第96話 アルノルトさんの手紙

――― 黒髪の美しい、神秘の瞳を持つお嬢さんへ ―――

 

 万一に備えて、この証拠書類を君に託すよ。迷惑かもしれないけれど、これから書くことを闇に葬るわけにはいかないから、できるだけいろんなところに証拠を残しておきたいんだ。


 いろいろ調べてみたんだけど、ヴァイツ村……屯田村の司令官は、腐り切ってる。君達の村だけではなく、シュトローブル周辺の村々から奴が取り立てている「保護税」は、駐留軍の装備や補給の目的には、一マルクたりとも使われていない。送った書類から読み取る限り、闇で売り払われ、その収益が複数の悪徳貴族に分配されているんだ。


 シュトローブルにいる、王室から派遣されてる総督に訴えても無駄のようだ。利を喰らっている貴族リストの中に、総督の名前もあったからな、世も末だね。どうもうちの司令官殿は王都の貴族と結託し、不当な利益をむさぼることを目的として、ここに赴任してきたみたいだ。屯田村のナンバーツーである副官殿はこの実情を苦々しく見ているが、何か弱みを握られて動けないようだね。


 多数の貴族たちがバックにいるとなると、告発して罪を問うのは簡単じゃない。僕はこれから、決定的な証拠を掴んで……王都に直訴するつもりだ。こんな正道に背くことを許しちゃいけないからね。


 でも……僕の動きが万一気取られたら、さすがに無事では済まないだろう。その時に備えてこの書類を君に預ける。この決意をダニエルには打ち明けているから、何かあったら彼と連絡を取って欲しい。


 まあ、うまくやるつもりだから、この手紙が無駄になる可能性の方が高いと思うけどね。その時は、暖炉にでもくべちゃって欲しい。大丈夫だよ、僕だって君にまた会いたいしね。


――― アルノルトより ―――


◇◇◇◇◇◇◇◇


 手紙を読んだ私は、しばらく動けなかった。


 何よ、この手紙。フラグを通り越して、ほとんど遺書じゃないの。たった一人で腐敗貴族の集まりに対抗するつもりなの? そして勝手に正義感振り回して……勝手に死ぬつもりなんだ、アルノルトさんは。


「彼を助けないと……」


「いったいどうなさったのですかお姉さん?」


 怪訝な表情で私を見つめるみんなに、手早くアルノルトの手紙の内容を説明する。このままでは、彼の身が危険にさらされるであろうことも。


「なるほど、おっしゃる通り彼の立場は、極めて危ういものですね。でもロッテ様、貴女様に何ができるのですか?」


「うぐっ……」


「ヴァイツ村に今更ロッテ様がのこのこ行っても、怪しまれるだけ。あそこは国土防衛の最前線、軍隊関係者と物資を売買する商人くらいしか訪れないところのはずです。そこに私達が唐突に姿を見せたら、目的を疑われること明らかです、かえってアルノルトさんの仕事がやりにくくなるのでは?」


「うん、これについては、俺もクララに賛成だ。あれだけ警戒厳重な基地だと、魔獣でも気付かれずに侵入することは難しいしな」


「うぐぐ……そうね。ありがとうクララ、ヴィクトル。ちょっと熱くなってしまったみたい……」


「いいえ、ロッテ様のそういうところがみんな好きなのですから、ロッテ様はありのままでいてくだされば良いのです。私達がお守りしますから……」


 クララが泣かせることを言うの。まあ、ちょっと涙出ちゃったわけなんだけど。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 みんなが言うように今の私達では、アルノルトさんを直接助けることはできない。歯がゆい思いを抑えて、私達は眼の前にある村造りの課題に打ち込んでいる。


 新しく、村の境界に防壁を造る作業を始めたの。最前線のヴァイツ村の指導層があの腐敗ぶりでは、アルテラの軍が攻めて来ても、とても頼れないからね。アルテラは勇敢な遊牧騎馬民族、妖魔の石像なんか置いても恐れてはくれないだろうし、物理的に止める策も講じないといけないのだ。


 最初は工数がかかり過ぎるからあきらめた防壁造りだけど、幸いなことに今の私達には鉄モグラさんが仲間に加わってくれている。彼らが境界に沿って濠を掘ってくれるから、そこから出た土をその内側に積み上げれば、簡単だけど結構高い土壁になった。はしごを掛ければ簡単に登れちゃうでしょうけど、騎馬兵が越えられなければいいのよ。こっちの作業指揮をヴィクトルとカミルにお任せして、私とルルはクララとビアンカを護衛にして、しこしこと妖魔の石像を集め続ける。だって私、力仕事にはまったく役立たずなんだもん。


「鳥除けだったら、もう石像は十分なんじゃねえか?」


 村長さんはそう言うのだけれど、妖魔の石像には他の目的もあるのよ。ネタバレさせるわけにはいかないのだけど。決して、防壁建設作業をサボりたいからじゃない……表向きは。まあ、ここまでの実績というのか信用があるのか、村の人達はそんなものなのかと見逃してくれている。


 そんなわけで、妖魔の像がさらに五十ほど増えた頃、お友達が村にやってきた。

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