EP4:幼馴染と【年越し】

「氏優くんおまたせ〜」

「うん」


 寝室から、藤堂琉依とうどうるいが出てきた。

 瑠衣はモコモコなパジャマに身を包んでいて、その姿は少し小柄だからか保護欲を絶妙に掻き立てられる。


「そのパジャマ似合ってるね」

「え?」


 立ち上がりながら、僕は素直で率直な感想を口にする。

 さっきの心境のように具体的に述べられても気持ち悪いだけだと申し。多分だけど。


 琉依は僕の言葉をきいてきょとんとした顔をさつつも、直に頬をほんのりと赤らめてにへらと笑った。


「ありがと〜。新しく買ったんだぁ」

「なるほど。いいね」


 とろけたような?だらけたような?風呂上がりだからか上機嫌な琉依。

 そんな琉依とたわいもないやり取りを交わし、僕は琉依が抱きかかえている物を見る。


「……それ、僕の寝間着に見えるんだけど」

「うん、そだよ〜。はい」

「あ、ありがとう……」


 僕なんかの物を抱きかかえられていたことに多少困惑はしつつも、僕は差し出された寝間着である黒のスウェットを受け取る。

 受け取った寝間着から先程も嗅ぎとった琉依の匂いが強く、別の意味でもまた困惑してしまう。


「私はちょっと色々とやる事あるから、風呂入ってきてね」

「あ、うん。じゃあ入ってくるよ」


 やることが無かったら一緒に降りるつもりだったのかな。そんな事を考えながら、僕は階段を降りた。



 □



「ふぅ……」


 俺は浴室から出て、そんなため息を吐く。


 やはり風呂はいいものだと思う。

 でも、浴室内も瑠衣の匂いで充満しており、この短時間で三度目の困惑をしたが……


 まあ、そんな事を気にしていても仕方がなかったので普通に体を洗った。

 風呂の異性関係については『気にしない』との事だったので、琉依が入った後の湯にも遠慮なく浸からせてもらった。


 結果としては大満足だ。この仮面によるストレスを解消する、数少ない手段だしな。

 でもまあ、頬を伝う結晶はこの程度で拭えるものでは無かったみたいだが。


 体を拭いて、先程琉依に手渡された黒のスウェットを涙で濡らしながらも着用する。

 微かに瑠衣の匂いがしたが、本当に微かなため今度は困惑しない。


 年末という真冬の時期なのでさすがに寒いし、濡れ隠しも兼ねてパーカーを着てから……は洗面所を出た。


「お湯どうだった〜?」

「ちょうど良かったよ」


 リビングでソファに座る瑠衣に顔を向けられてそう尋ねられたため、素直にそう答える。

 それを聞いた琉依は「よかった〜」と安堵の声を発して……テレビに視線を向けた。


「……〇白か」


 琉依が視線を移した60インチのテレビは電源がついており、チャンネルを一目見て僕はそう呟いた。


「もしかしてガキ〇が良かった?」

「ううん、琉依の好きなのでいいよ。年末はあまりテレビ見ないし」


 その呟きに勘違いした琉依にそう返すと、琉依は「そっか」と視線をテレビに戻した。

 同時に、僕は2階にあがるために階段を登った。



 □



 僕は部屋からまだ読んでいない本を持参して、リビングに戻ってくる。


「何しに行ってたの?」

「本を取りに行ってた。毎年の年末は、本を読んで過ごしてるから」


 顔を再びこちらに向けた琉依にそう答えつつ、僕はソファに近寄る。


 琉依から少し離れて座って、彼女が膝にかけていたブランケットの一部を借りて僕も膝にかける。

 すると琉依は、ブランケットを伸ばしながら僕にずるずると近づいた。


「……何?」

「えへへ、いいじゃん」

「……そっか」


 クラスメイトのみんなは、僕からできるだけ離れようとしてるのに……

 と、多少疑問に思ったけど、先程も同じことがあったために勝手に理解しておく。


 琉依は結局、僕と拳一個分だけ離れた位置に座ってテレビに視線を戻した。


 琉依の匂いが、また鼻腔をくすぐる。

 それに、体温を微かに感じる。


 ……この短時間、何回目か分からなくなってきた困惑をまたもや経験しつつもも、僕も読書を励むことにした。



 □



 それから約二時間半後。


 琉依が茹でた蕎麦を丼に入れて、ダイニングテーブルに置いた。

 どうやら僕が風呂に入っているうちに、これの下準備をしていたらしい。


「やっぱり年越し蕎麦は食べないとね〜」

「夕飯も蕎麦も、何も出来なくてごめん」


 おどけた様子の琉依に逆に申し訳なくて謝罪の言葉を言うと、琉依は眉を下げて首を横に振った。


「謝らないでよ〜。氏優くんに料理を振る舞うことが出来て、私は嬉しいんだよ?」


 困ったような笑顔に浮かべて、そんな言葉を言ってくる琉依。

 言葉の意味を上手く汲み取れず、僕は一瞬首を傾げた。


「そう?ありがとう」


 とりあえずそのままの意味として受け取り、僕は琉依に礼を言った

 ただ、そうだとしたら確かにありがたいんだけど、なぜ僕なんかに?


