第三章第5話 トゥカットの異変
「どうも」
「美しいお方。お名前を教えて頂けませんか?」
「……」
怪しい。こいつに教えても大丈夫なんだろうか。
「名乗る前に、ここの奥さんだったサフィーヤという女性があなたのところにいるそうですね? その女性の父親から依頼を受けて安否の確認に来ました。彼女に会わせていただけますね?」
「うん? ああ、多分奉公に来てもらっている女性たちの一人でしょうかね。ええ、良いですよ。元気にしておりますとも。それでは、お名前を?」
「……フィーネです」
「おお、フィーネさん、お美しい。それでは私の屋敷にご案内いたしましょう」
フェルヒが私の手を取ろうとするが、私はそれを振り払う。小さく舌打ちしたのが聞こえる。
「さ、こちらです。ああ、お連れの方はご遠慮ください」
フェルヒは表面上は平静を装い、私を馬車へと案内しようとするが嫌な予感しかしない。
「もう夜も遅いですし、今日のところは遠慮しておきます。明日のお昼ごろにお伺いしますので、その時にサフィーヤさんに会わせてください」
「いえいえ、是非今からおいでください」
やはり怪しい。こいつは絶対何かやっている気がする。
「急がなければならない理由でもあるのですか? 初対面の女性を夜、しかも一人だけで家に招くというというのは随分と失礼な話だと思いますよ?」
「いえいえ、ここはトゥカットの町です。トゥカットではそのような考え方はございません」
いや、こっちが気にするって言ってんだよ! ちょいちょいこっちの顔を覗き込んでくるのが尚のこと気持ち悪い!
「おい、いい加減にしろ。フィーネ様が嫌がっておられる」
「何だと? 貴様、この私に意見するというのか? 牢屋に入れて二度と出てこられない様にしてやろうか?」
「貴様!」
「町長さん、どうぞ今日はお引き取りください」
私は荒事になる前にぴしゃりと言い放つ。
「仕方ありません。出直してくるとしましょう」
「クリスさんも今はこれで矛を収めてください」
「フィーネ様がそうおっしゃるのでしたら」
よかった。クリスさんも納得した。フェルヒは店内をジロリと睨むと店から出ていった。
すると、周りにいた客から不思議な声が飛んできた。
「おいおい、姉ちゃん。町長様からのお誘いを断るなんて、頭大丈夫か?」
「こんな名誉なことはないぞ?」
その声にそうだそうだ、というヤジが重なる。
「フィーネ様、とりあえず部屋に戻りましょう」
「そうですね、そうしましょう」
私たちは逃げるように部屋へと引っ込んだのだった。
****
「【聖属性魔法】結界。部屋への侵入者を全てブロック」
私は部屋へと戻ると侵入者に備えた結界を張る。とりあえず私が起きている間はこれで大丈夫だ。
「あとは、解毒っと」
これは念のための措置だ。何度も同じ手をくらうわけにはいかない。
「この宿の人たち、一体どうなってるんですかね」
「何かまるで洗脳されているかのようでしたね」
私のぼやきにクリスさんが答える。すると、シズクさんが口を開いた。
「拙者の観察によると、この宿だけでなく、この町全体がおかしいように思えるでござる。その証拠に、拙者はこれまで女性の姿を一度も見ていないでござる」
確かにそうだ。夜遅くだったからそこまで気にしてはいなかったが、確かに一度も姿を見かけた覚えがない。店の売り子も受付も給仕も、待ち行く人も宿泊客も全員男だった。
「拙者のカンではござるが、犯人はあの無礼な町長ではないかと睨んでいるでござる」
それは私もそう思う。だが町が独立しているせいで町長が法律の専制君主制国のような状態になっているところが厄介だ。
「町を敵に回す気があるか、という話ですね」
「そうでござるな」
「あの、とりあえず今日のところは寝ません? ずっと移動であたし疲れちゃいました」
なるほど。確かに夜に行動するわけにもいかないし、一度休むのも良いだろう。
「そうですね、ルーちゃん。そうしましょう。私が寝ると結界は消えてしまうので、このまましばらくは私が起きています。何時間かしたら起こしますのでそこで交代してもらえますか?」
「拙者が引き受けるでござる」
「それでは私がその後を」
「じゃあ、最後はあたしがやります」
私たちは見張りの分担を決めると、それぞれ床に着いた。
****
拙者がフィーネ殿から見張りを引き継いから数時間がたった。怪しい気配は今のところ特に感じてはいないが、まさか宿で野宿のような緊張を強いられるとは思ってもみなかった。
高く昇った月も傾いてきた。とはいえ晩秋の夜は長い。拙者はちらりと成り行き上一緒に行動している不思議な三人を見遣る。
クリス殿。ホワイトムーン王国の聖騎士というが、随分とまっすぐな武人というのが印象だ。剣の腕は中々のものだったが、直情的すぎるというのが印象だ。白銀のお姫様をずいぶんと大切にしており、守ろうとしているのはわかる。だがその性格ゆえこのまま本当に守りきれるのか、という不安は拭えない。
ルミア殿。小さな耳の長い少女だ。エルフという種族なのだそうで、拙者の故郷では見ない種族だ。とにかくよく食べる明るい少女で、この少女がムードメーカーなのだろう。この少女も白銀のお姫様を姉と呼んで慕っている。
そしてフィーネ殿。このパーティーの白銀のお姫様はとても不思議な存在だ。聞くところによると聖女という特別な力を持つ存在なのだそうだ。
クリス殿が聖剣に導かれて見つけたのだそうで、既に魔王の第一候補と目されていた吸血鬼を滅ぼしたそうだ。他にも多くの奇跡を起こしてきたそうで、クリス殿は彼女を人類の希望だと評していた。だが本人はそんなそぶりはおくびにも見せず、常に謙虚で自然体でいるところも好感が持てる。それに、拙者の故郷についても偏ってはいるが興味を持ってくれているところも好ましい。だが、一方で何か儚げというか、危うげな印象も受ける。
拙者には武者修行の途中であるが故、常に守ってやることはできないが、一緒にいる間くらいは守ってやりたい、そんな風に感じさせる御仁だ。
そんなことを思っていると、月が陰に隠れるようになってきた。そろそろ時間であろう。
「クリス殿、交代の時間でござる」
「む」
拙者がゆするとクリス殿が目を覚ます。
「今のところ変わりはないでござる」
「そうか。では代わろう」
そう言って枕元の剣を手にする。
その瞬間、闇の中から突如一人の男が湧き出てきた。そしてフィーネ殿を抱きかかえるとそのまま派手な音と共に窓を破り、外へと飛び出していった。
「な!?」
「フィーネ様!」
クリス殿が剣を片手に窓からそのまま飛び出していく。
「く、不覚。ルミア殿! 起きるでござる」
拙者はルミア殿を急いで起こすと逃走した男を追いかける。拙者に何の気配を感じさせずに部屋に侵入するとは、一体どのような手練れなのであろうか?
攫われたフィーネ殿を心配しつつも、新たな強敵と戦える喜びが拙者の心の奥から湧き上がってくるのを感じ、思わずにやけてしまうのだった。
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