朝目覚めたら横に悪魔がいたんだが・・・・・・告白されても困る!

渋川宙

第1話 目覚めたら悪魔がいた

 なんか狭いなあ。

 このベッド、こんなに狭かったっけ。

 寝苦しさを覚え、桜井奏汰は目を覚ました。そして気づく。明らかに身動きが取れないくらいに狭い。

「ううん。なんで」

 いくら一人暮らし用の小さいベッドとはいえ、こんなに狭くなかったぞ。クッションでも置いたままにしてたっけ。

 奏汰は寝ぼけたまま寝返りを打とうとし、そしてフリーズした。

「え?」

「ぐううう」

「ええ?」

 横にいびきを掻く物体が。いや、よく見ると外国人がいるんですけど。

 奏汰はその整いすぎた顔にびっくり仰天。しばし凝視。しかし、これはヤバいと気づく。

「え? なに、不審者?」

 警察に通報しなきゃと身を起こそうとしたが

「ぎゃああ」

 謎の外国人にホールドされベッドに連れ戻される。

「可愛げのない声だな。だが、まあいい。やっと目覚めたか、我が愛しの君よ」

「・・・・・・」

「なんだ、俺様の魅力にびっくりか」

「・・・・・・」

 いや、びっくりっていうか、色々とぶっ飛んでいて困ってるんです。っていうか、何って言った?

「い、いとしの」

「愛しの君。もちろん君のことだ。いやあ、俺様もそろそろ伴侶が必要だなと思っていたんだよ。たまたま人間界に来て良かった」

「あれ、めっちゃ日本語」

 見た目はフランス人のようなのに、凄く綺麗な日本語を喋っている。

 ついでに色々とヤバい。今この人、人間界とか言わなかったか。

「ええっと、結局あなたはどちら様で?」

 何とか謎の外国人から逃げだそうともがくが、全く以て逃げられない。相手の力が強すぎる。

「ああ、俺様。なんだ、一発で解らないのか。有名だと思ったんだけどなあ」

「ええっと」

「俺様はルシファーだ」

「ん?」

 そもそも外国人の知り合いなんていないけど、その名前はどっかで聞いたことがあるぞ。奏汰はまじまじと男を見つめる。

「照れるな。もう食っていいのか?」

「いいわけないだろ、ド変態!」

 自分の身の危機に、奏汰はついに男の腹に向けて鉄拳を一発。

 男はぐほっと言いながら壁に激突。そりゃあ狭いベッドの中だからなと、奏汰はそそくさとベッドから避難。

「って、ええっと」

 しかし、ベッドから離れて気づいてしまった。男の背中に黒い翼のようなものがあるのを。なんか尻尾ぽいのが生えていることを。

「・・・・・・」

 そして気づいた。ルシファーという名前をどこで聞いたのかを。

「え? ゲームから抜け出してきたとか?」

「そんなわけあるか。俺様は正真正銘ルシファーだ!」

 腹と背中の激痛に耐えながら、ルシファーは高らかに名乗ってくれたのだった。




「ええっと、マジもんの悪魔ですか?」

「嘘を吐いてどうする。ほら、羽も本物」

 パタパタと、真っ黒な羽をはためかせてみせるルシファーに、奏汰はとんでもないことが起こったらしいとようやく理解した。部屋に悪魔がいる。しかもベッドで一緒に寝ていた。もうこれは覆せない事実だ。

「え? でも、俺、男なんですけど」

「おいおい。悪魔に向かって何を言っているんだい。悪魔なんだからどっちでもオッケーに決まってるだろ。ついでに言えば俺様はより神の野郎のむかつきポイントを押すため、男しか抱かないと決めている」

「何その最悪な宣言」

 この悪魔、イケメンな顔が台無しの一言を放ったぞ。しかもなんで俺。

 奏汰は異常事態プラス貞操の危機という状況に頭を抱えて悶えてしまう。

「だってお前、可愛いじゃん」

 そんな奏汰にさらっと放たれる言葉。

 可愛いって褒め言葉じゃないから。嬉しくないから!

