鈍感・敏感 じれったい系の2人が、よくわからない世界で恥ずかしがりながらも、積極的になり過ぎて削除されないよう、仲間たちに見守られながら冒険をする
神帰 十一
第1話
「イリヤ! 喜べ!」
ヨツがそう言って、イリヤの部屋の扉をノックもせずに開けたとき、イリヤは着替えの途ちゅ……今から服を着るところで、一糸まとわぬ裸体であった。
「! ! ッキャ–––––––––––––––––––
!!!!!」
絹を裂いて、糸状になった絹。その細い糸を切り裂くよりも甲高い声が、早朝の
鈍い打撃音のあと、成人男性くらいの質量の物体が突き飛ばされて、壁にぶつかる音がする。続いて乱暴に扉の閉まる音。
屋敷の中庭の、綺麗に刈り揃えられた木々から、一斉に小鳥たちが飛び立つ。
しばらくの静寂。
戻り来る日常の朝。
やがて、屋敷の給仕たちに 割り当てられている個室エリアの、幾つも扉が立ち並ぶ、長い廊下に現れたのは、身長が180㎝は軽く超える筋肉質の女性だった。
女は遠くに、ぐったりと落ちているものを見ると、真っ赤な唇の口角の片方をあげ、ピンヒールを床に突き刺すように歩き、落ちているものに近づく。
一番 上に羽織っているロングコート型の装備のせいで目立たないが、女の露出度は高い。
時折り 踏み出す脚が露になり、付け根まで続く、鍛えられた脚線が、窓から入る光に美しく照らし出された。
ものはヨツだった。
女は意識を失っているヨツの顔を見て、両方の口角を綺麗に上げる。
片方の口角を上げた時の、蔑んだ笑みとは違い、今度は嬉しそうだ。子供が大好きなお菓子を、思いがけず貰えたときのような、そんな無垢な笑みを湛える。
女は、ヨツの目にかかっていた髪を、小指の甲側で、そっと退かしてやる。指の先には真っ赤に染められた凶器のような爪が光る。こらえきれなかったのか、女の喉からは小さな笑い声が漏れていた。
その時、女の後ろから微かな、—— 常在戦場の者にしか聞こないような—— ドアノブを静かにまわす音がした。誰かが部屋から出て来る気配がする。女の長く先の尖った耳がピクリと反応するが、音からは敵意や不穏な気色は感じられない。むしろ静寂を破らないようにしようとする、細やかな心遣いが、その音にはあった。
女の耳が緊張を解く。
「おはよう、イリヤ」
女は振り向きもせずに、朝の挨拶の言葉を発する。その声は女にしては低く逞しい声だ。まるで声さえも武器の一つであると考え、戦うための、程よい重さの鈍器に仕立て上げたような声だった。
部屋から出て来たのは給仕服を身に纏ったイリヤだ。
「あら、おはようございます エスさん。良い朝……、良いお天気ですね」
イリヤの言い直しに反応して、
「良い朝ではなかったのかい? 」
エスと呼ばれた女は、イリヤの方を振り返りつつ、ヨツを指差しながら、再び嬉しそうに笑った。
「女の矜持を破られました」
「女の矜持を破られた? それは穏やかでは無いね。でも、ここまで吹き飛ばしたのなら、矜持は保たれたのだろう?」
エスがイリヤの、ある一点だけを見て 言っているのに気がつき、イリヤは手でエスの視線を払う。
「そこの矜持は破られていません。全てを見られたのです」
「なんだ、大袈裟だよ。矜持を破られただなんて。見られた程度なら、コレはやり過ぎだろ」
エスがヨツの頬をつつくと、ヨツが唸り声を上げて、意識を取り戻す。
「あ、おはようエス。おはようイリヤ」
壁と床の直角に合わせたように、頭を壁に、肩から下を床に預けた、格好のつかない体勢のまま、ヨツは白い歯をキラリと光らせる。
「(イリヤ。凄く大きくて、柔らかそうだった)」
羞恥に、カッと顔が赫らむが、イリヤはそれに耐えて、詫びの口上を述べる。
「申し訳ありませんでしたヨツ様。突然のご入室に驚いてしまい。私も準備が整っていなかったもので、強制的に退室して頂きました。無理を御身で受け止めて下さり、感謝しております」
深々と頭を下げて、ついでに赫らんだ顔を隠す。
「あぁ、いいんだ。こちらこそ申し訳なかった。ノックも無く扉を開けてしまい、イリヤが……その……、あんな姿だとは……」
イリヤには、ヨツの血液が流れる音も、感覚を伴って聴こえて来てしまう。
ヨツの血流が一部に向かって行くのが分かった。
「(あぁ、あの滑らかな背中の曲線に合わせて、指を這わせたら、イリヤはいったい、どんな風に震えるのだろう?)」
いつにもまして、気持ち悪い事を考えているヨツの心の声が聞こえて来るが、ヨツと同調状態にあるイリヤは、自分の体の一部が熱くなっていくのを感じ、暫く顔を上げることが出来なかった。
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