第8話 元帥の憂鬱
バステリア帝国の北西400キロの位置にある、全長15キロ程度の小さな無人島が今、要塞に生まれ変わろうとしていた。バルカザロス沖海戦から10日、日米本国からのコンボイが到着し、大規模な工事を開始したのだ。
日本の輸送隊はアメリカ海軍の輸送艦隊に混ざる形でここまできた。
参加艦艇
日本
第一輸送隊(輸送艦)
おおすみ LST-4001
しもきたLST-4002
くにさきLST-4003
第一補給隊(給油艦)
おうみ AOE-426
はまな AOE424
アメリカ合衆国海軍
フリゲート艦
USS Ingraham FFG 61
USS Rodney M. Davis FFG 60
USS Reuben James FFG 57
貨物弾薬補給艦
USNS Lewis and Clark T-AKE-1
USNS Sacagawea T-AKE-2
USNS Wally Schirra T-AKE-8
USNS Matthew Perry T-AKE-9
給油艦
USNS Rappahannock T-AO-204
USNS Laramie T-AO-203
USNS Yukon T-AO-202
USNS Patuxent T-AO-201
USNS Guadalupe T-AO-200
車両貨物輸送艦
USNS Watson, T-AKR-31
これだけの艦船が、このちっぽけな無人島の周りに集結しているのだ。
手始めに、日米連合艦船の強襲揚陸艦6隻かLCAC12隻に分乗し海兵隊が島内の安全が確認されその日のうちに物資の揚陸作業が始まった。
もともと、木などがあまり生えてなく平坦な島であったので作業はしやすかった。しかし、日、米、英、仏、独の陸空海 海兵隊4軍の本拠地となるのだ。数十万人を収容しなければならない、新たに都市一つを作るのとそう変わらない。
車両貨物輸送艦のワトソンは最大千両まで収容することができる7万トンクラスの車両輸送船なのである。しかし、この便には戦車や装甲車といったものは殆ど積まれておらずむしろ大量の建設用重機を腹いっぱいに積んでいるのだ。まだ岸壁が整備されていないが、島の南側は海が深く、直接近くまでよりクレーンで揚陸を行う。
これがどのような基地になるかというと、3000m級の滑走路を三本持ち、数百機単位での駐機が可能なエプロン、メガキャリアからのコンテナの積み下ろしが可能な大規模なCY<コンテナヤード>の機能を持った岸壁、数十万人単位の人員を収容出来る兵舎など未だ嘗て類を見ないほどの大規模な基地である。もはや、軍事都市と言ってもいいかもしれない。
そしてこの大工事に投入されたのが、陸上自衛隊の施設科1500人とアメリカ合衆国海軍工兵部隊 CB 3000名である。どちらも一級建築士、配管工などを含む、本格的な建築部隊である。これらの戦力を持ってしても完成までには1ヶ月程度かかるだろう。
バルカザロス沖海戦から20日ほどたった日、バステリア帝国では多くの人は未だに艦隊が壊滅した事を知らない。しかし、上層部の一部の人間はこの情報を握っていた。
皇城のすぐ近くに煉瓦造りの三階立ての大きな建物、軍務省の一室ここは海軍の最高指揮官であるサルサ・ローデン元帥の仕事部屋であった。部屋の大きさは、5メートル平方程度で、秘書と元帥の仕事机と軍旗のみがある質素な作りだ。これは質素さを尊ぶローデン元帥の好みに合わせた作りだ。
そしてその部屋の主は、貫禄のある体躯と鋭い目つきが特徴の男だ。ローデン元帥はどこかの残念な提督と違い、家柄はいいのはいいが実力が中々のものである。強大なバステリア帝国を支えている男の1人である。
「メイリア君、この事は他言無用だが、我が帝国の東方遠征艦隊は壊滅したそうだ。」
話しかけられた女性は、ローデン元帥の秘書であり参謀であるメイリア秘書である。この国で公務についている女性は稀である。しかし幼少期から何かと優秀でローデン元帥の折り紙付きで軍務省に特例で入省したのだ。ショートカットの金髪で端正な顔立ち、ほっそりとした体つきの女性である。
「それは信じられませんね。今回の遠征先は東の未開の部族だったのでは?」
「そのはずだったのだが、どうやら違うようだ。東方遠征艦隊は敵に傷一つつける事なく戦列艦は沈められ、輸送艦は全てマストを折られたらしい。全く信じがたいがな。そもそも、マストを狙い撃つなど何を言っとるんだ?」深いため息が漏れた。
「もちろん、多少誇張されているでしょう。ただの底文明の部族に負けたなど言えませんから。」
「そうだろうな。しかしデスターのやつこれを最後に音信不通になったんだがどういうつもりだ。敵と遭遇した場所だと、潮流に乗って漂流した船が帝都に押し寄せるぞ。敗北が知れ渡ることだけは避けなければならん。今まで力で押さえつけてきた少数民族や農奴どもが反乱を起こしかねん」
「既に、海岸には木材が流れつきだしたらしいですよ。敗北がばれる前に何とかしなければなりませんね。しかし、この事は皇帝はご存知なのですか?」
