第四章第2話 はじめての和食?

夕食の時間になった私たちは食堂へとやってきた。私たちが食堂に入るなり他の宿泊客の視線が私たちに集中したのがよく分かる。よほど外国人を見るのが珍しいらしい。


「フィーネ様、注目を集めてらっしゃいますね」

「いえ、注目を集めているのは私だけではないと思いますが……」

「その花柄の巫国のお召し物、とてもよくお似合いですよ」


そう、私は部屋に用意してあった浴衣を着て食堂へとやってきたのだ。それも白地に桜の花があしらわれた可愛らしい浴衣だ。私はそれを見てまるでリーチェの花のようだと一目見て気に入った。


これはもうまさしく私とリーチェのために用意された浴衣に違いない。そう思った瞬間私はこの浴衣に袖を通していた。


ちなみにクリスさんはいざという時に動けないと困ると、そしてルーちゃんは動くとはだけるのが嫌だと言って着てくれなかった。


ちっ、残念!


さて、私たちが席に着くと料理が運ばれてきた。


「こちらは菜の花と笹身の辛子和えでございます」


小さな小鉢に入れられてお通し的な奴が運ばれてきた。


私とルーちゃんはお箸を使っているがクリスさんはマイフォーク持参だ。ルーちゃんはレッドスカイ帝国滞在中にお箸の使い方を完璧にマスターしたが、クリスさんは未だに練習中の身だ。こういう細かい作業が苦手なのはなんとなくクリスさんらしいといえばそうかもしれない。


「姉さまっ、ピリ辛で美味しいですね!」

「そうですね。私もこの味は好きですよ」


久しぶりの和食だ。あ、いや、和食じゃなくて巫国食かな?


いや、でも何だか懐かしい気持ちになる味だ。やっぱり和食でいいや。私の中では和食ということにしておこう。


「季節の小鉢三点盛りでございます。こちらから順にそら豆、ワカサギの南蛮漬け、さつま揚げでございます」

「なるほど。巫国の料理はこのように品数が多いのですね。あまりたくさんお召し上がりにならないフィーネ様にはぴったりですね」

「でもその分ルーちゃんには辛そうですけどね」

「んー、でも美味しいですよねっ」


ルーちゃんにはちょっと酷かもしれないが、やっぱり和食は美味しい。どれもこれも前の世界が恋しくなる味だ。


「お造りになります。こちらからさわらあじ、縞鯵、平目、紋甲烏賊でございます」

「おお、お刺身まであるんですね」

「え? 生の魚……ですか?」


クリスさんがお刺身を見て驚いている。


ああ、確かにホワイトムーン王国だと魚は生では食べないもんね。でもここは港町だし、鮮度に問題はないんじゃないかな?


「姉さまっ、魚ってっただけでも美味しいんですね!」


ルーちゃんは既にお刺身を美味しそうに食べている。


「そうですね。でも魚の種類によっては寄生虫でお腹を壊したりするそうですから、自分で捕まえた魚をお刺身で食べちゃダメですよ?」

「はーい」


普通はクリスさんのように二の足を踏むところだろうに、ルーちゃんの食への探求心は素直にすごいと思う。


でも、魚を切っただけというこの言葉になんとなく不穏な雰囲気が感じられるのは何故だろうか?


