第6話 無意識バフ?
クレールの説明してくれるところによると、魔力にはそれぞれの特性に応じた「色」があるのだという。
聖女の代表格であるレイモンド姉様は私でも見えるほど強い魔力のオーラを発していて、その色はラピスラズリのような深い青色だ。普通の人間が持つ魔力は淡い青色、狼獣人たるクレールのそれは緑色なのだとか。そして、私の魔力は濃い紫色を呈していて、普通の人間が持つ色とはまったく異なるのだという……自分で見たことは無いから、あらそうですかとうなずくしかないんだけど。
それで、さっき大熊の首を切り飛ばしたファルシオンには、クレールの緑色ではなく、私の紫色の魔力が、色濃く纏われているんだとか。
「ん……でも私、あの騒ぎの中でクレールにバフ掛ける余裕なんか、なかったよ?」
聖女になる修行の中で、アタッカーの筋力や速さを高める簡単なバフの魔法はなんとか身につけたけど、あれは準備にとっても時間がかかるわ。熟練の魔法使いでもなければ、こんなドタバタ戦闘の中でタイムリーに使えるようなものじゃない。
「そうですよね。でもどうみても今朝から魔力が……ん? もしかして?」
「なあに、クレール?」
「あ、あの……これまでの状況証拠から、いろいろ考えますと……」
「うん、言ってみて?」
「え、ええ。やっぱり、昨夜の『添い寝』をしている間に、シャルロット様の魔力を頂いたとしか、思えないのですが……」
そうか、ストンと腹に落ちた。
今朝の私が、いつもの魔力過多に陥らずに好調だったのは、あの添い寝の間クレールが無意識に、私の魔力を吸い取ってくれてたからだったんだね。そして私の魔力は、聖女の力を振るう目的では何の役にも立たなかったけれど、獣人たるクレールにとっては、力を数倍させる「美味しい魔力」だったってことなんだ。
「そうなんだ……私の魔力、体調を狂わすだけで何の役にも立たない、邪魔くさいものだとばかり思ってたわ。初めて誰かのために、それもクレールのためになるものだとわかって、かなり嬉しいな」
「シャルロット様の力が役に立たないなんてことはあり得ませんっ! でも、私がこんなに強くなれるなんて、びっくりです。そして、この魔力を頂いていると、とっても心地よいんです……」
「私も、お陰で朝から絶好調だよ!」
「ふふっ。そうなると、これから毎晩寝床で、シャルロット様から魔力を頂かなくてはいけませんね。ええ、いろんな意味で、楽しみですわ」
口角を少し上げて、ニヤっと含み笑うクレール。少しエッチな印象を受けてしまうのは、気のせいかしら?
「う……うん、どんと来い、だよ」
そして、クレールと私は、思いっきり笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
それから二日ほどは何事もなく、順調な旅だった。
「今日はこの先にある村に立ち寄りましょ」
この先の村は、私が聖女として魔獣と人間の共生体制をつくったところの一つだ。できれば共生を続けて欲しいけど、こういう関係を裏切るのはいつも人間の側だ。私のやり方を異端と決めた教会が、今後どのような圧力を掛けて来るかもわからない状況だけど、村の人達には事情を説明して、出来る限り魔獣との衝突を避ける方向にしたい。
「そうですね、新鮮な食料を補充したいですし……できれば、果物を」
あの熊肉は美味しくいただいたが、生肉をそうそうたくさん運べるわけもない。そして新鮮な野菜は農家から買わないと手に入らないから、こそこそ旅する私達も、時々人里に出る必要があるのだ。
「さあ、午前中にあの丘を越えてしまわないとね」
「ええ……あっ」
「どうしたのクレール?」
「魔狼が……こっちに近づいて来ます」
やがて現れたのは、体長が私の身長三割増しくらいの大きな魔狼だ。そして、この魔狼の発する気配は、私の記憶にあった。
「お久しぶりね、蒼き丘の守護者ベネデク」
(うむ、「黒髪の聖女」よ、我が地に再び訪ねて来たのだな。しかも、我が一族に連なる娘と共にとは。歓迎しよう)
魔狼の声ではなく、意思が直接私の頭に流れ込んでくる、いわゆる念話。これが私が生まれながらに授かった、「魔獣と話す能力」なのだ。
「それなんだけどね……私はもう『聖女』ではないの」
意志を通じるだけなら声を出さなくても出来るのだけれど、クレールに聞かせる意味もあって、私は声を出して魔狼に答える。そして手早く、自分が聖女を罷免された事情を魔狼ベネデクに語った。
「つまり、私はあなたたち魔獣と、近づきすぎたみたいで……それを快く思わない人たちが、この国の支配者階級だったというわけなのよね」
(せっかく、そなたが魔獣と人間が共生する道を、初めて拓いたというのにな……人間の教会というのは、愚か者の集まりだな)
「私が追放されるのは仕方ないんだけど……せっかくお互いに理解しはじめた人と魔獣が、争うのを見たくないのよね」
(再び争うか否かは、人間次第よな。我々一族は人間が盟約を守る限り、それに背かず、彼らを守るだろう)
「そうよね、魔獣は契約に誠実ですものね。確かに問題は、人間のほうかもね……私も村に寄ったら、あなた達との盟約を守るよう、人々に訴えることにする」
(期待しよう。だが、裏切りは人間の性。そなたのように仲立ちをする者が失われては、あちこちで人と魔獣の盟約が、綻ぶであろうな)
「そうかも知れないわ。そして魔獣と人の争いが再発した村には、私の後任である新しい聖女が派遣されるでしょう……共生など念頭になく、ただ魔獣を倒すことのみ考える聖女が」
(くっくっく。並の聖女では、我々を倒すことなどできぬよ。だが、そなたが望むならば、可能な限り人間と争わぬ道を探そうぞ)
「うん、お願い。私の姉様みたいに『並じゃない』聖女もいるからね」
(ふむ。ところでそっちに控える我が一族に連なる娘、そなたの魔力を随分と蓄えているようだな)
「あら、やっぱり魔獣にはわかるのね……」
(そなたの魔力は、我々にとっては極上の甘露だからのう。うむ、ちょっとばかり、我にも分けてもらえぬかな)
「あげたいけど、どうすればいいの?」
すると魔狼が、ころんと横になってワンコが懐くときみたいに無防備に腹を見せ、前脚をくいくいっと動かして私を誘う。
「え〜、やっぱり添い寝なの……」
仕方ないので、魔狼ベネデクのおなかに私の背中をくっつけるみたいに寄り添ってみる。う〜ん、もふもふで気持ちいい。すると、すぅっと背中から何か熱のようなものが抜けていく感じがあって、ベネデクは満足げに柔らかく、くうんと鳴いた。
(ううむ、やはり美味だ……身体中に力が湧いてくるようだ)
「う~ん、私の指定席を……」
クレールがあっちで地団駄踏んでるけど、私は悪くないからねっ!
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