「俺は女の子が好きなんですけど」

 無駄だろうと思いつつ、奏汰は一応そう主張してみた。が、ルシファーに鼻で笑われる。

「そんなお姫様顔して何を言う。それにすぐ慣れるさ。任せなさい。淫蕩に耽るのは悪魔の基本事項だ。すぐにあの世に連れて行ってやる」

「そこ、せめて天国っていいません?」

「いや、俺様、悪魔だし。天国反対~」

「ああ、まあ、そうですけど」

 あの世につれて行かれると聞いて誰が喜ぶんだ。という基本的なことを忘れてるよな。って、そんなことを考えている場合じゃない。

「まあまあ。俺様に可愛がられていればすぐにもっとと強請るようになる」

「なって堪るか。ってか、出てってくれませんか?」

「嫌だよん。まあ、気長に堕落させてやる」

「最低だよ、こいつ」

 何を言っても動かない気だし、奏汰を恋人にしようとしている。何なんだ、まったく。

「って、それどころじゃねえ」

 が、スマホを確認して気づく。大学に行かないと。今日の講義は出ないと教授に殺される。

「おい、悪魔の嫁になるってのに、なに勉学に励もうとしてるんだ。遊べよ」

「黙れ。俺は何一つ了承してないからな。帰ってくるまでに出てってくれよ」

 これ以上喋ってられるか。奏汰は大学に向けて猛ダッシュ。

 いや、一刻も早くルシファーから離れたくて猛ダッシュだ。

 ついでに大学が終わったら総て夢でしたというオチを期待しちゃうほど猛ダッシュだった。

「くくっ、可愛いねえ。落としがいがある」

 しかし、そんな姿がルシファーの恋心により火を付けるとは気づかないのだった。




 無事に大学の講義を総て終え、奏汰は家に戻ってきた。が、ドアを開けたところでフリーズしてしまう。

「ようやく、戻ったか。俺様をこれほどまでに待たせるとは、とんだじゃじゃ馬だ」

「ルシファー様。将来の奥方にそのように仰られてはなりません。さあ、奏汰様、どうぞ」

 ルシファーと、なんか執事っぽい人が喋ったところで、奏汰はバタンと音を立ててドアを閉めた。

 そしてもう一度、確認。間違いなく自分の住んでいるマンションだ。1Kの狭いマンションだ。さっきのは見間違いだ。そうに違いない。

 だが、そんな思いも虚しく、再びドアを開けて広がっていたのは1Kの狭い部屋ではなかった。

 どこぞのお城の食堂だ。大きなテーブルがでんっと置かれ、そのテーブルの上にはびっくりするくらいの豪華な食事。天井からシャンデリアがぶら下がっている。寛ぐルシファー。そして給仕する渋メンの執事。

「どうした、忘れ物か? お前にメイク道具は必要ないはずだが。それに服はこっちだぞ」

 ルシファー、呆気に取られる奏汰にそんなことばかり言う。

 ああもう、誰か状況を説明して! 奏汰は思わず執事を見た。

「先ほどは挨拶が遅れまして、申し訳ございません。私はルシファー様にお仕えするベヘモスと申します。奏汰様、お召し替えをご所望でしたらすぐに用意をいたしますが」

「い、いや。お召し替えとかいいから。って、俺の家はどこに行ったんだよ!」

 ドアだけ俺の部屋で中身がなくなっている。そう主張すると

「なんだ、そんなことに驚いていたのか。お前を嫁とすると決めたから、地獄にある我が城とお前の部屋のドアを繋いでおいたのだ。まあ、なぜか接続ミスで玄関ではなく食堂に繋がってしまったがな。大した問題ではあるまい」

 ははっと笑って優雅にワインを傾けるルシファー。しかし、奏汰ははいそうですかと頷けるはずがない。

 いつの間にか自分の部屋が異空間の入り口になっているだと! しかも接続ミスってなんだ。そんなパソコンの配線間違うみたいに言うな!

「ぬおおおっ。俺の平凡な人生が」

「波瀾万丈の方が楽しいだろうが。俺様なんてかつて天使長だったという過去があるくらいだからな」

 はははっと豪快に笑ってくれるルシファー。が、奏汰はお前の人生と俺の人生を同じ土俵で語るなと主張したかった。

「俺は普通の大学生なの。普通に会社に就職したいの。普通に結婚したいの」

「無駄無駄。さあ、食事をしたまえ。そんなひょろっとした身体では、長い夜は持たないぞ」

「いや、あんたと寝るなんて絶対に嫌だから! ってか、男となんて嫌だから」

「ふん。すぐに手籠めにしてもいいが、それでは夫婦は長続きしないからな。長期戦は覚悟の上だ」

 奏汰がどう主張しても、全く以て聞く耳持たないルシファーだった。

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