第94話 ヴァイツ村

「輸送隊の護衛ですか? もちろんやりますけど、シュトローブルへ向かうのですか?」


 家を訪ねてきた村長さんの依頼に、確認を入れる。農産物なんかを売るなら行先はシュトローブル一択なのだけれど、一応ね。


「いや、隣のヴァイツ村だ。『保護税』って奴を納めにいかないといかんからな」


「保護税?」


 村長さんの話してくれたところによると、シュトローブル周辺は継承する貴族領主がおらず、王室直轄地になっている。国境紛争の被害もしばしばあることに配慮して、他の地域より国の取り立てる税は安く、収穫の三割程度。だけど三年くらい前から、軍の部隊が駐留するヴァイツ村の指揮官から「保護税」として収穫の二割を要求されているのだという。


「何か二重取りみたいで、変な話ですね」


「みんなそう思っているんだがね。実際あの村の軍が踏ん張ってくれるからアルテラの兵がこっちの村まで踏み込んでくるのがある程度抑えられていることは事実だから、断れないと言うかな……」


 納得はしていないがやむを得ず、という村長さんの表情。それにしても通常の税と合わせて五割を徴収されるのでは、厳しいよね。


「まあ今年は、あんたらの知恵のお陰で鳥害も妖魔の害も少なくなったから、収穫が増えたんで助かってるよ。税を払ってもひもじい思いはしなくて済みそうだ」


 そう言ってもらえて、嬉しい。「保護税」とかいうのは変だなと思うけど、まずは私たちの役割を果たそう。


「では、いつ出発しますか? 準備しますので」


「明後日で」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 輸送隊の護衛は、ヴィクトルと私、そしてカミル。


 目的地が軍事基地だから女の子が多いとナメられるであろうこと、そしてケモ耳のクララとビアンカがどういう扱いをされるかわからなかったことが、人選理由だ。獣化すれば侮られることはないだろうけど、それはそれで逆に討伐されたりする危険があるからね。あ、もちろんルルは、一緒に行くよ。


 ヴァイツまで三時間ばかりの距離だから、護衛と言っても危険らしい危険もない。無事に保護税とやらを積んだ荷車を守って村までついた。まずはお仕事終了ね。


 ルーカス村より厳重に囲われた村の門を入ると、なぜか軍指揮所の裏に回らせられた。そこにはふんぞり返って恐らく一番地位が高いであろう軍人と、その補佐であろう騎士、一般兵士らしき十人ほどが集まっている。こないだ助けたアルノルトさんはここの会計監だって言ってたから当然いるのかと思ったけど、いないのね。


「うむ、今年の上納は少し多いようだな」


 駐留軍の長らしき男が、お約束通り上から偉そうにのたまう。


 四十代半ばと見えるけど、その肉体はどう見ても鍛えられていないし、全然軍人らしくない。ここはアルテラとの最前線基地と言うけれど、文官が司令官をやっているのかしら? かなり後退した額がてかてか光って、その下にある眼は狡猾そうに細く吊り上がっている。


「は、心きく者が策を案じ、妖魔や獣の害を防ぐことが出来ましたゆえ」


 村長さんが、いつもの砕けた言葉遣いとは一転して、形だけはかしこまって答える。


「ふむ、もう少し税率を上げるべきであったか?」


 はぁ? 何言ってるの? って抗議が喉元まで出かけたけど、ここはこらえる。村長さんの立場を悪くするわけにはいかないしね。


「その儀はお許しを。通常の税と合わせ五割をお納めしているのです。領民の生活もぎりぎりでありますれば、これ以上はできかねますかと」


「できるかどうかではないッ、やるのだッ!」


 もともと吊った貧相な眼が、益々吊り上がり、理の通らないことをまくしたて始める司令官。なんでこうなっちゃうのかな。副官らしい騎士様が眉にしわを寄せながら、穏やかに何やら説得してくれているけど、聞く様子もない。副官さんが手で立ち去るようにこっちに合図してくれているのを幸いに、とっとと退散する。