 やはりそう思ったけど、それでも先程も同じようなことがあったし、とやはり僕は気にしないようにした。

 ……もう、琉依に対してそう言う疑問を持つことをやめた方がいいのかもしれないね。


 そう考えていたら、いつのまにか瑠衣が頬を膨らませて僕を睨んでいた。


「琉依?」

「……鈍感」

「……ごめん」


 ……いきなり侮辱され、どういう意味かとは思いはした。

 ……ただ、僕が無意識に何かをした、そういうことだろうね。


 これまでだって、それで侮辱されていた……そんな事、全く珍しくなんてない。

 寧ろ、日常茶飯事と言っても過言ではない程だ。


 ……謝ったとしても、許されることは無いのは分かっている。

 ただ、『悪い事をしたならまずは謝れ』と。そう教師には言われていた。


 そう思って頭を下げたのだけれど、瑠衣は「え?」と素っ頓狂な声を上げた。


「ちょ、ちょっと、頭を上げてよ」

「……だけど、僕が悪いことをしたんだよね?」


 僕がひとまず顔を上げてそう訊くと、瑠衣は顔を赤くさせて「あのっ……えっと……」と何故だか取り乱し始めた。


「ッ! あまり年越しまで時間ないよ!早く食べよ?年越し蕎麦は年越し前に食べないと縁起が悪いから!うん!」


 そう言われると、たしかにもう紅〇が終わる程の時間だった。

 どういう訳か分からなかったけど、もういいらしいため「そうだね」と頷いて、僕は席についた。



 □



「蕎麦、美味しかったよ」


 急ぎ気味に蕎麦を食べて、丼をシンクに出しながら僕は瑠衣にそう言った。


「茹でただけだけどね〜」


 「えび天も冷凍食品だし」と笑う瑠衣。

 そんな謙遜することでもないと思うんだけどな。それ含ませた僕の胸の内を、口を開いて琉依に示す。


「でも、瑠衣が作ったものだからさ」

「今年最後に急なるジゴロ!?」


 顔を一気に赤くさせてそう叫んだ瑠衣。ジゴロ、ね……

 どういう所なのかもよく分からないな、と思いつつも僕はソファに腰掛ける。


 すると、僕のジゴロな発言?に顔を赤くさせた瑠衣が、恐る恐ると隣に腰掛ける。

 そして、付けっぱなしだったチャンネルを琉依がリモコンを操作して変えた。


「“5〜!4〜!──”」

「あっぶな!?」

 

 変わってでてきたのはガキ〇で、丁度カウントダウンが始まったところだった。

 それを見て、顔の赤みを一瞬で冷ましてまた琉依が叫ぶ。忙しいなあ。


 ……で、もう年越しなんだな。

 今年は色々と、つまらなく、最悪な……そして、急変の兆しが詰まった年だったな。


 そんなことを考えるうちに、テレビに映る芸人さんはカウントダウンを続ける。


「“2〜!1〜!……あけまして、おめでとう!”」


「あけましておめでとうございます!今年もよろしくね!」


 日付が変わって早々、上半身だけこちらに向けにこっと新年の挨拶をしてくる琉依。

 僕もお返しするべく、上半身だけ琉依に向けて真面目な顔で口を開く。


「あけましておめでとうございます。今年も、どうかよろしくお願い致します」


 『今年も』という事に多少疑問に思いつつも、僕たちは新年の挨拶を交わす。

 まさか、幼馴染と年越しをすることになるとは思わなかったな。


 僕の挨拶時の言葉や表情に、「かたいね〜」と言いながら瑠衣が立ち上がった。

 その指摘には勝手にスルーさせて頂きつつ、僕は琉依の行動に首を傾げる。


「どうしたの?」

「え?これから初詣にいくんだよ?」


 ……なるほど。初詣は僕の場合昼頃に行くけど、瑠衣は年越したらすぐに行くらしいね。

 僕としてはどっちでもよかったので、「わかった」と立ち上がった。


 そうして、[年越し]を幼馴染とした僕、楠葉氏優くずはしゆうは初詣に行くために支度を進めるのだった。

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