第一章第23話 吸血衝動

2021/12/12 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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メアリーちゃんを浄化した後、もう一晩滞在したがゾンビは出なかった。その間に村の墓地、そして村内の全域を浄化し、私たちは王都への帰路に就いた。この馬車を逃すと次の乗合馬車は一週間ぐらい後らしい。まあ、私としてはホテル代がかからないので問題ない、いやむしろ歓迎だったりもするのだが、クリスさんが早く帰って報告したほうが良い、というので帰ることにしたのだ。


ちなみに、頂いた大量のお野菜は手に持てる分以外は村長さんに寄付してきた。自分達では調理しないのでもったいない、というのもあるけれど、持って帰ろうとすると馬車の料金が高くなるのだ。と、いうわけでもっともらしい理由をつけて村長さんに押し付けておいた。


「村長さん、こちらの頂いたお野菜は村の皆さんでお食べ下さい。私たちは皆さんのお気持ちを頂いただけで十分満足ですから」

「っ! せ、聖女様!」

「フィーネ様っ!」


村長さんはすっかり騙されて感激していたが、要するに体のいい厄介払いである。何やら勘違いした人がもう一名いた気もするが、こうして私はまんまと不用品の押し付けに成功し、気分よく馬車に乗り込んだのであった。


そんなこんなで馬車に揺られて二日目、最初の経由地の村を出発して少し行ったところで事件は発生した。私は固い椅子に座っているとお尻が痛くなってくるので柔らかい幌の上で日光浴をしながらうたた寝をしていたのだが、馬車が急停車した衝撃で目が覚めてしまった。何事かと身を起こすと、前のほうから声が聞こえてきた。


「有り金全部と女を置いて行け。そうすりゃ命までは取らねぇ」


あー、これはまた、何ともベタな盗賊襲撃イベントが発生したものだ。このイベントはどうすればいいんだ?


そもそも、私たちの他の乗客はおじさん 5 名とおばちゃん 2 名だし、金目の物を持っていそうなのは私たちくらいなものだ。売れそうな若い女性も私たちだけだ。


って、あれ、もしかして盗賊の狙いは私たちか?


そうっと幌の上から辺りを伺ってみると、馬車はぐるりと取り囲まれていて、何人くらいいるだろうか? 20 人くらいはいるかもしれない。


とにかくたくさんの盗賊が私たちの馬車を囲んでいる。


それに対して、こちらの戦力は御者兼護衛の 2 人とクリスさんの 3 人。いくらクリスさんが強いとはいえ、さすがにこれだけの人数差は厳しいかな?


え、お前は戦わないのかって? やだなぁ。まだレベル 1 なんだし、武器も持っていないんだから盗賊となんて戦えるわけないじゃん。


精々、幌の上からちょこっと援護するくらいだよ? 属性魔法は聖以外は全部レベル 1 なんだから。火属性レベル 1 なんて、たき火に火をつけるくらいしか使えないよ? 聖属性の攻撃魔法とか、知らないし。どうしろと?


あ、クリスさんが馬車から聖剣を持って飛び出してきた。


「この痴れ者ども! この馬車は聖女フィーネ・アルジェンタータ様がお乗りの馬車と知っての狼藉か!」


いや、だから聖女じゃないって何回言えばわかるかな?


「はあ? そんな奴は知らねぇな。それより、こいつは中々の上玉な上に良い装備をしてやがる。高く売れそうだぜ?」


うーん、もしかして盗賊に負けるとそういうイベントが発生するわけ? アニュオンて 18 禁じゃないはずなんだけどな。


「どうやら、問答無用のようだな。王国に仇なす愚か者どもめ、切り捨ててくれる!」


あ、クリスさんが聖剣を抜き放つと盗賊たちに突撃した。


速い!


あっという間に、次々と盗賊をなぎ倒していく。圧倒的ではないか、我が軍は。


盗賊たちは次々と切り伏せられ、血を吹き出して倒れている。


ドクン、と心臓の鼓動がやたらと大きく、鮮明に感じられる。


──── なんだこれ?


クリスさんはものの数分で盗賊たち全員を切り伏せてしまった。馬車の周りには大きな血だまりができている。


──── ううっ。血。血が……


やばい。血を見たせいで吸血衝動が……


幌の上で私は体を抱えて衝動を抑え込む。


ダメだ。こんなところでこの衝動を解き放ったら大変なことになる。我慢しなきゃ。


「フィーネ様? フィーネ様っ?」


あ、何か呼ばれている気がする。でも、ちょっともう無理。眠ってしまおう。少しは衝動が治まっているかもしれない。


そうして私はそのまま意識を手放すのであった。


****


「フィーネ様、よかった」

「あ、クリスさん。ここは?」


私はいつの間にかベッドに寝かされていた。左手が暖かい。どうやらクリスさんが私の手を握ってくれているようだ。


「ここは、馬車を乗り継ぐ予定の町の宿です。お目覚めになられませんでしたので、僭越ながら私がフィーネ様をお運びいたしました。お加減はいかがですか?」


どうやら、眠ったそのまま私は目を覚まさずに次の町まで着いたらしい。


だがまだ吸血衝動が襲ってきており、クリスさんの首筋に牙を突き立てたくて仕方がない。


「気分は……いまいちです。血を見たら、血が飲みたくなってしまって。でも、あの場で飲むと迷惑がかかると思って、まだ我慢しているので気分が。その、クリスさん。すみませんがまた血を飲ませてくれませんか?」

「……はい。かしこまりました」


クリスさんは少しだけ悲しそうな表情をした後、部屋に備え付けのティーカップを自分の血で満たし、私に手渡してくれた。


「ありがとうございます」


いつものようにお礼を言ってから傷を治すと、ティーカップに口をつける。


ほぼ三週間ぶりの血が渇いた私の体に染みわる。私は夢中で血を飲み干した。


──── ああ、サイコウ……


****


「フィーネ様、申し訳ありませんでした」


翌朝、私はクリスさんに突如謝られた。


「クリスさん、一体何の話でしょうか?」

「私の軽率な行動のせいでフィーネ様にご負担をかけてしまったことです。次からはきちんと目につかない場所できちんと処理いたします」


ん? 処理? ああ、そういうことか。私の『病気』が折角良くなっていたのに血を見たせいで再発させてしまったと思っているのか。


むしろ、吸血鬼としてはこの数週間のほうが異常だったわけで、どちらかというと正常に戻っただけの気もするのだが。


「いえ。大丈夫です。クリスさん。気にしないでください。これとは長く付き合っていく覚悟はできていますから」

「フィーネ様……」


少し不服そうな表情を浮かべてはいるが、納得はしてくれた。


こればかりは自分で吸血鬼を選んだんだし、仕方のない話だ。


私が血を飲んで元気になったので、ホテルをチェックアウトして王都方面へ向かう次の馬車に乗り込むのであった。


ところでクリスさん。人が気絶しているのを良いことに勝手に一泊金貨一枚の高級ホテルに泊まるの、やめて欲しいんですけど……

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