第三章第40話 ツィンシャの町、そして再び

驚いている三人に私は恐る恐る口を開く。


「……あの、クリスさんとシズクさんは何をそんな驚いた表情をしているんですか? このぐらいいつもやっているじゃないですか。えーと、ベルード? その、もしかしたら聖属性魔法にはあまり馴染みがないのかもしれませんが、私にとってこれはいつものことことですし、それに神殿に行けばこのぐらいのことをできる人はたくさんいますよ?」


そんな中ルーちゃんだけキョトンとしているのが可愛い。この殺伐とした廃村に舞い降りた貴重な癒しだ。


「貴様が何故その魔法を使えるのだ?」

「ええと?」


ベルードが私を睨み付けながら聞いてきた。


「とぼけるな! その詠唱は何だと聞いているのだ!」

「すみません。本当に言っている意味が分からないんです」

「つまり、貴様は常にその詠唱で死者を送っているというのか?」

「いえ、いつもではないです。送ってあげる相手のことが分かっている時はその人に合わせて詠唱しているというか、そんな感じです」

「毎回詠唱を変えている、だと!?」


うう、どうしよう。なんで怒られているんだか全然わからない。


特定の人を送ってあげるんだから、その言葉をその人のために考えてあげるのってそんなにおかしな事なの?


どこかにベルードを怒らせるような言葉が入ってしまっていたんだろうか?


「ベルード殿、フィーネ様をそのように追い詰めるのはやめて頂きたい」


クリスさんがベルードとの間に割って入ってきた。


「なんだと? この人間風情が!」


え? もしかして喧嘩になる?


「何と言われようとも結構。フィーネ様は貴殿のお養母様かあさま御霊みたまを安んじてくださった。そのフィーネ様に対する今の貴殿のその態度、お養母様に見せて恥ずかしくはないのか?」


それを聞いたベルードはちっ、と小さく舌打ちをした。


「……いいだろう。フィーネに免じてこの場は不問としてやる。だが、次に舐めた口を聞いたらその首を刎ね飛ばしてやるからな」


そう言いながらベルードは凄まじい殺気を放っている。私は自分に向けられていないにもかかわらず身の縮こまる思いがした。


「貴様らはツィンシャまで行くのだったな?」

「はい。そうです」

「では、送ってやろう。いつまでもここに居座られてはその騎士の首を刎ねてしまいそうだからな」


そう言うとベルードは私たちから少し離れ、何かの魔法を唱えた。


すると私たちの体が黒い薄膜のようなものに包まれ、そしてふわりと宙に浮き上がった。


「暴れるなよ。落ちても知らんぞ」


そのまま私たちはその薄膜の中に閉じ込められてゆっくりと浮上していく。そしてそのままグングンと高度とスピードをあげる。辺りを一望できるので景色は良いが、下に何もないというのがどうにも落ち着かない。


「ね、姉さまっ! あたし達飛んでますよっ!」

「これが……魔族の魔法か……」

「凄まじいでござるな」

「これは何属性魔法なんですかね? うーん、風のような気もするけれど」

「えっ? 姉さま、ということはマシロも使えるってことですか?」

「どうなんでしょう。でも闇属性のような気もするんですよね。うーん、ちょっと何とも言えないです」

「そっかぁ」


三人とも先ほどの緊迫した雰囲気をすっかり忘れて驚いている。


それにしても、みんな桟道ではあんなに怖がっていたのにこれは平気なのね。不思議。


そんなことを思っていると、すぐにツィンシャの町が見えてきた。徐々に高度と移動スピードが落ちていき、そして私たちはツィンシャの町の近くの茂みにふわりと着地した。


「はあ、とにかくみんな無事で戻ってこられて良かったです」


私は思わず心の内を漏らした。正直、明らかに格上だし、やたらと横柄で上から目線だし、そのうえキレるポイントがどこにあるかわからないしで、二度と相対したくない相手だ。


「さ、日が暮れないうちに町に入って宿を取りましょう」


私がそう促すとみんな歩き始めた。


「それにしても、クリスさん、ベルードに食ってかかるなんて、あそこで彼がキレていたらどうするつもりだったんですか?」

「う、申し訳ありません。ですが、フィーネ様があのように謂れのない追及を受けることは我慢できず……」

「……まったく。今のわたし達ではベルードに勝てないことぐらい分かっていましたよね?」

「はい。返す言葉もありません」

「私はまだクリスさんとお別れするつもりはないんですから。私が多少理不尽な目に合うぐらいで無事に済むならそれでいいんですよ? あ、それと、シズクさんもです。手合わせをしようとか考えてましたよね?」

「う……」

「私はシズクさんとも、それにもちろんルーちゃんともお別れするつもりはないですから。私は【蘇生魔法】は使えないんですから、死んでしまったら助けられないんですよ?」

「面目ないでござる」

「姉さま……」

「いいですね? 勝手に死ぬようなことはしないで下さい。約束ですよ?」

「わかりました」

「了解でござる」

「はいっ!」

「じゃあ、行きましょう」


こうして私たちは足早に町の門を目指したのだった。


あれ? 何か大事なことを聞き忘れているような?


まあ、いいか。思い出せないならきっと大したことじゃないはずだ。


****


私たちは前回泊まった宿と同じ宿に宿泊した。設備もサービスも食事も悪くなく、ルーちゃん向けの大盛りメニューもある素敵なお宿だ。


そして夕食も終わりお腹も膨れたので、今は私とクリスさんの部屋――二人部屋を二部屋借りたのでルーちゃんはシズクさんと一緒の部屋だ――で今後の予定を相談している。


「さて、これからどうしましょうか?」

「拙者はそもそも武者修行の旅をしている途中でござるからな。どこへでも構わないでござるが、強い者の多い場所が良いでござるな。魔物のたくさんいる場所でも良いでござるよ」

「あたしは姉さまと一緒ならどこでも。あ、でも行ったことがない場所のほうがいいかもです」

「フィーネ様はどうされたいですか?」

「そうですね。他のエルフの里は今のところリーチェの浄化が必要とはしていないみたいですし、後で良いと思います。それなら、やっぱりルーちゃんの妹探しですかね」

「とすると、リルンに戻ってアスラン殿に情報を聞きますか?」

「それも良いと思いますが、その前に一度レッドスカイ帝国の帝都に行って皇帝陛下にご挨拶しておいたほうが良いと思うんです。ルーちゃんの妹探しだと、聖女候補としての立場のほうが話が通りやすいでしょうし」

「なるほど。皇帝に話がつけられるのであればそれが一番でござるな。しかし、聖女様というのは皇帝にも気軽に会える身分でござったのか」

「シズクさんもあたしの妹を探すのを手伝ってくれるんですか?」

「もちろんでござるよ。ルミア殿も拙者の仲間でござるからな。仲間が困っているなら助けるのは当然でござるよ」

「ありがとうございますっ!」


そんな話をしていると、部屋の扉がノックされた。


「どちら様でしょうか?」

私は扉越しに返事をする。


「フィーネ・アルジェンタータ様、ロビーにお客様がいらしております」

「客、ですか?」

「はい、フェルヒ、と名乗る男性でございます」

「フェルヒ!?」


私たちは思わず叫び声をあげてしまった。

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