「毎回あんな感じなのですか?」


「あいつが着任してから、毎回だな。わけがわからんよ、なんであんな奴が……」


 吐き捨てるようにののしる村長さん……うん、気持ちはわかる。


「実戦指揮官とは思えない方でしたね」


「下級貴族の三男かそこらで、士官学校も出ていないのにやたらと世渡りがうまく、上層部に取り入って異例の前線基地司令を勝ち取ったって話だ。補給局かなんか上がりで、実戦指揮なんかしたことが無いらしいぜ」


「最前線がそれって、いいんですかね? それにあの人、世渡り上手って言うんだったらなんでこんなとこに赴任してきたんでしょう。最前線司令なんて危険が大きい割に、あまり美味しい役職とも思えないんですが?」


「そうだよなあ。そういう小ずるい奴は、王都の楽なポストを欲しがるもんだと思うよな。ま、あんな奴のことを考えても仕方ない。遅めの昼飯でも食ったら帰ろうぜ」


「せっかく来たんだから、ダニエルさんかアルノルトさんに会いたいな……」


 そう、このヴァイツ村と私たちのいるルーカス村の間には、ほとんど交流がない。こんな機会でもないと、お話しできないのだもの。


「ああ、この間助けた奴らだな。あと二時間で出発するからそれまで自由行動だ。そいつを探すなりしゃべるなり好きにしてくれ。じゃあな」


 そう言うなり村長さん達は食堂の方に向かって行った。遅めのお昼を食べながら、エールでも飲るのだろう。もう仕事は終わったわけだしね。


 私達は指揮所のまわりのお店をぶらつく。この村は軍人さんだけでも千人弱、民間人も合わせて二千近くの人が住んでいる。必然、ルーカス村にはないお店がいろいろあって楽しい。中心には常設の屋台もあって、せっかくなので串焼き肉とスープを買って三人で露店のテーブルでワイルドにぱくつく。あとでクララに、行儀が悪いと叱られるかしら。


「お、あの時のお嬢さんか!」


 明るく声を掛けられて、肉を頬張ったまま顔をあげると、会いたかった人がそこにいた。


「うぁるのぅとはん……うぐっ、むぐっ……ぷはっ。アルノルトさん!」


 お肉がなかなか飲み込めなくて、変な応答になってしまったけど、仕方ないよね。探す手間が省けたじゃないの、私が運がいい。


「はっはっは。あわてて食ってのどに詰まらせるなんぞ、淑女には似合わんぜ。ゆっくり食ってくれ。僕も昼がまだだからご一緒するよ」


 恥ずかしさに顔を紅くする私を尻目に、アルノルトさんは自分用の肉串と黒パンを注文して、やおら私たちのテーブルに着く。


「今日も、めちゃくちゃ強い兄さんが一緒なんだな。兄さん、あの時は助かったよ」


 ヴィクトルが軽くうなずきだけを返す。あまり具体的なことをしゃべると聖女絡みのあれやこれやがバレてしまうからね。アルノルトさんも心得て、それ以上先日の話を蒸し返すことはしない。


「君達がこっちの村に来るなんて珍しいね、もちろん嬉しいんだけど。何か売り買いするなら、シュトローブルの街へ行くだろうに」


「ええ、今日は村の輸送隊の護衛で来ました」


「輸送隊? なんでルーカスからこの村に?」


「そうですよ。さっき司令さんのところに『保護税』とかをたっぷり納めてきたところで、その税物を運んできたのですが」


「保護税?? なんだそりゃ?」


「ご存じないのですか? 村長さんの話だと、三年前に出来たのですって。アルノルトさんって駐留部隊の会計監なんでしょう? 税の処理に関わっていないわけ、ないですよね?」


「……」


 何気ないやり取りをしていたつもりだったけど、雰囲気がおかしい。さっきまであんなに明るかったアルノルトさんの顔からどんどん血の気が引いて、その眉間には深いしわが刻まれていく。


「アルノルト……さん?」


「あ、失礼……お嬢さん、兄さん。ちょっとこの件、僕に預からせてくれないか。かなりマズい感じがする。何かわかったら必ず報告するから……」


 アルノルトさんは屋台の主が運んできた食事に手もつけず、深刻な表情のまま、あたふたと去っていった。主を失った串焼きと黒パンは、カミルのお腹にめでたく収まることになったけど、いいよね?

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