第38話 聖女として


 時が止まったように扉を見つめたまま動けずにいたけれど、ぼーっとしている時間はない。

 私にできることが本当にないのか、考えなくては。


「ランス卿。わたくしはこれから大神官様と瘴気について対策を考えたいと思います」


「承知いたしました。私も先遣隊の選定と準備を進めたいと思います。セティウスは部屋の外の警護をしていてくれ」


「……わかりました」


 二人が出ていって、大神官と二人きりになった。

 重い体をひきずるように、ソファに腰掛ける。


「大神官様もお掛けになってください。お疲れになったでしょう」


 長い衣装をひきずって大神官が向かい側に座る。

 いつ見ても邪魔そうな衣装ね。

 裾にホコリとかたまらないのかしら。


「聖女様。先ほども申し上げましたが、聖女様にしていただくことは何もありません」


「ただここで何もせず一年待っていろと? 民が魔獣に怯え、騎士や兵士が戦っている時に?」


「ご自身と浄化の力の価値を軽く見てはなりません。この国が百年切望したのが、真の聖女たるあなたなのです。今は大変でも、時間が解決します」


 思わずため息がもれる。

 やはりこの人はどこか浮世離れしている。


「今は瘴気が蔓延しているのは魔の森周辺だけなのですよね?」


「そのようです。アイラから一番近かったからだと思いますが」


「連鎖的に他国の瘴気噴出孔からも瘴気が噴き出る可能性は?」


「……ないとは言い切れません。地脈全体の問題なので……」


 そうなれば、この国はかなり不利になる。

 責任を問われるかもしれない。

 聖女の存在そのものすら、疑われるかもしれない。


「大神官様」


「はい」


「本当は……何かわたくしにできることがあるのではありませんか」


「ありません」


「わたくしの目を見て仰ってください」


 赤い瞳をじっと見据える。

 一瞬目を合わせるけれど、彼はすぐに視線を外した。


「真実の口を使いましょうか?」


「やめてください。それを使われた場合は私は一切喋りません」


「何か方法があるのですね。それは、おそらくわたくしにとって危険な方法」


「聖女様」


「浄化の能力は真の聖女のみ。その真の聖女であるわたくしは、瘴気を体内に取り込んで浄化して吐き出している。ということは、体内に常に浄化の力があるということ。それも、生涯にわたって消えないほどの力が」


「大量の瘴気を取り込むのは肉体のほうが耐えられないと申しあげました。半神半人とも言えるあなた様ですが、肉体は普通の人間そのものなのです」


「そうですか。では―――――という方法ではどうですか」


「聖女様……!」


 大神官が立ち上がる。


「そんな方法では無理です。無駄に聖女様が危険になるだけです!」


 この人は嘘が下手だわ。

 私も人のことは言えないけれど。


「そうですか。わかりました」


 そう言った私がその方法を諦めたわけではないのは大神官もわかっているでしょうね。

 大神官は切羽詰まったような顔でしばらく私を見た後、苦い顔で息を吐いた。


「……勝手にそれをなさろうとは思わないでください。誓って言えますが、その方法をとるには私の協力が必要不可欠です。聖女様一人で中途半端に行えば、かえって地脈への刺激となって事態を悪化させるかもしれません」


