第30話 バステリア戦の終わり

2020年 8月15日

旧バステリア帝国 首都 バルカザロス


バルカザロスには皇城があり、皇城は丘の上に立ち、麓には街があり交易が盛んだ。


その街は湾に面していて、皇城からはその湾を一望する事が出来る。


湾には大きな灰色に塗られた船が十数隻停泊している。


全て敵国の軍艦だ。かつて、栄華を誇った我がバルカザロス帝国海軍の戦列艦は一隻も見当たらない。

全て湾外に曳航されて武装解除されている。


この光景を見るたびに何度敗北したのだという事実を噛み締めさせられた事か。


実際に帝国に引導を渡そうとしたのは自分だというのに皮肉な感情だ。


罪悪感と安心感を引き連れてこの実感は私の奥深くからこみあげてくる。


「元帥、そろそろお時間です」


ローデン元帥の副官、メイリア女史だ。


ローデン元帥の副官として全権代表団として調印式に出席する彼女も元帥と同じく正装に身を包んでいる。


「そうか、他の方々も準備は出来ているかな?」


「はい、代表団の方々も準備が出来た方は控え室から出て来られています」


二軍の元帥と各大臣そして皇族の代表が調印式に出席する。


既に広間にいる代表者達の皆もやはり正装に身を包んでいる。式典用正装は17世紀のイギリスの者に似たものだ。


軍人達は腰にサーベルを差し、大臣は胸にこれまでに受けた勲章を並べている。


最後に控室から出て来たのは全権代表団の代表である皇帝の実弟だ。


歳は30代後半、皇帝にあったような覇気は感じられない。


本人は政治にも世界征服にも興味はない。その為か粛清にあうこともなく今まで生き長らえていた。


代表団を調印式場に連れて行くために2頭仕立ての黒塗りに国章が金で彫り込まれた馬車が並ぶ。


これはバステリア帝国軍が自前でせめてと用意したのだ。


各々序列順に乗るのが慣習となっている。


皇弟が動き出し、それに合わせるように皇帝に近しい皇族たちが馬車への移動を始める。


その後は各大臣、軍責任者というふうに続く。


ローデン元帥の乗る馬車は帝国海軍が所有していたものだ。車体には国章と錨と国章をモチーフにした海軍の紋章が描かれていた。


車内にはローデン元帥と副官のメイリアしかいない。


石で舗装された坂をゆっくりと下る馬車の中は軋む音をたてながら揺れる。


「メイリア君、祖国の終わりに立合う気分はどうかね?」


ローデン元帥が始めに口を開いた。


「あんまり実感がありませんね。いつもの報告書に上がって来るような民族が滅びるという終わりなのでは無くいので」


確かに、バステリアの戦い方は勧告の時点で降伏しなかった敵は最後の一兵まで殺すというものだった。


本当に良い幕引きが出来たと思う。


「まぁそうだな、また新しい国家の始まりでもあるわけであるし、感傷的な気分に浸ってばかりという訳にもいかんな」


「ええ、私達にはまだまだやらなければならない事が多くあります。休む暇はありませんよ」


窓の外をみるとバルカザロス市民が家の中や軒先きから代表団を伺っていた。


今代表団が通っている道は勝利した将軍や兵の凱旋に使われていた道だ。


連なる馬車の数はさながら凱旋パレードだが、それを笑顔と歓声で出迎える市民の姿はない。


市民はいるが街が死んだような雰囲気だ。


20分ほど馬車に揺られると目的地に着いた。

今いるのは外国の大型船でも入れるように外注して作らせた栄光埠頭だ。(名付けは皇帝だ)


