第十一話 永遠の愛


 王都の秋は深まっていき、クロエは結婚の準備に日々忙しくしていました。衣装選びや式の後の晩餐会の段取りに、することはいくらでもあるのです。天下の公爵家が行う式なので規模もかかる費用も桁違いなことでしょう。


 花嫁側の招待客があまりにも少なすぎるのはしょうがないことでした。それに加えて、大聖堂に入場する時に花嫁に付き添い、腕を組む父親はもうこの世に居ません。ですから代わりに義父に当たるテネーブル公爵が代役を引き受けて下さることになりました。


 父親も後ろ盾もない平民同然の娘と婚姻を結ぶテネーブル公爵家には母親として申し訳ない気持ちでいっぱいでした。それでも、身分や境遇の違いを超えて結ばれる二人はいつ見ても幸せそうで、私も感慨深いものがありました。テネーブルさまと彼のご家族は家柄も経済力もないクロエ自身を望んでくれているのです。


「お母さま、ゴティエさんもご招待しますから彼とお二人で式に参加して下さいね」


「え、それでも……公爵家の正式な場に二人で出て行くのは少々躊躇ためらわれるわ。花嫁の母親である私が若い男性を同伴していたら、他のお客さまに何を言われるか……」


「フランソワやご両親がゴティエさんも招待しましょう、とおっしゃって下さるのです」


「かえってお気遣いをさせてしまって申し訳ない気持ちもありますけれど、きっとクリスチャンも喜ぶと思います。ありがとう、クロエ」


「フランソワによると、お母さまたちの歳の差なんて無いに等しい、だって『あらふぉお』と『あらさぁ』じゃないか、とのことですけれども……」


「要するにお母さまとクリスチャンは二人とも大人で、お似合いの恋人同士という意味ですわ」


「それに比べるとガブリエルさまとまだ初等科のザカリーさんは『超しょたこん』と言うよりも下手したら犯罪だとかなんとか……フランソワはとにかく訳の分からない言葉を羅列するのです」


「確かにガブリエルさまとザカリーさまはちょっと歳が離れていらっしゃるようですわね」


 俗語に詳しいダフネはテネーブルさまの意味するところが理解できるようでした。クロエに少し事情を教えてもらったところによると、テネーブルさまのお姉さまの運命のお相手はかなり年の離れた方だそうです。




 私はクロエの結婚祝いにドレスを縫うことにしました。簡素なデザインの紺色のドレスですが、奮発して質の良い絹地にしました。クリスチャンもクロエの結婚祝いに何かしたいから、と言って生地を買ってくれたのは実は彼なのです。そして私はドレスに合わせてジルベール領一帯に伝わる刺繍の入ったエプロンも縫うことにしました。その地方では伝統的な既婚女性の装いなのです。


「将来の公爵夫人にはあまりにも粗末なドレスでしょうけれども、クロエにはジルベール家の血も流れているのですからね……」


「とても素敵なドレスになることと思いますわ。お姉さまもお喜びでしょうね。お母さまが昔同じような装いをされていたのを私もうっすらと覚えています」


 クロエには内緒で事を進めないといけないので、そのドレスとエプロンの製作はクリスチャンの家ですることにしました。仕事の合間に少しずつ縫うので、余裕を持って早めに取りかかったのです。


「確かにドレスとエプロンの製作は貴女にとってはとても大事なことです。それは分かりますが、私の相手もたまにはして欲しいものです」


 クリスチャンは冗談めかしてそんなことを言って、ねたような顔をするのです。彼とのそんなささやかな時間はとても貴重なものでした。




 そして王都は紅葉が一番美しい季節を迎えました。


「紅葉が終わるとまた冬がやって来るのね。私とクリスチャンが出会ってもうすぐ一年だわ、早いものね」


 私は彼の家で仕事に精を出しながらそう一人で呟いていたところでした。クリスチャンが午後の早い時間に帰って来ました。


「クリスチャン、お帰りなさい。今日はもうお仕事終わりですか? お疲れでしょう」


「キャロリン、これから少し私と出掛けるお時間がありますか?」


「はい。どちらへ連れて行って下さるのですか?」


「着くまで内緒です」


 そして私がクリスチャンと辻馬車に乗ったところ、彼に目隠しをされてしまいました。


「クリスチャン、ここまで秘密にしないといけないことなのですか?」


「これも演出のうちですから」


 大通りの最初の角を南に曲がったことだけは感じられましたが、私は馬車がどこへ向かっているのか全く分かりませんでした。四半時も経たないうちに馬車が止まりました。


「まだ目隠しは取らないで下さいね、キャロリン。今馬車から降ろして差し上げます」


「えっ、そんな、自分で降りますわよ」


 クリスチャンは有無を言わさず私を抱きかかえて地面に降ろしてくれました。一体ここは何処で、彼は何を企んでいるのでしょうか。


 私の目隠しはそこで外されました。私の目に最初に飛び込んできたのは辺り一面、黄色の風景でした。


 私はティユール通りの煉瓦造りの家の前に立っていたのです。クリスチャンは私の手をしっかりと握っています。


「ああ、貴方がおっしゃっていた通り、今の季節は菩提樹の紅葉が見事ですわ。連れて来てくださってありがとうございます」


 私はあまりの美しい景色に溜息をついていました。クリスチャンはなんとそこで黄色い菩提樹の葉の絨毯の上にひざまずきました。


「キャロリン、貴女のことを誰よりも愛しています。これからもずっと私と人生を一緒に歩んで下さいませんか? 結婚して下さい」


 私の愛しい彼からここで求婚の言葉を聞けるだなんて思ってもいませんでした。


「クリスチャン……私……」


「私は貴女なしではもう生きていけません」


「けれど、私はもうこんな歳ですから、貴方に子供を授けて差し上げることはほぼ無理ですわ」


「子供を持つために結婚する人ばかりではありませんよ。確かに貴女との間に子を持てるとしたら素晴らしいでしょうけれども。私より年上の貴女を好きになったのは私です。それに、交際を始めた時にも申しましたよね、歳のことをおっしゃるのはやめて下さい、と」


 彼はまだ地面に膝をついたままでした。通りを歩いている人が数人、私たちのことを遠巻きに眺めているのが目の隅に映っています。


「クリスチャン、お立ちになって下さい。私も貴方をこれ以上ないくらい愛しています。謹んで貴方の求婚をお受けいたしますわ」


「ああ、私のキャロリン……」


 まだ若いクリスチャンですから、子供が出来なくてもいいという考えなのでしょう。数年後、十数年後にはやはり家族を築ける相手が良かったと思い直すかもしれません。けれど将来のことは誰にも分かりません。私は今のこの時を大事に生きていこうと思います。


 私はクリスチャンに手を差し出し、彼を立ち上がらせました。私たちは煉瓦造りの家の前の歩道でしっかりと抱き合い、熱い口付けを交わし始めたところに拍手が聞こえてきました。


「おめでとうございます! お幸せに」


 通行人の方たちまで祝ってくれています。


「いやですわ、私たちったらいい大人同士なのに……」


 クリスチャンは彼らに会釈をした後、私に向き直り、手に何かを握らせてくれました。その硬い感触から金属のようでした。


「貴女に求婚を受け入れてもらったことが嬉しくてしょうがありません。これは私からのお祝いです」




***ひとこと***

流石、手回し周到なクリスチャン、紅葉の美しいあのお家の前でプロポーズです。怒涛の勢いでクロエ・フランソワ組を追いかけております。フフフ……


永遠の愛 キキョウ / アイビー / サザンカ(ピンク)

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