「それは嘘ではないのですね」


「はい」


「では協力してください」


「しません。絶対に!」


 珍しく強い語気で大神官が言う。

 しばしにらみ合うように目を合わせていたけれど、先に大神官が視線を外した。


「何度も申し上げているように、真の聖女たるご自身の存在価値を決して軽視しないでください。多少の犠牲を払ってでも、あなたを失うわけにはいかないのです」


 それだけ言うと、大神官は瞬間移動で帰ってしまった。


 真の聖女たる存在を待って待って、そのためにあらゆるものを捨てて生き永らえてきた彼だから、なんとしてでも私を失いたくないと思う気持ちはわかる。

 けれど、もう真の聖女さえいればなんとかなるという段階ではないわ。

 他国の動向、自国民の感情。

 時間が経てば経つほど事態は悪い方向に進む。

 たとえこのまま魔獣への対処だけを行って一年という時間を耐えたとしても、その後この国はどうなってしまうのか。

 ミリアが真の聖女として目覚めていれば、こんな事態には陥らなかっただろうにという考えが頭をかすめるけれど、終わったことを考えても仕方がない。 

 今、私には聖女としてできることがある。

 けれど、大神官の協力が必要不可欠。それは嘘ではないはず。

 だから、どんな手を使ってでも彼に協力させなければならない。


 私は、これ以降一切の飲食をやめた。

 その日の昼と夜、翌日の朝、昼、夜。

 水の一滴も口にしなかった。

 侍女たちの懇願さえ聞かなかった。

 夜の食事を下げさせたところで、セティが部屋に入ってきた。


「リーリア様」


「セティ。こんばんは」


「侍女達が泣いていますよ。なんで水すら飲まないんですか。そんなんじゃ倒れてしまいます」


「……心配かけてごめんね」


「何のためにそんなことを? レオを心配するあまりなんて理由じゃないと思いますが」


「ごめんね。それは言えないの」


「……。じゃあ水だけでも飲んでください」


 エイミーが置いていったコップをセティが差し出してくる。

 私は首を振った。


「お願いですから」


「要りません」


「リーリア様」


「……」


 セティには心配をかけて申し訳ないけれど、飲むわけにはいかない。

 本当は喉がかわいて仕方がないけど。


「そうですか。なら押さえつけて口移しで飲ませましょうか」


 口は笑みの形をつくっているけれど、目は笑っていない。

 むしろかすかな怒りさえ感じる。


「リーリア様。水を」


 もう一度首を振る。

 セティの顔から表情が消えた。

 彼が私に一歩近づいたところで、魔法陣が赤く光った。

 

「聖女様……」


 憔悴した顔の大神官が私を見つめる。

 私が飲食を断っていることを知ったのね。


「部屋の中に気軽に瞬間移動してくるな」


「いいのセティ。少し……外してくれないかしら」


「……」


「お願い」


「わかりました」


 セティが私から顔をそむけ、出て行った。

 ごめんね、セティ。本当にごめん。


「聖女様。水すら飲まれていないと、侍女が神官長を通じて私に知らせてきました」


「そうですか」


「なぜ私の気持ちをわかってくださらないのですか」


「理解はしています」


「あなたの代わりなどいないのです」


「代わりがいないのは誰だって同じです」


「そんな問答をしに来たのではありません!」


 切羽詰まったような大神官の顔と声に、わずかな同情心がわく。

 けれど、私はここで引くわけにはいかない。


「大神官様。わたくしの手を見てください」


「?」


 大神官に、私の手を差し出す。

 何が言いたいのかわからないというように、彼は私と私の手を交互に見た。


「手が、何か」


「わたくしの手を見てどう思われますか?」


「……色白でとても美しい手だと思いますが」


「はい。苦労を知らない美しい手です。手だけではありません。髪も肌も、荒れることもなく美しさを保っています。人にかしずかれ、身の回りの世話すらしてもらい、国民の血税で生活をしているからです」


「聖女様……」


「こんな事態に何もしなければ、わたくしは人に世話をされて散歩をして過ごすだけの無駄飯食らいに成り果てます」


 大神官は深いため息をついた。


「聖女様の責任感は素晴らしいものだと思います。しかし何度も申し上げているはずです。その浄化の力に代わるものは何もないのだと。そんな方が無駄飯食らいなどと誰が思いましょうか」


「国民は聖女や地脈の事情など知りません。何か月経っても魔獣が消えないとき、どのように思うでしょうか。このように騎士に守られ税金で安穏とした生活を送っている聖女のことを」


「……それは」


「歴代の聖女のときはこんなに魔獣など出なかったのに。もしや今の聖女は偽物なのではないか。そう思う人たちも出てくるでしょう。緊張や恐怖は人の心を蝕みます。わたくしが憎しみの対象にならないと言えますか」