その栄光埠頭にはアメリカ合衆国海軍の戦艦ミズーリが停泊している。


分かってはいたが、その巨大さと力強さはバステリア帝国海軍の艦船では比にならない。ムー共和国海軍の戦艦とは同等である。


大口径砲と重厚な砲塔、小島のような船体、城のような上部構造物。圧巻である。


代表団の中で国連勢の艦船の間近まで来た者はいない。街から常に湾に鎮座する艦船群を見ることは出来たが得体の知れない軍勢と言い近づこうとする者は殆どいなかった。


それでも二軍の指揮官達は自分達を圧倒した軍を見定めたいと願っていたが、降伏と武装解除の手続きに奔走していたためそれは叶わなかった。


当然軍の中には徹底抗戦を訴える強硬派も居たが億の軍隊が一晩で溶けた事実を知っている参謀部をはじめとする軍の頭脳達はありとあらゆる手段を使い武装解除させた。


車列も埠頭に近づきローデン達の乗る馬車の窓からもその風景がよく見える。埠頭の周りは緑のマダラ模様の軍服を着て布製の鎧とヘルメットを被った兵士達が物々しい雰囲気で警備していた。


その奥には報道関係者が待機していた。見たことのない機材を持っていグループも多数いる。


バステリア帝国側の代表団が到着した直後別の方向から黒塗りの内燃機関付き車両の車列が埠頭に侵入して来た。


その車列についている旗を見たところアメリカ合衆国のものだろう。


その後も続々と様々な国の旗をつけた黒塗りの車両とその警護が進入してきた。


この世界では降伏文書に署名するのは国家元首又は元首死亡の場合それに近い者、そして軍の指揮権を有する者である。


であるのでこの場合、皇弟と陸海軍の元帥が署名する事になる。


戦勝国側と敗戦国の代表が両方とも揃ったところで会場となるミズーリに乗り込む。


艦上にはミズーリの乗組員が集合していて、甲板上は人で埋め尽くされていた。


調印は最上甲板、第2砲塔基部付近に設置された机と椅子で行われる。


皇弟を先頭にそこまで歩き用意された座席に座る。


国連側の代表団もまた机を挟んで反対側に正対するように座る。


机の上に降伏条件が書かれた降伏文書置かれた。


内容は以下の通りだ。


• 金 50万トンを一年以内に一括支払い


•バステリア帝国軍、並びにその指揮下にある戦力は全て国連軍司令部の直接命令並びに現状政府を通した命令に従う


•バステリア帝国職員戦闘以外の職務に従事する者は、別命あるまでその職務を継続する


•国連軍、バステリア帝国軍双方は自衛を除く一切の戦闘行為の禁止


•バステリア帝国政府とそれに所属する組織は国連軍司令部の指示に従う


•バルカザロス市以外の全ての植民地の放棄


•全ての奴隷の解放並びに強制的な労働の禁止





各国の代表がせれぞれの署名欄に代表者の署名をする。途中アメリカはペンを3本も変えながら使い署名した。

(建国から日の浅いアメリアかは歴史的な遺産を残すためにこのような歴史的なサインをするときはペンを何本も変えながら使うという慣習がある)


皇弟もバステリア帝国の署名欄にサインをする。なんの躊躇もない様子に国連側の代表者達は眉を顰める。


ただ、バステリア代表達は内心思った。


“知ってた...この皇弟ずっと皇位とか要らないって言ってたもんな....“



滞りなく調印も終わりその後B-52編隊による祝賀飛行で幕を閉じた。


「終わったな」


「はい、終わりましたね」


ローデン元帥とメイリアはバステリア帝国解体後にバルカザロス周辺を含む地域に出来るアメリカ統治下の国家の政府に組み込まれている。


まだまだ、彼らの役目は終わっていない。


2020年8月15日 世界新聞朝刊


【バステリア帝国 降伏文書に署名】


東洋世界のニ雄の一つバステリア帝国が昨日8月15日に無条件降伏に近い条件を呑み降伏文章に調印した。


今後バステリア帝国は解体され米日中独仏露のいずれかの統治下に入る。又これまでバステリア帝国の支配下にあった植民地、民族は独立する模様。


東洋世界の中央世界からの入り口に位置していたバステリア帝国が倒れた事が世界に与える影響は小さくないだろう。


又、バステリア帝国と朝貢関係にあった国々も方針の転換を迫られているが決めかねているようだ。


これからの東洋世界を中心とした経済、安全保障の変化に注視して行く必要がある。(三面に続く)


