12月19日②
会社を出るとすぐにタクシーを拾った。会社の近くだと他の男性社員がいるかもしれないし、山下君の悩みの内容によっては、聞かれちゃ困ることになるかもしれない。
タクシーの運転手に大体の目的地を告げると、携帯電話を取り出し一本電話をかけた。
「こんばんは、マスター。天崎です」
電話の相手は陽気な声で「涼子ちゃん、どうしたの?」と。電話の向こうから活気のあるざわつきが聞こえる。
「こんな忙しい時に申し訳ないんですけど、個室空いてます?今から2名で行きたいんですけど…」
「2名って、デート?」興味津々の食いつきに、「違います!」と食い気味に一掃した。
「そうなの?ちょうどキャンセルが出たから、涼子ちゃんの名前で入れとくわ」
「ありがとうございます。5分くらいで着きます」と言って電話を切った。
「今のって?」
隣に座る少年のような顔した新入社員が聞いてきた。
「たまに行く居酒屋よ。あれ、山下君ってお酒飲める?」
帰宅したら缶ビールを飲むつもりだったから、無意識に居酒屋に向かってしまった。今の若い子ってお酒飲むのか?なんだか自分の配慮の無さにがっかりしてしまう。
「はい、強くなないですけど、ほどほどに…」
覇気のない返事は気になるけど、それは居酒屋についてからゆっくり聞いてみよう。とりあえず、居酒屋の選択が大きなミスでなかったことに安堵した。
「次の交差点を左に曲がったところで止まってください」
タクシーの運転手に声をかけ、繁華街から少し離れたエリアで車を降りた。
到着した居酒屋はビルの2階にあり、和風の落ち着いた内装と迷路のように入り組んだ店内が人気で何度か雑誌などでも取り上げられたことのある店だ。個室が多いのと料理の美味しさが気に入り、前の彼とよく来ていた。
入店するとカウンターにハッピを着た短髪の体の大きな男性が立っている。
「あら、涼子ちゃん。いらっしゃ~い」
「マスター、無理言ってごめんなさい」
「やだ、ずいぶん可愛い子連れてるじゃな~い」
ハッピを着た大男が山下君を見つけるなり、目を輝かせ体をクネクネさせて言った。
「気に入ったなら、置いていくわよ」
奥から出てきた若い女性店員に「お席にご案内します」と言われついていった。それを追いかける山下君はマスターの熱い視線におびえながら「し、失礼します…」と言ってその場を後にした。
襖に囲まれた個室に通された。「とりあえずビール2つと、おまかせで」と告げると5分後には、冷えたビールとつまみ3品がテーブルに並んでいた。
「はい」ジョッキを持って少し持ち上げた。
「…え?」
山下君はキョトンとした顔をしている。
「乾杯よ。乾杯」
「あぁ…は、はぃ!」と言う山下君は両手でジョッキを持ち、私のジョッキに合わせた。
「何があったのか話してごらん」なんて無神経に言い出せない。もしかしたら、山下君も私なんかに話したくないのかもしれない。飲んでストレス発散!で済む話かもしれない。少し私もお酒を入れないとやってられないわ。
「今日は、私のおごりだから、気にしないで飲みなさい」
「いや、でも。さっきのタクシー代も出してもらったのに」
「いいのよ。久々にこの店に来る口実になったし…。まあ、いいのよ。今日は私のおごりだから」
それから、山下君の学生時代の話を聞いた。経済学部で学んだこと、地方の自治体と合同で取り組んだイベントのこと。夏休みにバックパッカーとしてアジアやヨーロッパに行ったこと。彼はとても充実した学生時代を送っていた。地方や海外での経験が彼の物腰の柔らかさに通じているのだろう。この人当りでこの顔していたら、どこに行っても可愛がられたに違いない。でもそれが今は、階段で一人座ってうな垂れているなんて…。
飲み物はビールからハイボールに変わっていた。追加で来た揚げ物とサラダも空になり、さっきマスターが持ってきたベルギーのチョコレートを口にしている。
「なんでチョコとハイボールってこんに合うんだろう…」
チョコレートに刻まれたお洒落な模様から目が離せなくなっていた。
「天崎さん、今日は本当にありがとうございました。」
山下君がグラスを置いて、頭を下げている。
「数か月前から現場に出て、営業業務についているんですけど、なかなか結果が出せなくて…、そんな中自分のミスが原因で丸山さんにご迷惑をかけてしまって…」
確かに数日前に、営業の丸山さんが取引先に謝りに行くって言っていた。山下君はそれに一枚噛んでいたのか…。
「うん、私は経理担当で…、あなたとは部署が違うから適切な助言なんてしてあげられないけど…」ハイボールを一口飲んだ。
「山下君は、まだ入社一年で…丸山さんは直属の先輩なんだから、山下君のフォローをするのは当たり前なんじゃないかな…。それも丸山さんの仕事なんだと思う」
「ミスは誰にでもあることで…、うん。その経験が糧になっているなら、気にしなくていいんじゃない?」
私が新入社員だった頃はどうだっただろう?もう10年も前のこと忘れてしまっていたが、真澄さんやもう退職してしまった先輩社員にたくさん助けられた。自分が知らないところでもたくさんフォローされていたと思う。
「山下君には、まだ初心者マークが付いてるんだよね。それが取れるまではそれでいいと思うよ」
目の前に座るくせ毛の青年は真面目な顔つきで、酔っぱらった私の話しを真剣に聞いている。
「あと、もう一つ言わせてもらうと、うちの会社の男性陣はガツガツし過ぎるのよ。山下君とはタイプが違うのよね。あなたのキャラを活かした営業すれば結果はでると思う…」
「可愛い顔しているんだから…」と言いかけて言葉を飲み込んだ。…飲み込んだ?私、言ってないよね?なんだか妙に恥ずかしくなる。顔が熱いのはお酒のせい。ほら、山下君も真面目に聞いているし。大丈夫、言ってない。
「天野さん、顔赤いですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。もう一杯付き合いなさい!」
その後、何度おかわりしただろう…。久々に男性をお酒を飲んだせいか、私は浮かれていたのかもしれない。
そして、この後…山下君とセックスをすることになる。
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