「……」


「暴動すら起きるかもしれません。その時、わたくしを偽の聖女だと思う者が城壁内に複数いる場合、どうなるでしょう。それに問題は国内だけではおさまりません」


「仰りたいことはわかります。陛下も私も何も考えていないわけではありません。ですが、それでも」


 大神官が続く言葉を飲み込み、うつむく。

 わかっている。

 私が言ったことを、陛下や大神官が想定していないわけはない。

 それでも、真の聖女を失うことを恐れている。


「大神官様。女神様はもうお怒りではありません。ミリアに次いでわたくしが生まれたことがその証拠です。たとえわたくしに何かあっても、再度聖女は生まれてきます」


「しかし」


「昨夜、白い世界で女神様とお話ししたことを詳しく思い出しました」


「!」


「聖女を作るなというのは、世界の理を乱したことに対する怒りではありません。女神様は長い間聖女を送らなかったためにそのようなことになったと後悔をしておいででした。これ以上地脈を乱してはならない、形は違えど女神様の祝福である光の魔力保持者の運命を不幸に歪めてはいけない。それがその言葉の意味です」


「……たとえそうだとしても。私に、あなたの命を二度も奪えというのですか」


「わたくしが決めたことです。あなたのせいではありません。そもそもなぜわたくしが死ぬ前提で話しているのですか」


「それほど危険な方法です」


「大丈夫です。わたくしは死にませんわ。まだやりたいことがたくさんありますから」

 

 大神官の赤い瞳から涙がこぼれる。

 よく泣くわね、この人。


「そう泣かないでください。不吉ではありませんか」


「しかしあなたは……っ、私が待ち続けた存在なのです。私はフィリーナに対するものとは別の意味で、あなたに好感を抱いています。何度も犠牲になどしたくない……!」


「だから死にませんって。どうしてもわたくしを殺したいのですか」


「滅相もありません」


「じゃあ泣かないでください。殿方がそう簡単に泣くものではありませんわ」


「男性といっても、もう男性のシンボルもありませんし」


「えっ!?」


「フィリーナに手を出してしまったけじめとして。陛下は不要だと仰ったのですが」


 うっ、またなんともいえない話を。

 この人、私になんでも話しすぎじゃないかしら。

 なんだか懐かれている気がする。


「とにかく。実行するなら一刻も早いほうがいいでしょう」


「……本当に、やるのですか」


「はい、やります。そしてわたくしは死にません」


「……」


 私はセティが置いて行ったコップの水を飲みほした。

 美味しい。

 ほんとはものすごく喉がかわいてたのよね。

 お腹も空いてるし。

 終わったら、ちゃんとした食事をしよう。

 大丈夫。ちゃんとここに帰ってこられる。私は死なない。大丈夫。

 

