リ・ライフ

斎藤遥

出来損ない

  名前はない……というか忘れてしまった。


  いつもお前とよばれていたし。


  それなのに、なんで18才ってわかるかって?


   ユウシュウな人になるための試験というものを受ける年齢だからさ。


シリツのナンカンダイガクのえーおーというやつ。



 でも、結果は不合格。


やっぱり出来損ないだからかな。


もともとゴミのようにされていたんだけど、医者になるようなユウシュウな人しかいない家のみんなに愛想をつかれ、完全に捨てられることになった。


まぁ、そうだろう?


言葉はドイツ語ばかり、あとは医者が使う数学と理科だけしか知らないのだから。




 ガチャ

 

 バンッ


『以後、この屋敷を跨がぬように……ゴミが』


長いあしでけり、ゴホゴホするぼくの頭を強くつかんでいくシツジ。


ズルズル


そのままひきずり、門のソトへ投げだしたあとにつばを吐きかけてきたんだ。



 大きい家のドアを閉めた音がきこえてから、やっと立ち上がったぼくはそろりそろりとあるきはじめる。


伸びきっていてぐしゃぐしゃなクロい髪、やぶれたりさけたりしているみずいろのワンピースを着ているぼくははだしだから、じりじりといたい。


はじめてソトにでたのに、あたりはまっくら。


たすけを求めるばしょも人もいない。


とおくでヒカリとオトがきこえるから、そこまでいこうとおもうのに。


ぼくのからだはぜんぜんうごいてくれないんだ。


いままでのいたいいたいがイッキにあふれてきて、イキぐるしくなったぼくは道のはじっこに小さくなる。




 「今日、楽しかったね」


「ハロウィン、最高!」


声がきこえるところを見たら、2人のおんなの子があるいていた。


  着たことがないたくさんの色がついた服。

  キラキラした笑顔と声。

  きいたことのない楽しそうなことば。


  どれもぼくがもっていないものがキラキラしていたんだ。


 つめたい風はぼくのからだとこころをひやす。


「ぼくの人生、サイアクだったな……」


目を閉じたら、つめたい水がほっぺたについて、下にながれる。


ブルブルがいちばん強くなってきたから、ぼくはからだをもっとギュッと小さくしたんだ。


 このまま、しんでしまえばいいのに。



   「トリックオアトリート……お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ♪」


たかい声がきこえてきて、なんだろうとかおをあげる。


ピンク色の髪がみみまであって、はながたかいおとこの子が口のはじっこをあげていた。


とりにくのあとり……よくわからない。


ドイツ語ではなさそうだ。


「なにを言ってるんですか?」


ことばのイミもかおのかたちのイミもわからないぼくはとまどうしかない。


カレはぼくを見つめながらボサボサのクロい髪を左手でなでる。


「日本人じゃないの?」


とてもキレイなかお。


「日本人ですけど」


つぎはわかった。


「名前は?」


ほんとうの名前を言ったら、カレはいなくなっちゃうのだろうか。


でも、ウソをついてもカレのまっすぐな目でわかってしまいそうだから、しょうじきに言う。


「御前(おんまえ)です」


このセカイではゆうめいな名前をビクビクしながら言ったのに、カレはクスリと笑っただけだった。


「かわいそうに……こんなかわいい子を隠し持っていたのがあのくだらない一家だなんて」


もったいないと付けて左手をあたまのうしろからくびへもってきたカレは伸びきった髪をうしろにまわしはじめる。


御前家はたくさんの人にうらまれてるってきいたことがある。


カレもその人なんだ。


「じゃあわかるように言うよ。僕にとってのお菓子、君の命をちょうだい」


ああ、僕はやっぱり死ぬんだ。


「いいですよ」


ぼくは応えるため、すこしでもいたくないように目を強く閉じた。


きっと、カレは首をしめるんだとおもったから。


ああ、あっけないな。


息がしづらいのはたぶん骨がかなり折れてるから。


カレにコロされるのか。


でも、なんでだろう。


ぜんぜんこわくないんだ。



だから、フッと鼻で笑ったのをきいて、ぼくはチカラをぬいた。


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