***********


2020年12月


新世界での孤立を避けた旧地球圏に国々は次々と周辺の国家と国交を樹立していった。


日本も他の国に比べ慎重ではあったが同様に国交を樹立していった。


数ある東洋世界の国家の中でも日米加はムー共和国を深い経済的な絡みも期待出来る重要な相手と認識している。

現在ムー共和国の首都と成田の間には週一往復の便が就航している。


ただ、ムー共和国の空港にはジェット燃料の備蓄設備も機体の整備も出来る設備がないため、ムー共和国に1番近い位置に建設された米空軍基地に給油のために立ち寄ることになる。


そんなまだ交流が出来ているとは言えない日本とムー共和国であるが、逆に言えばそこらへん中に商売のチャンスが転がっているという事だ。


そして日本の商社は社員を派遣し、市場と輸入できそうなものその他諸々の調査のために社員を派遣していた。


大竹 芳樹(37歳)も部下の多田 亜紀(26歳)と共にムー共和国に出張が決まり2週間、取り敢えず自由に共和国内を調査する事になった。


彼の属する商社は戦闘機の輸入も仲介するような一大大手企業であった。ただ武器商人というわけではない。そのため、今回の出張にはムー共和国の兵器製造メーカーの訪問も予定の中にある。


その二人が搭乗しているB-787 NH26便は目的地に到着しようとしていた。


窓からはムー共和国の海岸線が見える。


知っているところによるとムー共和国の首都であるエリアスに1番近い空港、フェーブル国際空港はエリアス市街地から20キロ程度内陸にある。


エリアスは海沿いに計画的に建設された政治都市だ。

エリアスから40キロほど離れた場所にはこれもまた同様に海沿いに計画的に建てられた経済都市エシユルがある。


この二都市間は鉄道で連絡されている。


ポーン


「当機は間もなく着陸態勢に入ります、座席、フットレストを元の位置に戻し、シートベルトをお締めください。

Lady’s and gentlemen we will .....」


地面が近づくにつれてムーの街並みが鮮明に見えてくる。


現代の欧米の街並みと違うところも同じところもあると言ったところだろう。


滑走路に車輪が接すると機体の中がガタガタと揺れた。


フェーブル国際空港の滑走路、誘導路はもともと砂地だったがODA扱いで米軍の工兵隊がジェット機の離着陸に耐えられるアスファルトの滑走路を急造した。


距離的にどうしてもジェット機でないと足が足りないため交流を促進するためには必要だった。


滑走路を出るとタキシングもほどほどにスポットで停止した。


そしてここからムーに来たことを感じるのだ。


タラップ車が近づいて来てエプロンの上に降りた後徒歩にて入国管理局まで歩かなければならない。


幸いそれ程距離はないが、空港の敷地内を徒歩で歩くというのはあまり無い経験だ。


急いで行かなければ、列に並び長時間待つ事になる。

世界的には最大クラスの旅客向け飛行機械であるC-8クラス機大体DC-3サイズ)程度の人数乗客の手続きを行うことしか想定していない。


当然B-787などが入ってくれば一発で容量を超えてしまう。


2階建の鉄筋コンクリート製の建物の中に部下の多田と入る。


入国ゲートにならび無愛想な管理官の質問に答えていく。


旅券を渡す。

「入国の目的は?」


「ビジネスです。ビザはここに」


日本で発行してもらったビザを差し出し、それを管理官はジロジロとみる。


「泊まるホテルは?」


「共和国ホテルです」


「いいでしょう」


ドンッ っとムー共和国入国のスタンプを旅券の白紙のページに押して大竹に返す。


「それでは良い旅を」


最後の台詞まで無愛想だった。 まぁ、入国管理官が無愛想なのは万国共通なのだろう。


手荷物を受け取り多田と共に建物を出るとロータリーで

[ようこそムー共和国へ 大竹さん、多田さん]


と書いたボードを持ったスーツ姿の二人がいた。


「大竹さんと多田さんお待ちしておりました。今回の貴方方の旅をコーディネートする事になっているバイヤールグループ営業Ⅰ課のベルトラン・デュロンとソフィ・イヴェールです。それでは、早速ご案内します」























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