違う女子の名前
「ちょっと待って。」
私は彼の身体を両手で押して離し、必死に感情を押さえながら言った。
「どうしたの?」
驚いたように彼は言った。
「あのさ…、瞼にタトゥーしてるよね。見えちゃったんだけど。」
私は意を決して言った。
「ああ、これ? これがどうかした?」
彼はなんでもないことかのように返事をした。
「…。」
黙り込む私を見て、彼は初めてまずい状況だと悟ったようだ。
「ごめん、気に障ったかな。昔の好きな人の名前なんだよね。もちろん、今は全然何もないよ!今はユイだけだから!これは絶対。信じて。」
彼はそう言って、私の両手を強く握った。
でも、わたしの気持ちは固く閉じたままだ。
「…なんでいちいち好きな人の名前を彫るの?しかもそんなところに。……ちょっと……あの、変だよ。胸とか、脇とかにもさ……。」
やばい。言いながら涙が出そうになってきた。
「………。」
彼は黙ってしまった。
私は怖くて仕方がない。本当は大好きなのに、このまま彼と付き合っていいのかと考えてしまうのだ。その不安を拭いきれず、ずっと迷っていた。その不安が今、喉をついて出てきたのだ。
彼はそんな私の目線に合わせて少し屈み、しっかりと私の目を見て話し出した。
「確かに、変だよね。ユイの言いたいことはよくわかる。他の人からもよく言われるよ。でもね、俺思うんだ。人間長生きしても100年くらいだろ? 世界には今76億人近くの人間がいるんだ。でも、その中で出会って、恋に落ちることができる人って、両手で数えられるくらいの人しかいないんだよ。もっと少ない人だっている。だから俺は、こんな俺と出会ってくれて、しかも恋をさせてくれた人に、心から感謝してる。恋をすると、これ以上ないくらい心を揺さぶられて、相手のために何かしたい、自分を変えたいって思ったりする原動力にもなるだろ? 素晴らしい時間をくれるんだ。だから、そんな時間をくれた人を絶対に忘れたくなくて、どうしたらいいか考えたときに、俺はそれを自分の身体に刻むことを決めたんだ。それを見れば、いつもその人への感謝の気持ちを思い出せるからね。だから、もちろん君の名前も僕の身体に刻んだよ。君は僕にとって本当に特別な人なんだ」
彼は目を輝かせながら、優しくそう語った。
「…そうだったんだ。じゃあ、私は特に特別ってこと?」
私は少しふてくされながら言った。我ながら情けないけど、自分の気持ちが先ほどより少し軽くなっていることに気づいていた。
彼は不思議そうな顔をした。
「何のこと?」
「だって、私の名前は二箇所あるじゃない。胸と、脇に…。それって他の人とは違うってことでしょ。」
彼の目を見上げながら言った。
「ああ、これはね。前の彼女もゆいって名前だったんだ。」
と、彼は言った。
それを聞いて、私の中で何かが音を立てて壊れた。
「はあ?どっちが胸で、どっちが脇なのよ?!」
バカップルの攻防は続く……。
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