第一章第30話 タソード伯爵の依頼
「別邸の除霊?」
私たちは、教皇様に紹介されてタソード伯爵のお屋敷にやってきていた。地下薬師アイドル業は一時休業である。
「はい。郊外に当家の別邸があるのですが、二か月ほど前から幽霊が出るようになってしまいまして」
クリスさんの顔が青ざめている。あー、この人幽霊苦手だったもんね。
「それは、どのような幽霊なのですか?」
「最初は黒い
うええ、動く人形とか気持ち悪っ!
「脅すだけで、攻撃はされないんですか?」
「扉を開けてもすぐに出ていけば攻撃されないようです。ただ、屋敷の中に立ち入った者は誰一人、戻ってきておりません」
うわぁ、ガチな奴だ。絶対ヤバいでしょ。それ。
「ですので、頼れるのは聖女様と聖騎士様のお二人しかいないと」
「はぁ。クリスさん、どう思いますか?」
あ、青ざめてる。さすがに幽霊嫌いのクリスさんには厳しいかな? 大量の動く人形とか私も関わり合いになりたくないし。
そんなことを思っていると、勢いよく扉が開かれた。
「お話は聞かせていただきましたわ、タソード伯爵。その悪霊、次期聖女であるこのシャルロット・ドゥ・ガティルエが払って差し上げますわ」
おー、なんか知らない人が来た。っていうか、ここ他人の家だよね? なんで勝手に入ってきてんの? しかも話し中に。礼儀知らずかな?
「シャ、シャルロット様……!」
「タソード伯爵、当家の恩を忘れてわざわざ平民出のお二人なぞにご依頼なさるなんて。なんと嘆かわしい。それにこちらにはユーグ様もいらっしゃいますわ。どこぞの副隊長止まりのガサツな平民女とは違いましてよ?」
うわー、なんだかすっごいテンプレな高飛車お嬢様ってやつだ。すごい!
金髪縦ロールに緑の瞳、整っているけど目つきのキツイ、スタイル抜群のお姉さん。でも私とほぼペアルックの服を着るのはやめて欲しい。刺繍が金で模様が若草色な以外はほとんど同じだ。あれ? このローブのデザインってもしかして髪と瞳の色で決められている?
と、いうことは、隣に立っている高身長のクッソイケメンがユーグさん? 紺色の髪に茶色の瞳、クールな感じだけど、やはりイケメンは敵だ。早く爆発しろ。
「シャルロット様、ユーグ、我々は神殿からの依頼でここにいる。余計な手出しは無用だ!」
あ、さっきまで青い顔していた人がいきなり元気になった。
「あら? 平民出で最弱な聖騎士もどきに口を開く許可を出した覚えはありませんわよ? 最弱の聖剣にお情けで選ばれたくせに、調子に乗らない事ね? タソード伯爵、この件はわたくしたちにお任せなさい。さ、ユーグ様。参りましょう」
「ははっ」
「さあ、そこのあなた、わたくし達を案内なさい」
こうして嵐のようにやってきて嵐のように去っていった。うーん、慌ただしい人だ。一体何を張り合っているのやら。
「ええと、伯爵様? どうしますか? あっちに任せちゃいます?」
「いえ、そういうわけには。神殿より派遣されたのはお二人なのですから、お二人にお願いしなければ神殿に対して申し訳が」
「うーん、それは私たちが断ったことにすれば大丈夫な気もしますけど――」
「いえ、フィーネ様、やりましょう! あいつらに先を越されるわけには行きません」
「え?」
いやー、やりたいっていうならやらせておけばいいと思うんだけどなぁ。ほら、この手のイベントって、張り合ってもそうじゃなくてもどうせ最終的には尻拭いで駆り出されるものじゃない。だったら、ゆっくりしていれば良いと思うの。
「ですが、フィーネ様。私たちの受けた依頼を横からかっさらって解決するなど――」
「うーん、どうせ私たちが後始末することになると思うんですよねぇ」
「え?」
あ、しまった。クリスさんだけじゃなくて伯爵様まで胡乱気な目つきで私を見ている。
