第123話恵美とのデート話は、何故か「地中海風漁師鍋」の話に変化する。

さて、恵美にいきなり「公然デート申込」をされた翼は、まだそれを理解していないらしい。

「恵美さんと僕ですか?」

「どうして?他の人は行くんですよね」

「湘南ね、江ノ島とか?」


恵美は、まどろっこしい、といった顔。

「そう、私とだけ」

「いいじゃない、他の人ともデートしたでしょ?」

「真奈と美紀とも」

「私だけ、してくれないって、女がすたる」

「それとも、私には魅力がないってこと?」


翼は、答えるのが、実に難しい。

「いや・・・そうではなくて・・・素敵な人だなあと」

と、懸命に応じるけれど、デートに応じるまでにはいたらない。


これでは、ラチがあかない、と思ったのか、翔子が恵美の顔を見た。

「恵美さん、翼君が困っているでしょ?」

「迫り過ぎると、翼君は引くよ」


心春も不安そうな顔。

「やはり、無理やりは」


今度は恵美が困った顔になっていると、翼がやさしい顔。

「湘南までドライブして・・・何か食べますよね」


恵美は、素直に「うん」と頷く。


翼は、静かに話す。

「江ノ島に、美味しい魚料理の店がありまして」

「観光客用の店でなくて、地元の人が通う」

「お刺身、フライもの、煮付け、焼き物、どれも美味しい」

「店は昭和レトロ風で、美しいとか、お洒落ではない」

「でも、味は絶品」

「店に入ると、地元の人と、和気あいあいに、食を楽しむ」


翼の話の途中で、女子大生三人の喉がゴクリと動いた。

翔子

「恵美さん、翼君とのデートはともかく、先にその店に行きませんか?」

「郷土料理研究会として」

心春が翔子の「郷土料理研究会とは?」と尋ねると、恵美が「かれこれしかじか」と説明をする。


そんな話になっていると、恵美の母良子が助け船。

「恵美もいきなり過ぎで、強引過ぎ」

「全員で行きなさい」

「翼君を困らせると、逆に嫌われますよ」


恵美は「逆に嫌われる」に反応した・

「わかった、一緒に行こう」

それでも、条件をつけた。

「翼君の手を握って一緒に歩くのは、私」

「車の助手席も、翼君限定」

「それなら、今回限りで我慢する」


厨房で苦笑いをしながら話を聞いていた、父シェフ隆が顔を見せた。

「翼君、ごめんね、我がまま娘で」

「しかし、モテモテだなあ」


翼は、恥ずかしそうな顔。

「典型的な和風魚料理の店、漁師鍋とかもありそうです」

と、そこまで言って、翼はひらめいた。

「隆さん、そう言えば・・・」


隆は翼の顔を見る。

「え?何か思いついた?」


翼は、にっこり。

「江ノ島で漁師鍋を食べて・・・地中海風漁師鍋を考えます」

「それで美味しかったら、ここの店でも・・・いや、絶対に美味しい」

「おそらく江ノ島の漁師が深く関係している店、魚も送ってもらいます」


隆の顔は紅潮、そのまま翼とがっちり握手をしている。

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