第4話
二人の皿から食べ物が消え、お茶を飲んだら席を立つ頃かと、そうソフィアが考え始めた時、
「いやあ、隣部屋が先輩でよかったですよ! 色々教えてくださいね! 僕の青色の春のために!」
「おう、教えてやる教えてやる。この学校、美人ばかりだから選り取り見取りだぞ」
「本当ですか⁉ 金髪で胸がデカくて、僕に激甘な娘がタイプなんですけどいますかね⁉」
横に煩いのが座ってきた。
「うわっ、先輩、さっそく僕の好みどストライクな娘がいました!」
「おう。でも、お前のこと、生ごみを漁る鼠に向ける目で見てるけどな」
「もしそんな鼠がいても慈愛を籠めますのよ」
「はぁっ、じゃあなんだっ、僕はそれ以下ってことか⁉」
「そういうことだろ」「そういうことですわ」
「はい、この時点で僕の好みから外れましたぁ! 残念でしたぁ、さよなら僕の青い春!」
──煩いですわねぇ。
「ホーハルト先輩、おはようございます」
「お、ナタリヤちゃんじゃん。おはよ、この娘も新入生?」
「ええ、ナタリヤさんの隣の部屋になりました、用兵科のソフィア・ヴァン・ペトロ
ブナです。以後、よろしくお願いしますわ」
「俺はファン・ホーハルト。機動科、三年。で、こっちが、」
夕日に照らされた草原のような髪を持つファンは、彼の正面、ソフィアの隣に座る少年に手を向ける。
「アッティラ・プラキディアです! 魔砲科一年! 趣味は女性観察! 特技はスリーサイズを目視で言い当てること!」
「あなた、初対面だろうがなんだろうが素直に言うタイプね」
「はい! 誰隔てなく接するタイプです!」
「バカに素直なのはわかりましたわ……」
「なんだ上から88 64 82! スカートが三センチぐらい張ってんぞ⁉」
「な⁉」
──なんでわかりますの⁉
いや、違う。この男の勘は外れている。バストを言い当てられ思わず信じ込んでしまいそうになったが、最後に測ったときはウェストとヒップはもう少しコンパクトだったはず。
「て、適当はやめてもらいます?以前、測っていただいた際の数字はもっとスリムだったはずですわ」
「測ったっていつ?」
「この制服のために採寸したとき」
「あ、だからここがちょっと張ってるのな」
アッティラがここ、となぞるのは彼のベルト部分だ。
つまり、腰の付近。
「採寸だと二カ月前? その間にふと──」
「ぶん殴りますわよ」
「不敬罪で私刑か⁉ やだねぇ、貴族は偉そうで!」
「自ら言うのも嫌ですけど、貴族は偉いことに違いありませんわ!」
この後、貴族はなぜ貴族なのかを歴史的観点から一方的な議論を重ね、不敬な馬鹿が黙るころに八の半刻を知らせる鐘が鳴った。
入学式は九の半刻。あと一刻で始まる。
「それじゃあ私たちは部屋に戻りましょうか。お化粧だってしないといけないし」
「ええ、馬鹿の相手は疲れましたわ」
「僕も貴族の機嫌取りは疲れたからいいタイミングだよ」
「どこに! わたくしを気分良くしてくれた人間がいますの!」
「気持ちよく喋らせてあげたじゃん」
「このっ!」
アッティラという男、口を開くたびに煽ってくる。一見、知的な見た目からは想像
できないほどに馬鹿だ。いや、理解力がないわけじゃない。知識もある。ソフィアが
貴族の誕生や功績を説明しようとすれば「あー、あれね」と補足の説明まで寄越して
きた。
単純な馬鹿じゃない。
単純に性格がよくない。
「友達ができてよかったわね」
「あれが最初の友人だとは認めたくありませんわ……」
「そう? お似合いだと思ったけど?」
ナタリヤの表情で、それが単純な交友のことを言っているのではないとわかる。
「お似合いって。恋人にするならとかそんな意味ですの?」
アッティラの顔と言動を思い出す。
確かに、顔は悪くなかった。
他が最悪だ。
出会って数秒で言い合いが発生した男と、どのようにして恋仲となろうか。
「出来れば、二度と顔も合わせたくないですわ……。わたくし、あの方ははっきり言って嫌いですし」
「案外、そんな人のほうが気兼ねなくてよかったりするのよ」
「……考えたくありませんわね」
すれ違うことはあっても、向かいあって話すことはもうないだろう。
付き合う友人を選んでも、出来上がる友人は選ぶなとは教えられてきた。しかし、あんなのがいるともなれば、この教えも考え直さなければならない。でないと、自身の知能指数が下がってしまいそうだ。誰にでもケンカを売る馬鹿にはなりたくない。
日常はもっと平穏で穏やかな方が心地よい。
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