追放聖女はもふもふ達と恋をする?

街のぶーらんじぇりー

第1話 追放されました

「愚かなるこの者、もはや聖女にあらず。偉大なる神よ、この者に与えし力を封印したまえ」


 国王陛下を筆頭に王族や上級貴族の見守る中、白髪でシワだらけの冴えない枢機卿猊下が私の額に手を触れ、厳かにつぶやいた。身体がすぅっと冷えて、何かが出ていくような感じを覚えた私は、恐る恐る猊下を見上げた。


「異端者シャルロット・ド・リモージュよ。そなたはこれで『聖女の力』を失い、普通の娘に堕ちたのだ」


 ええ、普通の娘……望むところだわ。だいたい聖女なんて、なりたくてなったわけじゃないんだし。


「そして、そなたの如き背教の者、王国に居場所はない。国外追放とする。三日以内に王都を立ち、速やかにこの国を出るのだ」


「三日以内、ですか??」


 さすがにそれは、ひどすぎない? と思うんだけど。


「即日出て行けと言わぬことが、教会の慈悲とは、思わぬか?」


 猊下の視線はどこまでも冷たい。まわりを取り囲む王族貴族達の誰も、この娘にせめて猶予をとかなんとか、フォローを入れてくれる気配もない。


「アルフォンス様・・」


 私は婚約者の……ああ、さっき破棄されたから、元婚約者になるのかな……第二王子殿下の名を呼ぶ。もう二年も婚約者として仲良く……と私は思ってたけど……お付き合いしていたのだから、少しくらい情は湧いているはずよね。


「気安く我が名を呼ぶことは許さぬぞ、リモージュ伯爵令嬢」


 期待は、はかなく裏切られた。アルフォンス様は、捨てた古いおもちゃを見るような、冷たい眼で私をごらんになっている。同じ醒めた表情でも、イケメンがすると特別冷酷に見えるということを、たった今ここで学んだわ。


「私に必要なのは、敬虔な『聖女』の婚約者。異端に堕ちた君に、もう用はないのだ」


 そこまで露骨におっしゃらなくたって……まあ、私も薄々そうなのかなあとは思ってたけど。ようはこの王宮で、私は孤立無援ってことなのよね。


「はい……追放の件、謹んで承りました」


 アルフォンス様が少し辛そうな顔をなさったように見えたけど、きっと私の気のせいね。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 リモージュ伯爵邸に帰った私に注がれる両親の視線は、やっぱりこれでもかっていうくらい冷たかった。


「よいかシャルロット、できうる限り早く荷物をまとめるのだ。そして三日と言わず、明日にはここを出ていくのだ、そうせねば王宮で何を言われるか……」


 仮にも父親が、血のつながった娘に言うこととは思えないけど。この人もさっき王宮で私が断罪されている間、ただ一言さえもかばってくれなかったわよね。もう、自分の立場を守ることだけに目一杯なんだよね、きっと。


「一旦王都を出たならば、決して表街道で馬車など使うのではないぞ。人の眼に触れないよう、獣道を歩いてゆくのだ。そして国外のどこかへ落ち着いても、便りなどは寄こしてはならぬぞ、お前は咎人なのだからな」


 ホントに、いらないダメ押ししてくるわよね、この毒親は。言われなくても連絡なんかしないわ。どうせ出て行くんなら、せめて姉様と一言お話ししてからにしたかったけれど、姉様は西の国境付近に出張中だし、とても無理よね。


「本当にお前は、お父様に迷惑ばかりかける子ね。少しはレイモンドを見習って、リモージュ伯爵家のためになることをしてくれれば良かったのに」


 お母様も、いわでもがなの追い打ちをかけてくる。


 レイモンド姉様みたいに、か……それは母様もご自慢でしょう、レイモンド姉様は王国首席聖女にして第一王子殿下の婚約者でもあらせられるのだから。私にとっても、大好きな自慢の姉様なのだもの。


 ねえお母様。姉様の能力や美貌にはとても及ばないかもしれないけれど、私だって努力はしたのよ、努力は。幼いころから必死で修行して、リモージュ伯爵家の伝統とも言える聖女にも任ぜられたし、聖女の肩書に釣られたのであろう第二王子殿下と婚約までしたじゃないの……それも今日、破棄されちゃったけど。


 結局私は、お父様お母様にとって、出来の悪い道具でしかなかったのね。だからお母様は、利用価値のなくなった私を、蛇かカエルでも見るような眼でごらんになるわけよね。


 もう私は貝のように口を閉じて、出ていく支度をするしかなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「クレール、何で旅支度なんかしているの?」


「だって、シャルロットお嬢様のお供をしなければいけませんもの」


 私より身体は一回りちっちゃいのに、私の持っていくやつより二回りくらい大きなリュックに、手際良く荷物を詰めていく少女の頭には大きな獣の耳。そう、私より三つ年上の侍女クレールは、魔狼と人間のハーフ……獣人なのだ。


「私はリモージュ家を追い出されるのだから、もうクレールは私の侍女じゃなくなるんだよ?」


「だったら、なおさらですわ。お嬢様がいないお屋敷に残ったら、獣人の私がどんな扱いを受けるか・・ちょっと考えただけで身震いがします」


 ああ、そうだった。ここロワール王国の民は、獣人に対する差別意識が異常に強くて……早い話が、人間扱いしないのよね。その傾向は身分が高いほど強くて、うちみたいな伯爵家ともなると、もう最悪レベル。私がどうしても自分の侍女に欲しいと望まなかったら、クレールはとっくに奴隷として売り飛ばされていたでしょうね。


「でもね……私は追放される身、それも街道を通ることすら禁じられて、妖魔がじゃんじゃん出る森を突っ切って外国に向かうのよ。女の子には危ないわ」


 うん、妖魔も害獣も山賊も次々と出てくる裏道を行く、非力な令嬢……三日と持たず食い殺されるとか、捕まって慰み者になったあげく売り飛ばされるとか、ろくでもない未来図しか思いつかないわね。せめて、苦労して身につけた聖女の力が使えればよかったのだけれど、それも先ほど取り上げられてしまったし。


「何を言ってるんですか、シャルロットお嬢様。危険な旅だからこそ、お守りするために付いていくんじゃありませんか。魔狼のハーフである私の力はご存知でしょう? しょぼい魔獣なんかには、手を出させませんから」


 ダークグレーの髪をショートボブに切りそろえたクレールの瞳は、吸い込まれそうに濃い翡翠色。狼の血族とは思えないきめ細かく白い肌に、クールな感じの小顔。すましていればお人形さんみたいなんだ。それで、笑うとおっきな八重歯がのぞくのが、またポイントなの。魔獣の血族であることを示しているのは、頭上の大きな三角形のケモ耳と、スカートの下に隠れたもふもふの尻尾だけ。時々すりすりさせてくれるんだけど、すっごく癒されるのよね。


「お嬢様が侍女にと拾ってくださらなかったら、今頃私は好事家商人の慰み者か、野垂れ死にかの二択でしたでしょう。今の私はお嬢様のお陰をもって、ここにあるのです。だからどこまでも付いていきます、ご一緒に生きてゆくことをお許しください」


 ヤバい、涙出てきた。この家では誰も私のことをわかってくれなかったけど、この少女の純粋な気持ちだけは、本物だ。正直なとこ、めちゃくちゃ心細かったんだけど、クレールが一緒だったら、追放されるのも悪くないなとか思えて来たわ。


「うん、うん……ありがと……」


 私の眼からあふれるものを、クレールはいつまでも、優しく拭ってくれていた。

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