「行きましょう、大神官様」


「……」


「大神官様。時間が惜しいのです」


「……わかりました」


 こうしている間にも、騎士たちは魔獣と戦っている。

 今は魔獣が活発な時間。ひどい怪我を負っている人もいるかもしれない。

 のんびりはしていられない。

 やるのなら、一刻も早くやらなくては。


 大神官を伴って、部屋を出る。

 部屋の前を警護していた騎士に護衛をと言われたけれど、神殿から出ないからと断った。

 奥へと進み、階段を上る。

 そういえば、リーリアになってからはここは一度も行っていない。

 けれど、どこがどうなっているかはわかる。ミリアのときは何度も通ったから。


「どこへ行くんです? リーリア様」


 ――ああ。

 やっぱり、彼は勘が鋭い。


 祈りの間の扉の前で、腕を組んで柱に背を預けているセティ。

 彼にはこの行動を読まれるかもしれないと予想していた。

 私が飲食を絶ったことを知り、訪れてきた大神官と話したがったところを見て、私が大神官に何かをさせようとしているのはすぐにわかったでしょうね。

 そこからさらに祈りの間を導き出せるのはすごいとしか言いようがないけれど。


「セティ」


「今さら祈りの間に何の用ですか」


「何も心配はいらないわ」


「リーリア様。それで僕が納得して引き下がると思いますか。危険なことをしようとしていますね」


「セティ、どうか理解して。この方法しかないの。わたくしは大丈夫だから」


「嫌です。僕にとってあなたより大事なものなどない。力ずくでも止めます」


 二本の氷の槍が地面から生えて、私のすぐ前で交差する。

 道をふさぐように。


「セティ」


「何も聞きたくありません」


 セティは決して引き下がらない。

 どんなに説得しようと、私を通してくれることはない。

 それなら。

 私は氷の槍に手を伸ばすと、尖った部分を思いきり握った。

 鋭い痛みとともに、手が血に染まる。

 ポタポタと、床にまで血が垂れた。


「リーリア様!」 


 セティが慌てて私の両手首をつかんで、氷の槍から引き離す。

 怪我をした方だけでなく両手首を握ったのは、私の聖印を警戒してのこと。

 何度も魔力を封じられているものね。

 私はセティにもたれかかるように、体を預ける。セティが小さく息を飲んだ。

 そして背伸びしてセティの頬に口づけた。

 セティの動きが、止まる。

 私はその隙に、彼の頬に触れている唇から聖なる力を発動させ、……聖印を施した。


「――!!」


 セティの顔に絶望の色が浮かぶ。

 大神官が、すかさずセティを魔法で拘束した。

 魔力を封じられたセティには、当然それに抗う術がない。

 唇で聖印を施すのは初めてだけど、上手くいったようね。

 ……彼の気持ちを考えれば、残酷な方法ではあるけれど。


「大神官……!」


「どうぞ私を恨んでください、セティウス。全ての運命を歪めたのは私です。ミリア様も、アイラも、リーリア様も……君も。すべて私が」


「わたくしの決断よ、セティ。大丈夫だから、心配しないで待っていて」


「あなたの大丈夫ほど信用できないものはない」


 あまりの言いように、思わず笑ってしまう。

 セティの視線が血まみれの私の手に注がれる。少しでも心配を減らしたくて、血を止める程度まで癒した。

 それを見ても、セティの表情が晴れることはない。

 泣き出しそうな顔をしている。


「こんな残酷な口づけ一つ残して、僕を置いていくんですか」


「ごめんなさい、セティ。わたくしにはそれしか言えないわ。傷つけてばかりでごめんね」


 氷の槍に触れ、聖なる力で霧散させる。


「大好きです。行かないで、リーリア様。お願いです。こんなのずるい」


 愛しさと申し訳なさがあふれてきて、私はきつく目をつむった。

 レオに対する気持ちとは違うけれど、私はセティが大好きで愛しくてたまらない。


「嫌だ。行かないで、お願いだから」


「心配ないわ。星を見に行く約束をしたでしょう」


 私は、ちゃんと笑顔を彼に向けられているかしら。


「リーリア様! 行くな、リーリア様!!」


 私はもう振り返らず、大神官と一緒に祈りの間へと入った。

 扉を閉めれば、もう静寂の世界。

 分厚い扉は、血を吐くような叫びを私の耳から遠ざけてくれた。

 天窓から月の淡い光が降り注ぐ白い部屋の中、絨毯を踏みしめながらゆっくりと足を進める。

 私が進むたびに、両側の壁にかけられた魔道具の明かりが一つずつ灯った。まるで、私を導くように。

 一段高いところに、私の腕が回りきらないほどの大きな水晶が鎮座している。

 けれど、前世で見た時にように淡い光を放ってはいない。


「なんだか懐かしいですわ」


「……」


「あの水晶から浄化……いえ抑制の力を大陸中に送っていました。つまりあの水晶は大陸中の地脈に力を送り込めるようになっているということですね」


「はい。今は使えぬよう封印しています」


「解いてください」


「……承知いたしました」


 大神官が先に進んで、水晶に手をかざす。

 水晶が、淡い光を帯び始めた。


「ここから力を送るとき、ひどい疲労感に襲われました。逆に言えばそれだけで済んでいました。自分で特に力の量をコントロールした覚えはありません。なら、力を一定数だけ送れるようにしてあったのでしょう」


