第7話 洞窟①

◆洞窟


 俺は、三千子との最後のデートの日。

 ある場所を選んだ。

 兵庫県の山の奥にある「呪いの洞窟」と言われる場所だ。

 呪い・・といっても、実際に呪いがあるとか、幽霊が出るとかではない。

 ただ、洞窟の中が迷路みたいになっていて、噂では、出れなくなった人がいるとの話がある。それだけの場所だった。

 ただそれだけのことで、幽霊を見たとか、足を踏み入れると出れなくなるとか、変な尾ひれがついてまわる。

 そんな気味の悪い場所でも、デートスポットになるらしい。俺たち以外にも、薄暗い洞窟の中に入っていくカップルが何人かいた。

 怖がる彼女に勇気のあるところを見せようとする男はいくらでもいるということだ。もしくは、この機会に彼女とのスキンシップを図りたい。そんなところだ。


 洞窟への道に「立ち入り禁止」の薄汚れた表示板がダラリと垂れ下がっている。 看板を付けたきりメンテナンスをする者もいないのだろう。

 管理する人間もないのか、辺りは雑草が伸び放題だ。それにゴミも酷い。

 

 俺は、そんな場所を見て益々好都合だと思った。

 この洞窟の中に、三千子とはぐれた振りをして、置いてきぼりにすれば、それが俺の別れの意思みたいなものだと、彼女の方で悟ってくれればいい。ひどい男だと俺を嫌ってくれれば、猶更いい。

 改まって別れ話を切り出すより簡単だ。言葉が不要だ。

 俺は、そんな風に安易に考えていた。

 これは、ただの遊びだ。別れへの道標みたいなものだ。

 こんな考えに行き着いた俺は、かなり不器用な人間だったのかもしれない。女遊びを繰り返す近藤のような要領のいい男ではない。

 近藤なら、もっと簡単に女と別れることができたのだろう。


 三千子は俺に黙ってついてきた。

「中谷くんが行きたい所なら、私、どこにでもついていくわ」

 いつもそうだ。三千子は俺に逆らったことなど一度もない。

「怖いから、手を繋いでいてね」

 三千子はそう言った。

 三千子の言う通り、最初は彼女の手を引いていた。

 俺の手が汗ばむ。

「中谷くん、すごい汗」と俺の後ろで三千子は言った。

 汗は、これから俺がしようとすることの汗だ。俺の企みを三千子に見透かされたような気がした。

 怖かった。

 三千子が何かを言っているわけではない。何も言っていないのに、心の中を覗き込まれているように感じた。いつもそうだった。

 一刻も早く三千子と別れたい。そして、別の新しい道を進む。俺の中で、益々そんな展望が膨らんでいった。


 そんな未来の光に反比例するように、洞窟の中は、暗く、じめじめとしてきた。

 暗く、狭いし、どこを歩いているのか分からない。おまけに寒い。一人で歩いていたら、本当に迷い子になったように感じることだろう。

 懐中電灯で進む俺に、三千子は、

「中谷くん、もう戻りましょうよ」と小さく言った。

 いつも俺の行く道を遮ったことのない三千子が珍しくそう言った。

 俺は冒険好きを装い、「もう少し先に行ってみよう」と言って、三千子を無理やり引っ張った。

 数分歩いただけで、もう他のカップルの姿は見えなくなっていた。

 さすがの俺も、少し怖くなっていた。

 やはり、戻ろう。引き返すのなら、今しかない。そう思った時、


 狭い道を抜けたところに、祠のようなものが見えた。

 そこには、何かの魔除けなのか、太い綱が幾本もかけられている。何かを封じ込める為のものにも見えた。

 つまりは、「ここから先には進むな」という誰かの意思の表れだ。この先を進む人間はいないだろう。

 いたとしたら、それは俺のような目的を持つ人間だけだ。

 その時の俺は、そんな不気味な場所、人が足を踏み入れない場所を更に好都合だと考えていた。

 心が変わっていくのが感じられた。俺の中に、何かが憑りついたようだった。ためらいが消えていた。


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