わたしをわたしで在り続けさせて 〜女優とアイドルのフクザツなカンケイ〜

五月雨葉月

第一部

第1話

 三年前のある日、人々は突然のニュース速報に驚いた。

 大人気子役である雨野あめのみやびが、所属していた大手芸能事務所から天寿という複合企業が新設する事務所に設立メンバー、それも女優として所属すること。

 そして翌年放映される大河ドラマに主人公のヒロインとして出演するという二つのビッグニュースが世間を駆け巡り、お茶の間を大きく沸かせた。


 雨野みやびは当時、デビューからたった半年で中学1年生とは思えぬ演技力と愛らしい容姿が後押ししてドラマや映画に出演を果たした期待の新星として注目され、以来着々と演技力とそれに比例した人気を獲得。日本で知らない人はいないと言わせるほどよく知られた人物になっていた。


 老若男女関係なく彼女が普段カメラに向かって見せるふわふわして可愛い笑顔に魅力され、同時にドラマや映画の中で見せる自然な喜び、怒り、哀れみ、慈しみなど多彩な演技を見せる彼女に強く惹き込まれていた。


 彼女が出演した映画やドラマは歴代最高クラスの視聴率を叩き出し、CMに出れば街中のコンビニやスーパーの陳列棚からその商品だけが消え去った。


 同年代の子役や共演した俳優女優といった同業者からは、妬まれるでもなく彼女の澄みきった人間性に心打たれ尊敬や憧れの目を向けられるようにもなった。


 彼女が栄光の階段を駆け上がるのは傍から見て必然であると言えた。


 しかしそんな彼女には、心のうちに秘めた誰にも触れられたくない闇が存在する。

 それは、彼女が両親と死別していること。

 病気や事故ではなく、殺人というこの世で最も重い罪によって。


 幸い犯人は事件後すぐに逮捕され裁判も終わり収監されているが、雨野みやび、本名・天野雅(あまのみやび)がそれまで過ごしていた幸せな生活は崩壊していた。


 家族の仲はとても良好で、雅は妹のれいと共に両親からとても可愛がられていた。

 雅も麗も両親とお互いが大好きであったし、両親もまた二人に変わらぬ愛を注いでいた。


 同じ有名企業に勤めていた両親は、東京の外れにある一戸建てを購入し一家で暮らしていた。

 近所付き合いや会社内で揉め事が起きたことは無かったし、恨まれるようなこともなかったはずだ。


 悲劇は遡ること五年前。休日に一家が家で過ごしていたところ、かつて裁判になり接近を禁じられていた母の学生時代のストーカーがやって来たことに始まる。

 宅配便の配達員に扮したストーカーが、応対に出た母に襲いかかったところを父が庇った。しかしストーカーが隠し持っていた刃物に二人が刺されたのだ。


 買い物に出かけていた姉妹は犯行の瞬間を見ることは幸い無かったが、通行人の通報によって到着した大量のパトカーと救急車、家を囲む大勢の警官、救急車に乗せられる血まみれの両親の姿が今も二人のトラウマになっている。


 病院で救命虚しく両親が息を引き取った後、二人は母方の祖父母の家に引き取られた。

 よく聞くような祖父母に邪険にされるという事もなく、むしろ二人が恐縮してしまうほどよく面倒を見てくれていた。


 いつまでもお世話になりっぱなしではいけない。自分にも麗にも良くないと思った雅は、かねてから声をかけられていた芸能事務所に子役として所属する。

 もともと小学校で演劇クラブに入って劇の主人公を進んで演じるくらい好きでのめり込んでいたので、その経験を活かすことにした。

 祖父母への恩を返すこともあるが一番は両親の死という悲しみから目を背けるためでもあった。


 その後の雅の歩みは、先に語ったとおりである。


 演技が好きだった彼女は、演技をより我が物にするため日常生活でも演技するようになった。

 学校にいる時、買い物に行くとき、友達と遊ぶとき。

 常に演技という鎧を身にまとって生きるようになった。


 両親のことを忘れることはないが、あの日何があったのかは忘れられるように。

 演技に集中することで、余計なことを考えずに済むように。


 しかし演技を突き詰めた彼女は、時間が経つにつれてありのままの自分で他人に接することをしなくなっていた。


 唯一の例外は、大好きで大切な家族の麗。


 麗以外には、大事にしてくれた祖父母にも、仲のいい友達にも、仕事相手の人に対しても。

 無意識に演技で接するようになってしまったのだ。

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