「仰る通りです」


「それを最大まで上げてください。浄化の力を直接地脈に送ります」


 真の聖女は生涯瘴気を浄化し続ける。

 それだけの浄化の力が、私の中にあるということ。

 一生分の浄化の力を、今ここで一気に送り込む。

 おそらく、私は力を失う。失うのは、力だけではないかもしれないけれど。

 

「……危険です」


「承知で来ました」


「浄化の力は女神様より授けられし魂の力。半神半人たるあなたは、それをもってこの世にとどまっているはずです。それを使い切ってしまっては、肉体と魂の結びつきが切れてしまう可能性が高い」


「そうね……」


 本当は怖い。

 怖くて、悲しくて、寂しくてたまらない。

 もう一度レオに会いたい。セティを泣かせたくない。

 ランス卿もエイミーもルカも、私に何かあればきっと悲しむ。

 伯爵家のお父様、お母様、お兄様お姉様たち。もうずっと会っていないから、会いたい。

 陛下とももっとお話をしてみたかった。ダミアン殿下……はまあいいけど。

 行きたいところもやりたいこともまだたくさんある。

 命をかけるなんて、怖い。すごく怖い。

 自己犠牲を美しいなんて少しも思わない。

 死にたくない。


 だけど、私は聖女だから。

 図らずもアイラからその地位を奪い、短い間ではあるけれど聖女として生きてきた。

 聖女としての責任が、私にはある。

 果たすべき責務も。


 何よりも、私は助けたい。

 戦いに赴いている騎士たちを。この国の人たちを。大陸の人たちを。

 そして、レオを……ふふ、動機が不純ね。


 これは私の最大のわがまま。

 命を失えば残されたほかの人たちが悲しむとわかっていても、そうすると選んだ、私のわがまま。


「大神官様。水晶の力を最大に」


「……っ」


 水は炎を消すけれど、大火事にコップ一杯の水をかけてもなんの意味もない。

 それは何度やっても同じ。

 だから、一気に“鎮火”する。


「大神官様。もしわたくしの……命が途切れてしまった場合、女神様にすぐに聖女を送ってもらうようわたくしからお願いします。浄化が上手くいけば、だいぶ地脈は安定するでしょうから、次の聖女が目覚めるまでの期間くらいは問題なく過ごせるでしょう」


「そんなことを仰らないでください」


「もしもの話ですわ。最後の最後までこの世にしがみついてみせますから、さあ」


「……」


「腹をくくりなさい、大神官シャティーン」


「……御意に……」


 大神官が、水晶の台座に手を伸ばす。

 魔石とおぼしき四つの石に、一つ一つ触れていく。

 四つの石が、赤い光を帯びた。


「準備ができました」


 その声は震えていた。

 うつむいて、唇を引き結んでいる。

 その顔が少しだけセティに似ていて、愛おしさを感じてしまった。


「ありがとう。最後まで嫌な役目をさせてしまってごめんなさい」


「そのような」


 彼の瞳からひとつ、涙が落ちる。


「涙は不吉ですよ」


「その通りです。申し訳ありません。ご無事を祈っています。たとえ死にかけても死なないでください」


「ええ。しぶとく戻ってきてみせますわ」


 水晶に手をのばす。

 情けないことに、その手が小刻みに震えている。

 死そのものよりも、もうレオやセティや他のみんなに会えなくなるかもしれないのが何よりも怖かった。


 ―――勝手なことをして、ごめんね。


 手のひらに浄化の力を集める。

 そのまま、水晶に触れた。

 すさまじい勢いで私の中から力が吸い取られていく。

 苦しい。

 息ができないほどに、苦しい。

 全身が痛い……!

 でも、まだだめ。

 もっと。もっと。

 私に宿る浄化の力よ、どうか。

 大陸中を満たして。


「聖女様、もう手を離してください!」


 力が抜けていく。

 目の前が真っ暗になる。

 大神官らしき手が、私の手を水晶から引きはがした。


 私……うまくできたかしら。

 誰かが何か叫んでいる気がするのに、もう、何もきこえない。

 最後にもう一度……レオに会いたかったなあ。

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