第15話

 チャーリーミルズという人間は同僚にとってはあまり良い人間とはいえなかった。

 彼女の属する部署内務調査室は局内の不正を正す職務内容から仲間を疑う内務調査官は局の嫌われ者といえる。

 それが彼らの仕事だとは言え、疑われる側からすれば昇進にも響くことからほとんどの者が彼女とは出来うる限りの関わりを避けていた。

 そんなことから接触できる機会は限られていたが雑用ついでにと地下の階段を降りて難なく地下へと降りることができた。際奥の部屋の扉を開けると中はどういうわけか太陽光が差し込んでいて、薄暗い地下廊下を歩いていたジルにとっては明るさに目が眩んだ。

 壁と天井からは窓と天蓋が取り付けられて、その向こうには青空が澄み渡り室内へと光が差し込んでいた。

 確かここは地上の下にあるはずだが。

「ああ、レネット捜査官」

 感情を殺したような深緑色の瞳がわずかに細まったように見えた。

「それは人工光ですよ。驚きましたか。地下にいると気が滅入るでしょう?だから特別にかけあって取り付けたんです」

 べつにこいつの話を信じたわけじゃない。

 ただこの方が行動しやすいだけだと自身に言い聞かせる。

「気持ちは決まりましたか?」

 最初からこちらの言葉を汲み取ってくるあたり室長だけのことはある。

「はい」

「では随時報告を怠らないようにしてください」

 オリビアが裏切り者。とはやはり思えなかったのは彼女に対しての欲目だろうか。

 第一にあれが彼女の口座とは限らない。

 同名ということもあるのではないか。

 場合によっては潜入捜査ということもあるだろう。

 内調がそれを知らない。ということがあり得るのだろうか。

 内務調査室はすべての権限を持った部署だ。

 許可を得るための申請さえいらない特別なコードソースを用いているというというくらいだ、口座を調べるなど容易いはずだが、それを俺に頼む理由はなんだ?

 俺に出来て彼らにできないものなんてあるのか?

 そんなもの、あるのか?

 ないんじゃないだろうか。

「お前こんなところでなにやってるんだ」

 声をかけてきたのは明らかに嫌そうな顔をしていた。

 べつに俺だって好んで顔を合わせたわけではないが、それはあんまりじゃないだろうか。

「お前、内調とやりとりしてるんじゃないだろうな」

「コピー用紙の補充ですけどなにか?」

 気に入らないというようにあからさまな舌打ちが返ってきてジルはため息を押しとどめた。

「お前がどうなろうとどうでもいいがそれでオリビアにしわ寄せはするなよ」

「あなたも彼女に嫌われないように精々気をつけてくださいね。ああ、もう手遅れでしたね」

「それはお前も同じだろう」

「それはどう意味ですか」

「さぁな」意味深に口角を上げると彼は行ってしまった。

 ただの戯言だろう。

 あんなのはただの負け惜しみだ。

 そう思っていた先で彼女と別行動をとることになった。

 どういうことかあの男と少しの間相棒を組むことになったらしい。

「少しの間だけよ」

「本当に?」

「ええ」

 オリビアの目が泳いだのを見逃さなかったがそれを口にすることはなかった。

「そうですか、わかりました」

 彼女は話す気がない。

 彼女にとって俺はそういった対象では無いのだからわざわざこちらから踏み込むこともない。

 その方が俺も動きやすい。

「オリビア、行くぞ」

 すれちがうように彼女に声をかけた男に視線を向けると口角を上げて勝ち誇った表情をしていて苛ついた。

「バーンズ待って!」

 ジルあんたはしばらく事務仕事をしてなさい。いいわね。と指示を受けて取り残された。

 なんだそれは。

 俺だけ蚊帳の外かよ。

 仲悪いんじゃなかったのか。

 俺じゃ駄目なのか。

「ジル?」

 身を翻した彼女に名前を呼ばれて視線の先を追うと彼女の腕を掴んでいた。

「あんたの相棒は俺だろ」

「なに?寂しくなった?大丈夫大丈夫すぐ戻ってくるから」

「わかった。あんたがそのつもりならそれでいい」

 彼女の腕から手を離した。それはふたりの間にあった関係までも切れたような音がした気がした。

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