第一章 電子荒廃都市《サイバーパンクシティ》・新宿(5)

「不死狩り……?」

「世界各地、各都市に散り散りになった不死を殲滅、ないし投獄する運動です。一部の不死は第一次都市戦争において多大な戦果を上げましたから、不死の存在しなかったアースにとっても、不死に対する脅威の記憶が薄れたアルネスにとっても、殺しても死なず、数々の実戦を経験していた不死の存在は大きな衝撃でした。そして不死、つまり魔族はヒトという種ではない悪性の存在として、第一次都市戦争終結から第二次都市戦争が始まるまでの間に、その駆除が行われたのです」

 それは五百年前、いやそれ以上の太古からアルネスでは一般的な認識であった。

 不死である魔族はその超常的な力故に、定命から怪物として恐れられていた。

「我々も徹底抗戦の構えを取りましたが、魔導工学技術の発達で対不死用の武器が開発、量産され、それまで限られていた不死への対抗手段が増加した事により、不死と定命の間のパワーバランスが崩れ、我々は敗北しました」

「六魔侯は……どうなったのだ?」

「六魔侯は、壊滅しました……」

 悲痛の色を滲ませて、マキナは言う。

「天忌侯メイ、黒竜侯シルヴァルド卿、青雷侯ラルシーン卿の所在は不明です。滅ぼされたのか、それとも囚えられているのか、あるいはどこかに潜んでいるのかはわかりませんが、不死狩り後に一度も生存を確認できておりません。業剣侯ゼノール卿は、《転輪の法》の発動条件を聞かされていたのは私とラルシーン卿だけだったからと、私を逃がすために囮となって……一人敵陣に……」

 メイ、シルヴァルド、ラルシーン、ゼノール。

 誰も彼も、ベルトールに長く仕えていた不死の家臣達だ。

 他者を失う悲哀など、とうに捨てたと思っていた。他者を慮る心など、とうに死んだと思っていた。だがベルトールの胸に去来したのは喪失感と空虚感だった。

「とはいえ、不死狩りも過去のものとなりましたし、不死に対する恐怖心を持つ戦中世代も減ってきていますから、当時よりは周りを気にする必要はなくなりました。以前は本当に炙り出しだの、無関係な定命に対する一方的な不死認定だの酷かったですから……」

「不死狩り、か……」

 そこでベルトールは気付く。一人足りないのだ。

 六魔侯はその名の通り六名の魔族から構成される。

 話に出たのは四名、マキナを合わせて五名だけだ。

「マルキュスは?」

 血術侯マルキュス。

 政においてはラルシーンと共にベルトールを支え、更に不死の王国の魔導技術研究職のトップでもある元ダークエルフの魔族だ。

「……え、えーと……マ、マルキュス……卿は……」

 マキナが視線を外し、指先を合わせてくるくると回し、その目が泳いでいる。

 何か隠し事をしているのが丸わかりである。

 それを指摘するより先に、マキナが大声を出した。

「そ、それよりベルトール様! 喉は乾きませんか!?」

「え、いや別に――」

「お身体には影響ないとはいえ、この街の空気はベルトール様が吸うには汚れすぎています! よって! ベルトール様のお喉を労る為に私、ちょっとお飲み物を買って参りますから、ここでしばしの間待っていてください!」

「お、おいマキナ……」

 強引に話を打ち切ってマキナはその場から離れ、その姿は人混みの中に紛れていった。

 マルキュスに関して何か都合が悪いのか、あるいは話したくない事なのか、それはベルトールにもわからなかったが、マキナはベルトールに嘘を付く事だけはないと理解していたし、話したくないという思いが先行して強引に話題を逸らしたのもベルトールを慮って、忠心からの行動なのだろうというのは察しが付いていた。

「全く、仕様がない奴だ」

 やれやれ、といった風に呆れた口調でベルトールは言う。

「五百年前と変わらぬな、マキナは」

 この様子であれば、この変わりきってしまった世界でも彼女は変わらずにやっているのだろうとベルトールは少しの安堵感を得ていた。

 街灯の下で、ベルトールは周囲を見回す。

 雑踏の中から聞こえるのは、人々の話し声や、よく通る客引きの声だ。

 大通りの北側には、エーテルリアクターがランドマークとしてよく見えた。

 正面のビルの壁面一杯を使った壁面大広告ホログラム・ディスプレイからは、大音量で軽快な音楽と共に空走車のCMが流れて来る。

『今、風となり、そして時を置き去りにする――新宿FVotY受賞、貴方の暮らしを豊かにする、IHMIプレゼンツ、新型空走車【バーゲーン07】登場』

 可愛らしいアバターを纏った流行りの三人組バーチャルアイドルユニットが、空走車に載ってサイケデリックな光を放つトンネルの中を駆け抜けている。

「ほう……原理としては虚像投影の類か……? それもこのサイズ、この精度で……魔力の無駄すぎるのではないか……?」

 CMの映像を、呆けたように口を開いて食い入るように見つめている。

 新宿市警察と漢字で車体に書かれた白黒の警邏車パークルが、赤いランプを回して甲高いサイレンを鳴らしながら目の前を横切った。

「ん……?」

 そこでベルトールは視線を巡らせた。

 霊素の微妙な揺れを感じ取ったのだ。

 それは常人では決して察知できぬ小さな変化。力が落ちていても尚、魔王の霊素に対する感応力の鋭敏さは健在だった。

 視線の先には一人の少女がいた。

 変わった格好の――ベルトールにとっては皆が変わった格好ではあるが――少女だ。

 短く切った黒髪、その前髪には一房赤いメッシュが入っており、赤を基調に金の刺繍の入ったチャイナ・ドレスの上からは、代用ファー付きの裾の短いドワーフ・ジャケットを羽織り、動きやすそうなシューズを履いており、頭には丸サングラスを乗せている。

 黒髪に茶色の瞳、丸い耳に宍色の肌は東洋系オリエンスの人間の特徴だ。

 年の頃は十七、八といったところか。端正な顔立ちで、気の強そうな目元と、活発そうな雰囲気の少女だ。

 少女はじっと、鉄柵に背中を預けて正面の壁面のホログラム・ディスプレイの広告を眺めている。

 少女の口角が笑みの形に上がった。

 その時だ。

 踊り、歌うアイドル達のPVが暗転した。

 そしてディスプレイの全面に、ポップなドクロのウサギのロゴが一瞬表示され、更に暗転して直後にアイドルのPVでも、ウサギのロゴでもないものが表示される。

 卑猥な動画サイトの広告であった。

『あっ、あン! んっ、あっ! あぁん!』

 大音量で嬌声が街中に響き、ディスプレイには無修正の裸体が映し出されている。

 あまりに唐突な異変に、人々は一瞬足を止めて壁面のディスプレイに視線を向けた。

「うわ、何これ?」

「なんかいきなりエロ広告出てきたんだけどバグ?」

「これ広告ハッキングされてね?」

「ママー。あれ何?」

「見ちゃいけません!」

 ざわめき、動揺する群衆。

 その中で一人、広告ではなく戸惑う人々を眺めて、手を叩いて大笑いする人物がいた。

 ベルトールが視線を向けた黒髪の少女だ。

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