第21話 ドゥーンと謎の刺客と大領主ボムスター・ハーケン
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俺は、すぐさまパーティルームを出ることにした。
バン、と音を立てて両開きの扉を開く。
無論のことノエルとレイチェルも俺の後ろについてきており、しかしここで気がついたのは、
「失礼するわ」
扉をくぐった俺に追いつくようにして、騎士甲冑姿の女が、歩く俺の隣に並んできたのだ。
サーヴェル・ライアー。
世界最強の騎士、と呼ばれた彼女は銀色の甲冑に映える紫色の剣を腰に刷いている。
金色の長髪は頭の後ろでまとめられており、それは「そういう髪型」というよりは、ただ「まとめただけ」という自然さだ。
しかし彼女が「そう」すると、不思議とそれもばっちりと決まって見えた。
雑誌か何かにそのまま載せれば、向こう一年くらいはシーンの最先端として街の流行を席巻するだろう。
足早に廊下を進むその歩き姿もまた、尋常なものではない。
俺は厳密には「戦うもの」とは違うので、ノエルほどの感性を持ち合わせてはいなかった。
しかし、サーヴェルの凛と整った歩き姿は、ノエルでなくともその「ハンパなさ」は感じとることができるであろう、というほどの代物だ。
戦う者・そうでない者、という問題以前として、あまりにも所作に隙がなさすぎるのだ。
ああ、と俺は、ハーケン邸の廊下を歩きながら思う。
……異性にモテないタイプだな……。
「アニキアニキ、なんでそんな切なそうな顔になってんの」
「こっちの話だ」
俺はノエルを適当にあしらってから、可能な限りの早歩きを意識しつつ、隣を歩くサーヴェルに話しかけた。
「あんた、『世界最強』だろ。ハーケン公の依頼はいいのか」
するとここで初めてサーヴェルがこちらを見た。
「……あなたこそ、いいのかしら。お金が必要、ってさっき言ってたでしょう。それだったら今回のこれは、破格の一件よ。ハーケン公なら成果によって出し渋ることもしないでしょうし」
初めて聞くサーヴェルの声はどこか寒風を思わせて、しかしその声音に突き放すようなものは感じなかった。
だから俺はサーヴェルの言葉に応じ、
「いやァな、うーん、上手く説明できねェんだが、あれはダメだ。確かに俺は金が必要で、だから『帝雲』を目当てにここにきたンだが……」
「何? さっきのことくらいで怖気付いたの?」
「さっき?」
そう言われて、一瞬の間を置いてから俺は、サーヴェルが言っているのが先ほど突っかかってきた大男のことなのだと理解した。
「あー、あのオッチャンか。まァ、そうだな。あのオッチャンも理由のひとつだが」
「……何か含みのある言い方ね?」
「だって、あのオッチャン」
俺は言った。
「死ぬだろ、あれじゃあ」
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そう言ってから、俺は思った。
……しまったな。
この言い方では伝わらない。
いや、ならばどういう言い方であれば伝わるのかと言えば、その根拠は八割直感なのだから正しい言い方なんて存在しないのだが、とにかく何かを間違えた。
では根拠の残り二割が何だったのかというと、それもよくはわからないのだが、とにかくあの部屋にいてはダメだと、「何か」が告げてきたのだ。
強いて言うなら本能。
あえて言うなら危機感。
しかしそれをサーヴェルに、「世界最強の騎士」に言っても仕方がない。
どう言ったものか、と思い、俺は横のサーヴェルを見た。
すると、
「──」
どうしたことか、サーヴェルは何か、驚くべきものを見たような目をこちらに向けてきていた。
俺は、若干の困惑を胸に抱えながら言う。
「あ、いやー、なンだ。あの程度のヤツがいるようじゃ、ハーケン公のお里が知れる、ってな。何なら怖気付いたと思ってもらっても構わないが、とにかく俺は、この依頼は降りる」
「……そう」
「それよりあんただよ。あの部屋にいなくていいのか? だってあんた……」
「私も降りるわ」
サーヴェルはそう断言して、
「……確かに私はハーケン公のお抱え騎士だけどね。理由は……まあ、ええと。その」
およそ騎士らしくない切れの悪さで、サーヴェルは何事かを口の中で転がしていく。
「ああ、上手く言えないわ。とにかく、あの部屋はダメよ。死臭が」
「「シシュー?」」
サーヴェルが口走った言葉を、後ろのふたりが同時にオウム返しする。
「……いえ、忘れてちょうだい」
「……そうか? だがあんた、降りる、なンてことが許されるのか?」
なぜならサーヴェルはハーケンに、ひいてはこの島に雇われている専属騎士だ。
何ならサーヴェルの存在自体が、今回の依頼の前提になっていることだってあるだろう。
サーヴェルが言う。
「許されないわ。だって私はハーケン公に雇われ、それで生活している立場ですもの。だけど……」
