第二章第16話 母の行方

「その前に、確認させてください。ルミアさんの母君のお名前はリエラさん、妹君の名前はレイアさん、で間違いないですね?」

「はい、はい! その通りです」


ルーちゃんが身を乗り出して食い気味で答える。


「結論から申し上げますと、リエラさんの売られた先が特定できました」

「 本当ですか! お母さんはどこに!?」


ルーちゃんが大きな声を上げて身を乗り出す。私はお茶を零してしまうのではないかとハラハラしてしまう。


「ルーちゃん、落ち着いてください。今から説明してくれますよ」

「あ、ごめんなさい」


しゅんとなったルーちゃんがソファーにボスッと音を立てて座り込む。


「お気持ちはわかりますから、どうぞお気になさらず。リエラさんは、ここブルースター共和国北部の港町、エルムデンの豪商でバティーニュ商会の会頭、ランベール・バティーニュが購入したそうです。ただ、残念ながらレイアさんについては最終的な行き先は掴めておりません。エルムデンまで移送された、というところまでは分かっているのですが」


そして、申し訳ありません、とアスランさんに謝られた。


「いえ、それだけでも十分です」

「そして、リエラさんたちを売っていたのはアミスタッド商会という表向きは酒などを販売している中堅の商会です」

「お酒の販売業者が奴隷を、ですか?」

「はい。彼らは全国から手広く色々なお酒を集め、各地で売り歩くというのが表向きの商売です。ただ、それにしては妙に羽振りが良いと話題にはなっていたため、我々としても独自に探りを入れていたのですが、その過程で裏社会の連中と通じて奴隷売買を行っていることがわかったのです」


なるほど。お酒を扱っているのは酒樽に眠らせた奴隷を詰め込んで密輸する、的な感じかな?


「そんな折に聖女様が従者のエルフのご家族が奴隷となり、その解放を目指していらっしゃるとお聞きしました。そこで改めて調査をした結果、このような情報が得られましてこうしてお知らせした、という次第にございます」

「ありがとうございます」


どうやら、私たちが偉い人に会うたびに吹き込んで回ったのが功を奏したようだ。


「アミスタッド商会には今後、捜査のメスが入り囚われている奴隷たちも解放されると思います。ただ、呪印の解呪は聖女様しか成しえないことです。この旅が終わりましたら今一度、このリルンをお尋ね頂き、呪われてしまった者たちへ慈悲を賜ることはできませんか?」

「え? はい。それはもちろんです。是非解呪には協力させてください。でも、何故アスラン様がそのような事を? 昨日お会いした大統領はそのような事は仰っていませんでしたよ?」

「それは、大統領とて公式にそのような発言をすれば暗殺される恐れがあるからです」

「え?」


なんだかすごい話になってる。もしかして、ヤバいものに喧嘩売っちゃった?


「ご安心ください。いかに裏社会の連中とて、聖女様を害するような馬鹿な真似はしないでしょう。ですが、大統領や私のような商人が自分達の利益を破壊するならば、暗殺くらいは容易にできるでしょう」

「それほど、ですか……」

「はい。ですが、私はこのまま裏社会の連中に好き勝手を許したくないのです。これでもこの国有数の商会連合のトップですからね。この国で商売をしている以上、責任というものがあります。それに、夢のためにもあまり裏社会の連中が力を持ちすぎていると困るんですよ」


そういってアスランさんは微妙な笑みを浮かべた。


「夢、ですか?」

「はい。私はこのブルースター共和国の国民が誰でも自由に旅をできる社会を、商人として作っていきたいのです」

「旅ですか?」

「そうです。今はお金に余裕のある者と商人、それにハンターと巡礼者くらいしか旅をする者はおりません。ですが、私は商人として旅をした中で、世界には面白いものが溢れているということに気付いたのです」

「それは素敵な夢だと思いますよ。頑張ってください。でも、それと裏社会の人達とどういう関係が?」

「いえ、直接的な関係ではなく、社会全体でそうなっていないと困るのです。今回のように、人を誘拐して無理やり奴隷として売った、というような事がまかり通るような場所では旅も商売もできませんからね。しかも、隷属の呪印など、言語道断でしょう」


ああ、なるほど。良いことしているけれど基本的には自分のやりたいことのためか。うん、納得。


「なるほど。そうかもしれませんね。ところでこの国に来てからずっと疑問に思っていたことがあるのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。私ごときでお答えできることであれば」

「この国の皆さんはどうしてここまで私たちを熱烈に歓迎してくれるんでしょうか?」


アスランさんがちょっと困ったような表情を浮かべた。


「それはですね、国民性のようなものです。とても残念なことではあるのですが、我が国は前身の王国時代を含め過去 500 年もの間、聖女様を排出できておりません。ですので、ホワイトムーン王国の皆さんよりも純粋に聖女様への憧れが大きいのだと思います」

「え?」

「我が国が共和国となったのは 100 年ほど前ですが、過酷な統治を行った王政が倒される際には聖女様が弱く貧しい民をお救いになられたと伝わっております。それより前のゾンビ病やミイラ病の大流行、大飢饉で多くの死者が出た時など、様々な災厄を聖女様が払ってくださいましたから。そういった歴史も相まって、わが国の者は皆聖女様を敬愛しているのですよ」

「はぁ。私はその人達とは別人ですけどね」


正直私は過去の偉人ではないのに、偶像を投影されても困るわけだが。


しかし、他国の人間でこれだとブルースター共和国出身の聖女がでたらヤバいことになりそうだ。


「聖女様は既にホワイトムーン王国の王都でのミイラ病対策、それに隷属の呪印の解呪成功と、既に歴史に名を残す偉業を達成されておられるではありませんか。我が国の国民は否が応でも期待してしまうのです」

「そういうものですか。まあ、私は聖女候補ではあっても聖女ではありませんから。それに、私は人間ではありませんからね。きっと聖女には選ばれないと思いますよ」

「ええ、存じ上げております。ハイエルフの血筋のお方と伺っております。そして、その様な由緒正しき血筋であらせられるにも関わらず、ご自身を吸血鬼と仰って周りの方を和ませているとも伺っておりますよ」

「うえぇ」


和ませているんじゃなくて本当の事なんだけどね。これってもう誤解を解くのは無理ゲーっってやつなのかもしれない。


そもそも、吸血鬼という存在自体あまり歓迎されるものでもないようだし、このままでいいか、という気分になっていることも事実だ。


そんなことを思っていると、午後二時の鐘が鳴り響いた。


「おっと、聖女様。名残惜しくはございますが時間となってしまいましたので、私はここで失礼させていただきます。追加の情報などはそこのヨハンナを向かわせますのでその際はどうぞよろしくお願いいたします」

「いえ、こちらこそ、貴重な情報をありがとうございました。って、え?」


私たちは慌てて案内してくれた修道服を着た女性を見遣る。


「昨晩ぶりでございます。聖女様。ヨハンナと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」


そう言って修道服のフードを脱ぐと、昨日のメイドさんによく似た顔がそこにはあった。


「ええええー!?」

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