「あ、いえ。だって、誰も帰ってきていないんですよね? そして、伯爵様がそれをご存じでかつ神殿に依頼をしたということは、使用人の方だけでなく、それなりに腕の立つ人を送り込んだってことですよね?」
「え、ええ。その通りです」
伯爵様の顔によくご存じでって書いてある。
「それに、伯爵様はシャルロットさんのお家と関係があるんですよね? それだったらシャルロットさんに頼むほうが自然だと思うんですよ。その状況で教皇様があっちじゃなくて私たちを指名してきたってことは、教皇様はあっちでは難しいとお考えになったんだと思うんです」
「た、たしかに。当家はガティルエ公爵家の派閥ではあります。ですが……」
「なので、どうせ失敗して私たちのところにお鉢が回ってくると思うので、気長に待っていればいいかなー、と。今から追いかけていっても無駄にプライドを刺激するだけですし」
「いえ、ですが、あのお二人にもしものことがあれば当家は……」
えー、面倒くさい。勝手に首つっこんだんだから自分で責任取ろうよ。
「まあ、その時はその時ですね。きっと、何とかなりますって」
この手のパターンは、人形にされていて、ボスを倒せば全員元通りって相場が決まっているものだからね!
「そ、そんな!」
「と、いうわけで、もう少し詳しくそのお屋敷の幽霊について教えてください」
あ、クリスさんの顔がまたちょっと青ざめている。
「きっと、きっと何とかしてくださいよ!」
「ええ、ええ。大丈夫ですから」
そう、多分ね。
「わかりました。それで、何をお話すればよいのでしょうか?」
「そうですね。まずは、どんな人が住んでいて、どんな人が出入りしていたか、を教えてください」
「……」
あれ? この沈黙な何だ? もしかして聞いちゃいけない話だった?
私がじっと伯爵様を見ていると、やがて観念したかのように口を開いた。
「あの別邸には、病気がちだった娘、アンジェリカが住んでいたのです。娘は、それはそれは優しく、そしてとても美しい自慢の娘だったのです。ですが、神様に愛されすぎていたのか、体がとても弱かったのです。そこで、町の喧騒を離れた別邸で穏やかに過ごさせてやろうと思い、あの別邸を買い取って娘に与えました。静かな場所で、政争とも無縁で、穏やかな日々を過ごしてくれていたのですが、私たちの願いもむなしく、3か月前に娘は神様の御許に旅立ってしまいました」
「……そうでしたか」
「ですが、娘が旅立ってから二週間ほどが経ったある日、人形細工師のジョセフという男が別邸を訪れ、娘から注文を受けていたという人形の納品に来た、と言うのです。ですが、そのような男が出入りしていたと聞いていなかった私たちは彼を追い返したのです。ですが、彼は毎日のように押しかけてきまして。あまりにもしつこいので、娘はもう神の御許に旅立ったと伝え、娘の墓前に連れていったところ、突然錯乱状態となり、お前たちが殺したのか、などと言って私たちに向けて刃物を振り回してきたのです。そこで止む無く彼を切り捨てたのです。娘の墓前を血で穢すのは大変心苦しくはあったのですが……」
──── なるほど。恋愛感情のもつれと勘違いによる悲劇というやつですね。片思いなのか両想いだったのかは知りませんが
「それからなのです。あの別邸が呪われたのは。ですので、あのジョセフという得体のしれない人形細工師が悪霊となってあの別邸に憑りついているのだと思います」
──── うーん、そのジョセフさんもかわいそうですけど、勘違いして刃物で切り付けちゃダメですねぇ。
「とりあえず、アンジェリカさんのお墓参りに行きましょう」
「いえ、そのお墓が別邸にあるんです」
「うえぇ」
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