第2話 いきなりピンチです

 どうもこんにちは。ローザです。はい。孤児院からの脱走に失敗したローザです。


 いきなりですが、大変な事になってます。


 ほら。奴隷にされるために馬車に無理矢理乗せられたじゃないですか。


 それでその馬車はラポリスクの町を出ると野を越え森を抜け、険しい峠道に差し掛かったんです。


 もしかしたらもう察しがついているかもしれませんが、はい、そうです。山賊さんがやってきました。


 なんというか、お約束の展開すぎてもうどうしたらいいのか。


 もちろんあたしにとっても山賊に襲われるというのははじめての経験ですが、夢の中での話であれば何度も見ました。


 あ、見たと言っても、実際にこういう場面に遭遇した夢を見たわけじゃなくって、ネットの小説投稿サイト「小説家であろう」の小説でよくこういう場面があったんです。だからお約束だなって。


 え? ネットを知らない?


 ああ、そういえばネットというのはあたしの夢の中の世界の話ですもんね。


 あたしも夢の中の話なのであまり詳しくはわからないんですけど、何かの魔道具で目の前に半透明のスクリーンが出てきて、それに触るといろんな情報にアクセスできるんですよ。そんな感じのものがネットです。


 それでですね。その中にいろんな人が書いた小説が集まっている「小説家であろう」っていうサイトがあるんですけど、その小説でたまにこういうシーンが出てくるんです。


 そういうシーンでは主人公が「やれやれ」って言いながら何となく手に入れたチート能力で山賊をばーんとやっつけてヒロインを救うんです。これが「あろう小説」のお約束のパターンなんです。


 あれ? でもこれってまずいですよね。あたしが捕まってる側ってことは、主人公側じゃなくてヒロイン側じゃないですか。


 ってことはですよ。助けられてもハーレムの一員じゃないですか。


 うわぁ。最悪です。


 あたしは一途にあたしだけを愛してくれる誠実な男性が良いんです。あろう小説でチート能力でハーレムを作っちゃうような不誠実な主人公はお断りですから。


 うーん、やっぱりここは逃げるしかないですよね?


 あたしが逃げ出す隙は無いかと馬車の外をちらりと覗いてみました。


 するとなんと! もうあたしを無理やり連れてきた人達は全員血まみれで倒れているじゃないですか!


 あまりの惨劇さんげきにあたしは呆然としてしまいました。


 すると何だかすごい怖い顔をしたむさ苦しいおじさんがこっちに近づいてきます。


「おっ? まだガキだが女がいるじゃねぇか。小汚こぎたねぇ格好をしているが、きれいにすりゃ使えるか? よし、こいつも連れて行くぞ」

「ひっ」


 あまりの怖さに思わず変な声が出てしまいます。


「はっ。ビビってやがる。オラ! 来い! 抵抗しなきゃ殺さねぇでおいてやる。だが抵抗すれば……」


 そう言って血のべっとりと付着した剣をちらつかせてにらまれたあたしは恐怖のあまりに思考がフリーズしてしまいました。


 それからの事はよく覚えていません。きっとまた脇に抱えられて運ばれたのでしょう。


 次に気が付いた時にはあたしは小さな部屋のベッドの上に座っていました。


 ここは、あの山賊のアジト、なんでしょうか?


 窓が一切ないのでよく分かりませんが板張りの床に壁も天井も木です。たぶん、建物の中なのでしょうね。


「目が覚めたのね」

「え?」


 いきなり女の人の声がしたのでそちらを振り返ると、ちょっとくたびれた感じの女の人が気だるげに立っていました。茶色の長い髪が印象的ですが、目の下にクマができていてかなり不健康そうです。


「あの、あなたは?」

「あたいはナタリヤ。頭領にあんたの世話をしろって言われたわ」

「頭領?」


 あたしが聞き返すとナタリヤさんは小さくため息をつきました。


 ええ? そんなに面倒くさがらなくても。


「ここは名もない山賊のアジトよ。ま、分かってるとは思うけど、男どもの相手をしてもらうことになるから」


 うえっ。やっぱりそういうことですか。結局あたしは奴隷になる運命からは逃れられないってことなんでしょうか。


「他の女は潰れちまってもうあたいしか残ってないからね。一人で十人を相手にするのは大変なのよ。だからさっさと戦力になんなよ」


 うえぇ。そういうことを大人がするっていうのは知識としては知ってましたけど、あたしみたいに小さい、しかもがりがりの子供でもやらなきゃいけないんでしょうか?


 さすがに無理ですよね。ああ、どうやって逃げればいいんでしょうか?


「悪いけど、ここからは逃げられないよ。鍵は外からかけられてるし見張りもいる。それにここはアジトの真ん中だからどうやったって見つかる。だから素直に大人しくしてな。そのうち何も感じなくなるからさ」


 そうですか。無理ですか。


 それにしても、売られたと思ったら今度は盗賊に誘拐されるなんて。


 あたし、ツイてないにも程があるんじゃないですかね?


「あんた、名前は?」

「えっと、ローザです」

「そう。じゃあよろしく。暗い顔したって何にもならないよ。ここに女はあたいとあんたしかいないからね。お互い精々死なないようにするしかないさ」

「……はい」


 あたしは力なくそう答えたのでした。

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