第三章第34話 花乙女への依頼

「ウサギ型の精霊って……ご飯……食べるんですね……」

「まるで……ルミア殿のような食べっぷりでござるな……」


そう呟いた私に反応してくれたのはシズクさんだ。


今、私たちはルーちゃんがマシロちゃんと契約したお祝いランチと称してシグリーズィアさんと食卓を囲んでいる。


私たちの正面に座ったルーちゃんはご機嫌な様子でマシロちゃんに野菜を食べさせている。


そして何と普段ならこういった行動を止めそうなクリスさんまでもがマシロちゃんに餌付けをしているのだ。


意外とああいう小動物が好きなのかもしれない。


「飼い主、じゃなかった契約者に似たんでしょうかね……」

「そうかもしれないでござるな……」

「あっ! ルーちゃん、ウサギにお肉は!」

「えっ?」


ルーちゃんがマシロちゃんにお肉を与えようとしたので慌てて止める。


「フィーネ様、問題ございませんわ。精霊は動物とは違いますゆえ、食べたいものを与えればよいのでございますわ」

「本当ですか? シグリーズィア様っ! はい、マシロ、ビッグボアーのお肉だよ」


ウサギがもきゅもきゅと肉をビッグボアーのステーキの欠片を頬張っている。あの小さな体のどこにあんなにたくさん入るのだろうか。


「あの、シグリーズィアさん、もしかしてうちのリーチェにも何か食べさせた方がいいんですか?」

「いいえ、精霊は食事を必要としませんわ」

「じゃあ、なんでマシロちゃんはあんなに食べているんですか?」

「ええと、それは、その、契約者がルミア様だからですわ」


うん? どういうこと?


「契約した精霊は、契約者の中でも根源的な特質を受け継ぐと言われておりますわ。ルミア様の場合はそれがおそらく、食べること、だったのでしょう」


ああ、なるほど。確かにルーちゃんといえば食べ物なのでイメージとしては納得できるが、それでいいのか?


「リーチェ様もフィーネ様の根源的な特質を受け継いでいるはずですわ」

「リーチェも?」

「はい。リーチェ様はフィーネ様と外見的な特徴も似ていらっしゃいますが、それは根源的な特質とは呼べません。ですので、フィーネ様がフィーネ様であることの根源、そういった特質を何か受け継いでいると思いますわ」


私の根源的な特質ってなんだろうね? 行きがかり上いろんなことに巻き込まれているだけで中身はそんなに特別じゃないと思うのだけれど。


「きっとそれはそのうち分かることですし、それほど真剣に考える必要はございませんわ。恵みの花乙女、そして聖女、一つでも大変なことを二つ同時に全うしてらっしゃるフィーネ様でしたら、きっとそれは素晴らしいものに違いありませんもの」

「だといいですけど……」


そういうことだと成り行き任せで次々と流される的な事になりそうだけれど。


「ところで、そろそろわたくしどもの森にも奇跡を頂戴したいのですが、お願いできませんでしょうか?」

「もちろんです。そのために来たのですから。それで、具体的に何をしたら良いんでしょうか?」

「えっ?」

「えっ?」


シグリーズィアさんが驚いたという表情を浮かべている。


「あの、もしや恵みの花乙女の使命について詳しくご存じないのでしょうか?」

「ええと、白銀の里で教えてもらったのは瘴気や穢れを浄化するのが使命で、シルツァの里が私を必要としている、ということだけです」

「その通りでございますわ。ですので、わたくしどもの里の周りを浄化していただきたいのです。この里の周りの森は今毒に侵されており、森は徐々に力を失い魔物の地へと変化しつつあります。このままでは精霊樹もシルツァ湖群も毒沼に飲まれ、それが川へと流入すればその下流域も毒に汚染されることになりますわ。どうか、この森をお助け下さいませ」

「ああ、そういうことですか。分かりました。それなら任せてください」

「よろしくお願いいたしますわ」


どうやら、恵みの花乙女というのは自然を守る仕事のようだ。この仕事をすることはやぶさかではない。


しかし、だ。この恥ずかしい名前はどうにかならないだろうか?


自然保護官とか、そういった普通の名前なら堂々と名乗れるのだが……。


「浄化していただきたい場所は五ヵ所ございましたが、そのうち一ヵ所はいらっしゃる際に浄化して頂きましたので残りは四ヵ所でございます。こちらをどうぞお使いくださいませ」


そういってシグリーズィアさんは地図を差し出す。


私はその地図を受け取るとその位置を確認する。


来るときに浄化したところを含め四ヵ所はこの里の傍にあるのですぐにいけそうだが、残りの一ヵ所はかなり遠い。


この里から南東に歩いて一日半くらいの距離の場所で、ツィンシャの町からだと西南西に一日くらいの距離の場所だ。


「この離れている場所がちょっと面倒ですね」

「この配置であれば、この里を拠点として近くの三か所で仕事を済ませ、この離れている場所はツィンシャへと戻る途中に寄り道をすればよいでござるよ。この地図を見る限りそれほど無茶な地形はなさそうでござる」

「なるほど」

「ただ、里を出発する前にルミア殿の矢の補充、それからマシロがどの程度の戦力になるのかも確認しておいた方が良いでござるな」

「そうですね。頼りにしています。シズクさん」

「仲間でござるからな。気にすることはないでござるよ」


そう言ってシズクさんは優しく笑った。


「風の精霊でしたら、お側にお仕えしているシエラがお教えできますわ。どうぞお使いくださいませ。それに、矢でしたら里の狩人たちが使っているものがございます。そちらでよろしければお譲り致しますわ」


シグリーズィアさんが横からそう言ってくれた。


「いいんですか? ありがとうございます」


エルフっていいね。なんだかこう、人間と違ってドロドロとした下心を感じないもの。


いつになるかは分からないけどエルフの里でスローライフとかも良いかもしれない。


対面といめんではルーちゃんとマシロちゃんが揃ってお腹いっぱいになり幸せそうな表情を浮かべていた。

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