そう言ってサーヴェルは、早歩きのまま前を見て、しかし目を伏せ、開け、一瞬だけ振り返り、また前を見て何やら手をわきわきとさせて、
「命には……ええ、そう。変えられ、られ、られない、わ。うん。今のこの生活も、す、すて、捨てることになるっ……けどっ……い、いたしかた、ななな」
「なんかすごい葛藤してない?」
「複雑な事情があるんだろう……」
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しかし、俺の直感も捨てたものではないな、と俺は思う。
かのサーヴェル・ライアーも、この依頼にきな臭いものを感じ取っているらしい。
と、
「──」
廊下を進むうち、正面から執事風の服装の壮年男性と、その後ろに付き従う数人のメイド服姿が歩いてきていることに、俺は気がついた。
この屋敷は、現在多数の開拓者を招き入れているため、入り口からさっきのパーティルームまでの行き来は自由である。
ゆえに見咎められるようなことはなく、俺たちは軽い会釈と共に、執事たちとすれ違う。
ここで気がついたのは、
「盆の上に水差しとコップ」
「さっきの部屋の開拓者の人数分」
俺の言葉とサーヴェルの言葉がつながり、俺たちは顔を見合わせる。
「あー、あー、あー」
「ダメよ、これ。思ったよりダメだわ。ビンビンきてる。ビンビンきてるわ」
「羽女羽女、私思うにアニキって結構感覚派だよね」
「そうじゃなあヤバ女。しかし『世界最強の騎士』に同じ症状が出ておるとなると指摘もしにくいのう」
俺たちは早足をさらに早め、もはや飛ぶような速度で屋敷の出口へと急ぎ駆ける。
だが、
「──ちょいと待ちな」
そうして急ぐ廊下、その両側の壁と天井の陰から、それぞれ人型の何かが湧き出てきた。
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ひとりは、焦げ茶色の毛色をした狼型の獣人だった。「第八ヴィシャス」のコクランにも似ているが、上背がそれよりひとまわりもふたまわりも小さい。体も細く、どう見ても体術で戦うタイプではなさそうだが、手にはその身長にも迫るような大剣が握られている。
ひとりは、いやに豪勢な着物に身を包んだ、仮面の人物だった。重ね着に重ね着をさらに重ねた重そうな服装は、確かどこかの地方では貴種の嗜みとして好まれているのだったか。手に持つのは二本の鉄扇で、見た目だけで言えば典型的な呪言使いのようにも見える。
ひとりは、単純に上背の大きい戦士タイプの男だった。上半身はなぜか裸で、首を回してコキコキと音を鳴らしながら笑みを浮かべる様子は、戦いを楽しもう、という余裕と共にどこか狂気を感じさせる。これで大剣でも持っていればとても絵になるのだが、手には何も携えてはいなかった。
獣人が言った。
「久しぶりだぁなぁ……『強者』は」
着物が言う。
「最近は、とんと『獲物』に恵まれませんデシタから、ネ」
戦士がふたりを無視し、こちらへと歩み寄りながら、
「は! どうでもいいぜえ、んなこと! ハーケンが許した! だから食う! それだけわかってりゃあ、十分だぜ!」
そうして俺たちと三人の闖入者が、数の上では四対三の構図になる。
俺は言う。
「あー……。えっと」
「は! 名乗りが必要か!? 俺ぁそうは思わねえが、不便に感じるならこう呼びな!」
戦士が言う。
「『殺風布告』」
着物が言う。
「『逢魔轟臨』」
最後に獣人が、
「『幻術無双』。……さぁて」
獣人が、三人を代表し、俺たちを値踏みするように見据えながら言った。
「きみたちはぁ。果たして、俺たちを楽しませ」
しかし言葉は、最後まで続かなかった。
それは、ノエルが獣人の大剣を己の大剣で砕き、レイチェルが気がついたら着物姿の後ろに立っていて、サーヴェルが戦士の体に仕込まれた多数の暗器を全て一瞬で斬り落としたからだった。
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その十分後、俺たちは屋敷のとある一室に通されていた。
「いやぁ、ごめんごめん。怒った?」
そう言いながら紅茶のカップを傾けるのは、この館の主人であり、パーティルームにいた開拓者たちを集めた張本人であり、サーヴェルの傭い主でもある、ボムスター・ハーケンその人だった。
俺とノエルとレイチェル、そしてサーヴェルは、執務机につくハーケンから見下ろされるような形で、執務室にしつらえられた応接用のテーブルセットに腰を下ろしている。
俺は出された紅茶のカップに、唇を濡らすように口をつけ、
「怒るというよりは、訳がわかんねェな」
「むーう手厳しい。流石に『暮れずの黄昏』を率いていた男は違うね」
そう言ってまた笑うボムスターは、どこか置物のような男だった。
比喩ではない。実際、執務机に乗るカップにのばされる腕はまるで子供のように短く、丸く太った愛嬌のある体は、その胸から下を机に隠れさせてしまっている。
