第三章第22話 ファンリィン山脈の桟道

イァンシュイの町を出発してから二日、初日の宿を取った農村を最後に馬車の通れるような道は姿を消し、その道は険しい完全な登山道へと姿を変えた。ここはファンリィン山脈という名前の山脈で、目的地であるチィーティエンの町は山脈を越えた向こう側にある。


そう、そのはずなのだが……。


「これ、本当に交易に使っている道なんですかね?」

「宿の人はそう言っていましたが、予想以上ですね」

「この道を使って商売をしているとは難儀しているでござろうな」


冬で下草が枯れていることもあるが、踏み跡ははっきりしているし迷わない様にところどころ目印もつけられているので道であることは間違いない。


「お、旅のお方ですね。こんにちは~」

「こんにちは」


そんな話をしていると正面から巨大な荷物を背負った上にロバにも荷物を乗せて歩いてくる商隊とすれ違った。


おお、すごい。本当に交易の道として使われている。


道が狭いので私たちが端に寄って道を譲ってあげる。


「どうも~」


商隊の人たちは明るく挨拶をするとそのまま私たちの歩いてきた道を下って行った。


その様子を見送った私たちは再び山道を登り始める。


「本当に交易路でしたね」

「いやはや、驚きでござるな」


クリスさんも全くだ、と言わんばかりの表情だ。そんな中、ルーちゃんだけは平然とした顔で歩いてる。


「あれ? ルーちゃんはこのくらいの山道はどうってことないんですか?」

「はい。あたしはエルフですから。エルフは森の中にいると元気が出てくるんですよ?」

「さすが、エルフですね」

「姉さまはそんなことないんですか?」

「私はそんなことないですね。精霊もリーチェ以外は見えませんし」


正確に言うならばよくよく観察するとなんとなくいるかも、くらいな感覚では分かるのだが、これは見えているとは言えないだろう。


私がそう言うと、ルーちゃんは私の頭の上で呑気に眠っているリーチェの姿をちらりと見遣る。


「そうなんですね。やっぱり先祖返りだとエルフとしての力は大分弱まってしまうんですね……」


そういってルーちゃんは悲しそうに目を伏せる。


いや、うん、だから違うんだよね。エルフの血は一滴も入っていないはずだからさ。


「でも、大丈夫ですよ。きっと、リーチェちゃんが上級精霊になって姉さまが存在進化すればきっと見えるようになりますっ!」

「え? ああ、うん。そうですね。ありがとう、ルーちゃん」

「はいっ!」


いつもの元気な笑顔でルーちゃんはそう言った。


****


そうしてしばらく山道を歩いていくと、私たちは目の前に突如としてとんでもない光景が現れた。


「ええと、本当にこれで道合ってるんですかね? あのロバはどうやってここを通ってきたんでしょう?」


私たちの目の前にあるのは崖だ。その崖に幅 80cm 程の木の板が打ち付けられて道になっている。いわゆる桟道というやつだ。


もちろん、転落防止柵などという気の利いたものは存在していない。


谷底まではどのくらいだろうか? もしかしたら数百メートルはあるかもしれない。


「ね、姉さま、本当にこの道を行くんですか?」


さすがのルーちゃんもこれには尻込みしている。


だが、道案内の標識にもちゃんとチィーティエンはこの道だと差し示している。


「じゃあ、皆怖いみたいですしここは私が先に行きましょう」


私は白くてかわいい蝙蝠になれるのだ。もしこの板が腐っていて転落したとしても最悪死なずにすむはずだ。


「な? フィーネ様に先に行かせるくらいなら私が行きます!」

「いや、拙者がいくでござる」

「え? じゃあ私が」


一瞬ルーちゃんにどうぞどうぞ、って言おうと思ったがやめた。なんか、キャラ的に泣いちゃいそうな気がする。


「ではルミアにお願いしよう」

「ルミア殿、頼むでござる」

「えぇっ?」

「「えっ?」」


ルーちゃんがお約束のネタをくらって涙目になっている。


「ほら、ルーちゃん。大丈夫ですから一緒に行きましょう?」

「姉さまー!」


ルーちゃんが私に抱きついてきた。私はよしよしと頭を撫でてあげる。


「それと、二人とも? ルーちゃんをからかったらかわいそうですよ?」

「「え?」」

「え?」


──── 本気だったんかい!


というわけで私たちはこの恐ろしい桟道を歩いていく。どうやら本当に人の通行はそれなりにあるらしく、腐っていたりということはなさそうで、ところどころに補修の跡も見て取れる。


歩くと軋んでギシギシと音を立てるところは少し怖いが、慣れてしまえばどうということはない。


「意外といい景色ですね」


後ろを歩くルーちゃんに声をかける。


「ね、姉さま。そんな余裕ないです」


ルーちゃんはぎりぎり壁にくっつくようにして歩いている。その後ろを歩く二人もいつもよりも心なしか慎重に歩いているようだ。


「そんなに怖がらなくても私が歩いているから安全ですよ?」

「そ、それはそうですが……」


ぼそっと最後尾を歩くシズクさんが独り言を呟く。


「あれだけ体重の軽い人に言われてても困るでござる」

「ああ、全くだ」


それにクリスさんが同調する。


あー、ね。そういえばそうだった。私は二人に比べて小柄で華奢な体型をしているうえに荷物も全部収納に入っていて手ぶらなんだった。


クリスさんみたく鎧とかも着ていないし。


そんなどうでもよいやり取りをしているうちに桟道は終わり硬い地面へと戻ってきた。


距離にして 200 m くらいだっただろうか?


案外短かったと思うのは私だけだろうか。


私は近くの岩に腰掛けると暇つぶしに付与の練習をしながら三人を待つ。こうした日々の積み重ねがスキルレベルの上達には欠かせない。


「姉さまぁ、速いですよぉ~」


渡り終えたルーちゃんが何とも気の抜けた声で話しかけてくる。


「私は怖くなかったですからね」

「えー、何でですか?」

「少しの間なら空を飛べますから」

「ええっ!?」

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「聞いてません! ずるいです。姉さま、あたしにもその術を教えてください!」

「ルーちゃんは純粋なエルフだからできないと思いますよ」

「あー、そっかぁ。きっと姉さまのご先祖様にはハイエルフ以外にも特別な種族が混ざっているんですね。むぅ」


ハーフエルフが飛べるって聞いたことないし、などとブツブツと呟いている。


「フィーネ様、お待たせしました」

「遅くなりかたじけないでござる」

「いえいえ、二人とも落っこちないで良かったです。これだけ深い谷だと救出して引っ張り上げるのは大変ですからね」

「フィーネ様、この高さから……いえ、何でもありません。さあ、先を急ぎましょう」


うん? クリスさんなら普通によじ登って来そうなイメージだったんだけどな。


あれ、でも普通に考えたら確かに落ちたら死ぬよね。


うーん、私はなんでそんなことを思ったんだろうか?


そう思ったところで私はよくわからない漠然とした不安感に襲われる。私はその不安感からクリスさんの手を握ると口を開く。


「フィーネ様?」

「さあ、先に進みましょう」


その後もこういった桟道が次々と出現した。だが似たような道を何度も通ったおかげか三人とも徐々に慣れてきて、最終的には普通の道を歩くのと同じように歩けるようになっていたのだった。


そして私たちは三度の野宿の後、小さな山村へと辿りついたのだった。


====================


フィーネちゃん以外の三人があそこまで怖がっていた理由がピンと来なかったという方は是非「桟道」で画像検索してみてください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る