第三章第28話 毒沼を越えて(前編)
次から次へと襲ってくる魔物を撃退しながら二日ほど森を進んだ私たちは毒沼地帯に突入した。
この毒沼は紫色の毒々しい色をしており、いかにも毒です、という主張をしているだけでなく触った瞬間から皮膚が爛れていくというとてつもなく凶悪な効果の毒を持っていた。
当然この毒沼の周りの植物は枯れ、動物や生き物は全て死に絶えていた。そして、そこに唯一残っていたのはこの毒の発生源と思われる毒持ちの蛙の魔物、ジャイアントポイズントードの群れだった。
大きさは私の背丈ほどの巨大なヒキガエルで、背は茶褐色、腹はくすんだクリーム色、そして舌が毒々しい紫色をしている。
「ううん、見た目がかなり気持ち悪いですね」
「姉さま、あいつは残念ですけどビッグボアーと違って食べられないんです」
ルーちゃんが残念そうな顔をしながらそう教えてくれる。
だが、安心してほしい。最初から食べようなんて思っていないから。
「フィーネ様、こいつは毒を飛ばしてきます。ご注意ください」
「はい」
私に毒は効かないわけだが、かと言って毒液を浴びたいわけでもないので素直に結界を張って自分を守る。
「あたしが撃ちますっ!」
ルーちゃんがカエルに向かって矢を次々と放っていく。
お、良かった。今回はこちらに飛んでこずに全部ちゃんとカエルを撃ち抜いた。
だがまだうじゃうじゃいる。巨大なカエルの群れがこっちに向かってぐしょぐしょと泥をかき分けながら進んでくる。
ぶしゃぁぁぁぁぁ
カエルたちが一斉に毒液を吐きかけてきた。
「ぼうへ、いや、結界!」
私は全員を包み込むように結界を張り直した。ホースでまき散らしたかのような大量の毒液が降り注ぐ。
「ルーちゃんお願いします。防壁」
私はルーちゃんと私たち三人の間に防壁を作り出して誤射に備える。
「もう、姉さま大丈夫ですよ。今回は調子いいですから!」
そう言って放った矢は私たちのほうに飛んできて防壁で防がれる。
「あ、あれっ? おっかしいなぁ~」
「ルミア、いいから撃て。こっちはフィーネ様の防壁があるから気にするな!」
「はーい」
ルーちゃんは矢を次々に打ち込んでいく。相変わらず 3 ~ 4 回に一回はこちら、というか私に向かって飛んでくる。
まあ、防壁がある限りは問題ないのだがあまり心臓によろしくないのは確かだ。
あと 3 匹というところでルーちゃんがこちらを向き直り、何か困ったような笑顔を向けている。
「どうしたんですか?」
「あはは、矢を使い切っちゃいました」
「え? あんなにたくさん補充したのに?」
「フィーネ様、ここに来るまでにかなりの数の魔物に襲われましたから仕方ありません」
「あとは拙者たちが接近戦で片づけるでござるよ」
「足場が悪いから注意してくださいね」
「任せるでござる」
シズクさんとクリスさんが手前に転がるカエルの死体を足場代わりにして奥のカエルに高速の突撃を仕掛ける。
まずはシズクさんがカエルに迫り一匹を切り捨てる。そしてその死体を蹴って飛び退る。入れ替わるようにしてクリスさんがもう一匹を切り捨てる。
だが足場が悪いせいで沼に足を取られてしまったらしく、クリスさんは飛び退るのが遅れてしまった。
そこにカエルの舌が伸びる。そしてクリスさんを捕まえるとそのままカエルの方へと引っ張られて、そしてクリスさんの上半身が口の中に収まってしまった。
私は頭の中が真っ白になる。
「ク、クリスさんっ!? こんの! クリスさんを放せぇぇぇぇ!」
そして思わず叫ぶと私はそのままカエルに向かって突撃を仕掛けた。
「ね、姉さま!」
「フィーネ殿、危ない……って、意外と速い!?」
私はカエルの前まで一気に距離を詰めるとでっぷりとしたその太鼓っ腹に思いっきりナイフを刺す。
ぐちゅぐちゅとした気持ち悪い感覚と共にカエルの体液などのよくわからない気持ち悪い液体が体中に降り注ぐ。
「こんの! 浄化!」
私はカエルの体内に突っ込んだ手から思い切り浄化魔法を放つ。
そしてその体内の瘴気を全て浄化しきると、カエルは力なく崩れ落ちたのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、クリスさんっ! クリスさん!」
私は慌ててナイフでカエルの口を開こうとするが固く閉じられた口は開かない。
「大丈夫でござるよ。クリス殿はあの程度ではやられないでござる」
「え?」
近くにやってきたシズクさんがそう言って私を制止する。
すると、
「ふんっ!」
クリスさんの気合を入れた声がしたかと思うと、クリスさんはカエルの口を自分でこじ開けて出てきた。
「このカエルめ! よくもやってくれたな! さあ、覚悟……あれ?」
「クリスさん……」
なんだそれ。あんなに心配したのに!
あ、何だか視界が滲む。
「クリス殿、フィーネ殿がクリス殿を心配して自らこの魔物を葬ってくれたでござるよ。あまり主君を心配させるものではないでござるよ?」
「え? フィーネ様。そ、そんな! 何も御身を危険に晒さずとも!」
クリスさんはいつものように私の身を案じてくれているのはわかる。わかるけどそうじゃない!
「クリスさんはわかっていません!」
私は思わず声を荒らげる。
「な、何を? 私はあのくらいでは!」
「そういう問題じゃないです! 毒だって受けているじゃないですか! そんなに顔も爛れて。洗浄! 解毒! 治癒!」
「あ。フィーネ様、申し訳ありません」
「ダメです。ちゃんと反省するまで許しません」
この脳筋くっころお姉さんは絶対わかっていない。
私はくるりと回れ右してクリスさんに背を向けると上を向く。枯れた木々の合間から見える空は青く、そして白い雲がゆっくりと流れていたのだった。
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