「わ、私はちょっとこれは遠慮させていただこうかと……」

「じゃあ、あたしが貰いますねっ!」


食わず嫌いしたクリスさんのお刺身を嬉々として食べるルーちゃん。幸せそうに食べているその笑顔はやっぱり癒される。


あ、いや別に今は前ほどストレスはないけどね。シズクさんがいなくなった事以外。


「鰆の西京焼きでございます」


味噌の香りが素晴らしい。ああ、何だか白いご飯が食べたくなってくる。


「姉さまっ、これ、すごい美味しいです。この独特の香りは何ですかっ?」

「これは味噌という調味料のはずです。確か、米や大豆をどうにかして作るはずです」

「味噌、ですね! 姉さまっ! この調味料は是非手に入れて帰りましょう!」

「そうですね」


ルーちゃんは味噌が大層気に入ったようだ。目をキラキラさせている。


クリスさんはというとクンクンと匂いを嗅いだり付け合わせの矢生姜に興味津々だったりと楽しんでいる様子だ。


「新筍の炊き合わせでございます」


ああ、これぞザ・和食だ。筍に何かの魚と何かの野菜の茎っぽいものが鰹出汁で煮込んである。ん? 炊いてある、かな? 私は詳しくないのでそのあたりの違いはよく分からない。


「ああ、ああ、これは美味しいですね。本当に……!」

「姉さま、こういう味が好きなんですね。あたしもこれ好きですっ!」

「どうすればこのような美味しい煮物が作れるんでしょう。調理師というのはすごいものですね。フィーネ様」

「ええ、本当ですね」


全くもってどうやって調理しているのか想像もつかない。


「サキモリ名物、鶏の水炊きでございます」


熱々の土鍋が運ばれてきた。白濁したスープから漂う香りが食欲を引き立てる。


「おー、すごいっ! スープですねっ!」

「最後に雑炊でお召し上がりいただけます」


おお、素晴らしい。〆の雑炊まであるんだ。


「ルーちゃん、残ったスープで更に調理してくれるそうなので全部飲んじゃだめですよ?」

「はーい。あれ? これ三人で一つですか? ちょっと少ないような?」


そう思うのはルーちゃん家族だけだと思う。さすがにこの土鍋が一人一つ出てくるさまは想像の埒外だ。


「私はそんなにたくさんは食べられないので、ルーちゃんたくさん食べてくださいね」

「ありがとう姉さまっ! 大好きです!」


可愛い妹分の喜ぶ顔を見ながら私は取り分けていく。


「はい。クリスさんもどうぞ」

「フィーネ様、ありがとうございます。本来は私がやるべきところを……」

「いえ、好きでやっていますから」


それに、慣れていない人に任せると汁まで全部取り分けてしまいそうだしね。


「むむ、あっさりとした塩味にこのトロリとした濃厚なスープ、野菜も歯ごたえが残っている。フィーネ様、これは美味しいですね」

「私もこういうのは初めて食べましたが美味しいですね」


ルーちゃんも貪るように食べている。相当気に入ってくれたようだ。


そうして具の無くなった鍋が一度下げられ、雑炊となって戻ってきた。


「お待たせいたしました。雑炊でございます」


女中さんが蓋を取ると水炊きのスープの香り、それにゴマの香りが鼻腔をくすぐる。溶き卵に火が通ってご飯と混ざりクリーム色となった雑炊の上には刻みネギが散りばめられ、緑がそのコントラストを引き立たせている。


「ふわぁぁ、美味しそう」

「これはリゾットのようなものでしょうか?」

「そうですね。はい、どうぞ」


ちなみに私はリゾットをよく知らないが、お米を使っているのだから親戚のようなものだろう。多分。


私は二人に取り分けてあげる。もちろんルーちゃんには山盛りだ。


「「ありがとうございます(っ!)」」


私も自分の分を取り分けるとレンゲを口に運ぶ。


「うん、美味しいですね」


濃厚なスープがご飯に染み込んでいてしっかりと味が出ている。それでいて溶き卵と混ざり、そして丁度いい具合に火が通ってふわふわになっている。そこにシャキシャキのネギの香りとゴマの香りがアクセントを加えている。


うん、すごくおいしい。


「姉さま、あたしこの国のご飯大好きですっ!」


そう言ってルーちゃんが今日一番の笑顔を見せてくれた。


うん、和食を気に入ってくれたようで何よりだ。


「でも、量が少ないのが残念ですね」


ああ、うん。まあ、ルーちゃんにはそうかもね……。

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