い美味しいラーメンを食べる夢を見ているわけではなさそうだ。
いや、この表情はもしかすると食べ物が美味しくないという悪夢を見ているのかもしれない。
「むぅぅ、味がしない……」
おお、正解だ。
この調子なら、ルーちゃんの夢の内容を当てる女王選手権大会が開催されたら優勝を狙えるかもしれない。
優勝賞品は、うーん、ルーちゃんにご飯を食べさせる権利一年分とかかな。
うん、それは私以外誰も参加しないやつだ。
じゃあ何が良いかな?
と、そんな馬鹿馬鹿しいことをつらつらと考えていたのだが、どうにも眠くならない。
このまま横になっていても寝付けそうにないので私はゆっくりと上体を起こした。
するとその時だった。
また昨晩のすすり泣く声が聞こえてきた。
しくしくしくしく
うーん、このあたり一帯をまとめて浄化するのでもいいけれど、ちょっと事情を聞いてみよう。
「オタエさん、ですか?」
私の声に反応したのかすすり泣く声がピタリと止んだ。そしてしばらくするとまたすすり泣く声が聞こえてくるようになった。
「うーん、あっちのほうですね」
私は聖女様なりきりセットに着替えると障子を開けて縁側へと出る。するとそこには白と赤の巫女装束に身を包み、頭に三角頭巾を着けたうっすらと半透明の女性が立っていた。ほんの極わずかに黒い靄のようなものも纏わりついており、もちろんは足がない。
さて、どこからどう見ても幽霊なわけだ。この黒い靄は幽霊になってから時間が経ち悪霊になりそうになっているとか、怨念が漏れ出しているとか、そんな感じかな?
だが、このちぐはぐな服装は一体どういうことだろうか?
これまでの経験や色々な人から話を聞いたことを総合すると、幽霊となった人は死んだときの服装のまま幽霊となるというのが普通だ。
つまり、もしこの女性が身を投げて死んだというなら巫女装束に三角頭巾を身に着けた状態で身を投げて死んだということになるのだが、本当にそんな恰好で身を投げるものなのだろうか?
それに、そもそも巫女装束を普通の村娘が着たりすることはできるものなのだろうか?
これは何かがおかしい。
「あなたは何を望んでいますか?」
しくしくしくしく
すすり泣いているだけで話してくれない。よほど悲しいことがあったのだろう。
──── 【闇属性魔法】、この女性を正気に戻して話せるように
ほとんど見えないけれど、僅かな闇の魔力がこの女性の幽霊に吸い込まれていく。これはアンジェリカさんの時にやったのと同じ魔法だ。
「あ、あ、あ、いないの。彼がいないの」
言葉が喋れるようになったが、彼がいないとはどいうことだ?
まだ錯乱しているようなので鎮静魔法をかけてから質問を投げかけてみる。
「あなたは誰ですか? それと彼というのは誰ですか?」
「え? あ、あたしはヒナツルです。ええと、彼というのはヤシチ様で」
よかった。鎮静魔法は幽霊にも効果があるようだ。
って、オタエさんじゃなくてヒナツルさん!? この子別人じゃん!
「ヤシチ様がいないというのは?」
「ヤシチ様は、ミヤコに行くって。スイキョウ様にお仕えして、あたしを幸せにしてくれるって約束したのに……ううっ」
「帰ってこなかったんですか?」
ヒナツルさんは小さく頷いたように見える。どうやら都会に出ていった恋人が帰ってこないことを悲観して身投げをした、ということのようだ。
「いないんです。ヤシチ様が。オタエヶ淵に身を投げればヤシチ様に会えるって聞いたのに。ああ、ヤシチ様……」
うーむ、どうやら怪しげな迷信が
しかしどうしたものか。ヒナツルさんはこれ以上は知らなそうだし、送ってあげた方が良いかもしれない。
「ヤシチさんに会えるかは分かりませんが、神様のところへ送ってあげることはできますよ。どうしますか?」
「……ヤシチ様……」
しかしヒナツルさんが私の問いかけに答えることはなかった。
どうやら私の魔法が解けてしまったようだ。もう少し話を聞きたいので同じ魔法をもう一度かけてみたが効果がなかった。
スキルレベルが足りないのか、それともこの手の魔法は一度しか効果がないのか、それとも時間を置く必要があるのかは分からないが、とにかくダメだった。
うーん、このまま放っておいて悪霊になったら困るしなぁ。ヤシチさんに似た人が通りかかったら勘違いして憑りついたりしそうだし。
よし、やっぱり送ってあげよう。
「ヒナツルさん。どうか安らかに眠ってください。葬送」
光に包まれて昇天していくヒナツルさんは、心なしか笑っていたような気がした。
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