深く刻まれた顔のしわと、わざとらしいモノクル、そして「偉いですよ」と主張をするかのように生やされたカイゼル髭がなければ、子供、あるいは妖精種か何かと間違えてしまいそうな御仁であった。
ハーケンが言う。
「いやね、元々私は、あなたのことを知っていたのよ。『暮れずの黄昏』のナンバーツー。ゆえに『こう』ならずとも、何かしらの手段で試そうとは思っていたのだけれど、いやー、その前に逃げられそうになるとはね。さすがさすが!」
そう言ってハーケンは笑うが、それでも俺にはわからないことがあった。
「あの部屋で待ってる連中には、薬が盛られる予定だった。それに気づいたならヨシ、先んじて逃げようとした俺たちはさらにヨシ、ってのは、まァわかった」
だが、
「どうしてその先で用心棒に襲われなきゃならねェンだ?」
「まさか一瞬で倒されるとは思ってなかったけどねえ。だから慌てて呼び止めた訳だけども」
あの闖入者たち、改め用心棒たちを倒した後、俺たちはすぐさま屋敷を脱出しようとした。
だが、再び走り始めようとしたとき、扉も何もないはずだった横の壁が唐突に開き、「よっ」てな感じでこのボムスター・ハーケンが顔を出してきたのだ。
どうやら俺たちが逃げ出そうとしていると聞き、慌てて隠し通路を通ってやってきて、戦闘を見学しようとしていたらしい。
だが俺たちはすぐさま用心棒を倒してしまったため、ハーケンは慌てて俺たちを呼び止め、こうして自分の執務室へと通した、というわけだ。
ハーケンが言う。
「あの用心棒たちはねぇ。まあお恥ずかしい話、逃げ出さないようにするための防衛装置だったのよ」
「逃げ? しかし、本来の『ふるい』は盛られた薬に気づくかどうか、だったんだろう。逃げる開拓者への用意がどうしているんだ」
「ああ、違う違う」
ハーケンは、俺たちの正面に座るサーヴェルの方を見て、
「あれはサーヴェルが逃げないようにするための用意だよ」
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ハーケンいわく、
「いやぁ、大変なんだよ。魔獣でなくとも、何か仕事あるたびにその子逃げ出すから。その都度用心棒は大体再起不能になるか逃げ出すかするから、新しく雇わなくちゃいけないし」
「……なんで『世界最強』が逃げるンだ?」
「はっは、ゆえにこそ『最強』なんじゃない? ぶっちゃけ私にとっては日常茶飯事だから何も思わないけどねえ!」
そう言って笑うハーケンの視線を追い、俺は正面、テーブルの向かい側に座るサーヴェルを見た。
まるで怒られた子供のように萎縮した「世界最強」は、カップを手にしたまま、こちらを見ることもせず、
「……だって、誰だって死にたくはないでしょう」
そう言って、またカップに口をつけた。
「……はあ」
俺としては、そう感嘆とも呆れともつかない吐息をこぼすしかない。
世界最強と呼ばれた騎士の、意外な一面見たり、だ。
先ほどの剣さばきやノエルの評価を鑑みる限り、その強さは本物なのだろう。
だが、強さと臆病さ、あるいは慎重さは、別に反比例する訳ではない、ということだろうか。
だが、わからないことはもっとあった。
俺はハーケンの方を改めて向き、尋ねる。
「……そもそもさ、なんでそんな『ふるいにかける』ような、周りくどいことをする必要があったンだ?『帝雲』は、そりゃあ危険な『古世遺物』だが、どうせ雇うのは海千山千の『開拓者』ども。金に糸目さえつけないなら、全部雇って、適当に数送り出して人海戦術が一番頭いいだろ」
だというのに、試験のような真似をしてふるいにかけるのは意味がない。
なぜって、気にせず全員送り出せば、「帝雲」自体がふるいの役割を果たしてくれるだろうから。
俺の言葉を聞き、ハーケンが言う。
「うーむ、聞きしに勝る感じだね、君。それって『開拓者』の使い潰しが前提じゃない?『開拓者』当人として、何か思わないの?」
「弱いヤツが悪ィ」
「まあ、そりゃあそうだろうけど」
そう言ってハーケンは、こちらから視線を外し、俺の両隣にいるノエルとレイチェルへと目を向けた。
「君たちのギルドマスター、こんなこと言ってるけど、どう思う?」
「私強いし」
「わらわ偉いし」
その言葉を聞いてハーケンは、呆気に取られたように目を丸くする。
しかしやがて、我に返ったようにため息をつき、
「……はー。いや、やっぱ『前線』で長く戦ってるような連中は一味も二味も違うね。想像の先を行くと言うか……。ま、そんなことはいいか」
そう言ってハーケンは、気を取り直したかのように椅子に座り直し、
「そうそう。試すような真似をした理由、だったね」
それは、
「私、『帝雲』の正体、わかっちゃったんだよね。だからこれはつまり……そのための布石、ってヤツなのさ」
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