第25話

「どうか次は私と」

 上官から与えられた任務だとわかってはいるがなぜわたしはこんなことをしているのだろう。

 確かここには密輸組織の解体に来たはずだが。

「いいえ、私と」

 煌びやかなドレスを見に纏った令嬢は未婚の女性のようでいわゆる伴侶を見つけに来たようだった。

 寄付をするだけの財力があるのならそれなりの家柄だろう。

 女性の比率が多くを占めるのはそれでか。

 ずいぶんと強かだな。

 空いたそばからあらたな令嬢がやってくる始末で、こんな時に限ってスペンスは出払っている。

 身元を明かすわけにもいかず、とは言っても変に目立ってしまえば尻尾を掴めずに終わる。

 対処の仕方がわからず会話をのらりくらりと交わすのだがそれも申し訳ないような気がして悲鳴が響いて会場がざわめいた隙間に紛れ込むように「すまない」と断りを入れてそちらに足を進める。

 どうやら別館の一室で情事に及んでいた男女が最初に発見したのか、ドレスのはだけた令嬢が腰を抜かしたらしく廊下に座り込んでいた。

「ひ、人が、人が、死んで」

 顔面は蒼白で口元を手で覆い室内を凝視している。

 同じように衣服を崩したかたわらの男は令嬢の視界を覆い抱き寄せてこちらに気づくと罰が悪そうに視線を外した。

 横目で見送り室内に足を踏み入れると男が横たわっていた。

 胸元には血が滴り白いシャツを真っ赤に染めていた。

 そのかたわらにはスペンスが手を真っ赤に添えて心肺蘇生を試みているがその血の量を見るにそれは無意味だろうことがわかる。

「なにがあった」

「それが私にも。彼女の悲鳴を聞いて駆けつけた時には」

 スペンスが発した声に「銃声が聞こえたが何事だ」男の声が顔を出す。

「クラウス、これはいったいどういうことだ」

 部屋一面に飛び散った血の中心地で倒れている男は件の首謀者と見られていた人物だった。

「話は後だ。病院に運ぶぞ。馬車を貸せ」

 スペンスが木材にシーツを巻き付け簡易担架を作り上げたそれに男を乗せて騒動を聞きつけた野次馬からそれるように裏口に横付けされた馬車に乗り入れ扉を閉める。

「俺はここを離れるわけにはいかない」

「ああ。こっちはわたしがどうにかする」

「すまない」

 カルロスと言葉を交わし馬車が屋敷を後にし敷地を出たところで口を開いた。

「で?スペンス」

「はい?」

「お前はこの男をどうするつもりだ?」

 男は明らかに息をしていない。脈もない。助かる見込みはないだろう。

「そうですねぇ。ひとまず死んでもらおうかと考えております」

 スペンスは答えながら心肺蘇生をしているところをみるにいささか不自然に見える。

「お前のことだなにか考えがあるんだろう。そっちは任せる」

「承知いたしました」

 やがて馬車は病院へとたどり着きスペンスから医師へと蘇生の手を代わる。いくらか言葉を交わし病院内へと運び込まれるのを馬車内から見送っていると、入れ違いに馬車がやってきた。窓からはどこかの令嬢がドレスを赤く染めあげているのが見えた。その横顔がやけにアメリアを思い起こさせたが一瞬のことで「旦那様?」いつの間に戻ってきたのか不思議そうに顔を覗き込むスペンスによって意識を引き戻された。

「なんでもない。ここは任せる。わたしは後処理に向かおう」

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