「あぁ、既にご存知だ。かなりの怒りようだった。50万の地方隊の軍なぞ取るに足らんが軍の敗北は国の弱体化を意味するからな。最悪国の滅亡まであり得る。それだけは避けなければなるまい。そのためには敵を撃つしかあるまい、しかし情報が少なすぎる。敵艦隊の動向も全くわからないときた、メイリア君出来る限り情報を集めておいてくれ」
「かしこまりました。それでは失礼します。良い1日を元帥」
そういうと、メイリアは部屋を退出し早速仕事に取りかかった。ローデン元帥は誰もいなくなった部屋の中で全く見えない敵の姿を想像していた。5年前に起きたムー共和国軍の艦隊との戦闘では、個艦の戦闘力では劣るものの数で圧倒して懐まで入り込みどうにか数隻沈めることができた。しかし今回は傷一つつける事ができなかったという。報告によるとムー共和国の艦隊よりも少数の艦艇で構成されていたという。
机の引き出しからバステリア帝国全体の地図を取り出し、会戦した地点を書き込んだ。(皇都に近いな、流石に1番守りが堅い皇都に攻め込んで来たりはしないだろうが、もしかすると皇都に入港した交易船が目撃したりしたんじゃないだろうか)あれやこれやと考え込んでいるうちに2時間ほど経過した。太陽が空高く上がりそろそろ正午である。
コンコン「元帥、戦争債権を購入された貴族の方々と会食のお時間です」メイリアが戻ってきた。
「今行く。外出の準備をしてくれ」地図を片付け、外出の準備を始めた。準備を終え玄関に向かった。
軍務省の玄関の前には一頭仕立ての馬車が待っていた。この日の会食の会場は郊外にある、有力な貴族の別邸の庭である。庭と言ってもゴルフコースフルコース入りそうなサイズである。
馬車は街のなかをゆっくり走った。窓の外には多くの人が行き交い、露店で商売をするものや、仕事に励む職人などが見えた。賑やかなものだ。
「メイリア君、何かわかったかね?」
「まだ何も情報を掴んでいません。時間も少なかったので、これから何か分かるかも知れません」
「メイリア君にしては珍しいな、君はいつも1時間もあれば大体の仕事は終えてしまうのにな」
「何でもはできません。出来る事だけです。」
「君の口癖だなハハハ、それはそうと、これからの会食で対ニホン、アメリカ戦争について聞かれれるかもしれないが、東方遠征艦隊はまだ『移動中』だ。いいな」
「承知しております。そろそろ会場のようですね。」
馬車は、豪華な門をくぐり奥に建つ白いロココ調の宮殿の玄関の前にとまった。そこには、他にも馬車が並んでいた。
「お待ちしておりましたローデン元帥。このような貧相な屋敷ですがくつろいでいってください。」
出迎えたのはこの屋敷の主人であるサーバ卿だ。
「これはこれは、サーバ卿自らお出迎えとは光栄ですな。今日はお招き感謝いたします。」
とまぁ、恒例の挨拶を済ませ会食の会場である庭に入った。豪華な食事がテーブルに並べられ自由にとって食べる立食形式だ。
「これはこれはローデン元帥ではありませんか、いつも軍のおかげ儲けさせていただいてますよ。今回の遠征もどうですかな」声をかけてきたのは、戦争債権の有権者の1人である。この男も戦争を食い物にしているのである。
「もちろん順調に我が東方遠征艦隊はデスター提督の指揮の下、蛮族の教化に向かっておりますよ」にこやかな笑顔でそう答えたが心中は全く穏やかではない。
「皇帝も大人げないですな。東の蛮族の相手に50万もさし向けるなど、奴らが可哀想でならない。」
男は笑いながらそういった。
「ハハハ、そのとうりですな。全くいくら蛮族が生意気に対等な立場を求めたとは言え可哀想だ。」言葉の上では強気だが、今の笑いも乾いた笑いになりかけた。
「できれば、全軍をムー共和国に差し向けてそっちを攻略してほしいものです」
「そればっかりは私の力ではどうにもなりませんな」(何を言っとるんだ、全く真実を知らないと言うことは羨ましい。貴族どもは気楽でいい)このような会話をこの日は何度もする事になるだろう。その度に嘘をつかなければならない。もし、東方遠征艦隊が壊滅した事を知れば彼らはひっくり返るだろう。いや、ひっくり返るのは国かも知れない。考えただけで胃に穴が開きそうだ。一度考え出したら頭から離れない。
バルカザロス沖海戦からほぼ一カ月がたったころ、バステリア帝国東岸域で帝国の戦闘艦と竜騎の遭難が相次いだ。それも通信球での連絡も一切なくだ。敵に遭遇したのならば一報入る筈だ。
敵の艦隊の行方を捜しに行った艦艇、竜騎との連絡が途絶え、連絡の途絶えた艦艇、竜騎を捜しに出た艦艇と竜騎がまた行方不明になるという流れだ。気づいた時には沿岸警備用の船の全体の十分の一が消えていた。しかも、それだけでは無い皇都に大量の木の破片が流れてきた。漂流物によって近海の航行が不可能になった。言うまでもなく沈められた戦列艦のものだ。そして数千隻に及ぶマストが付いていない輸送船が押し寄せてきた。輸送船には航海のための1カ月分の食糧が積まれていたため餓死したものは出なかったが、精神的に大きなダメージを受けた者は多かった。ただ、帝国としてはこの幽霊船になりかけの輸送船団を見られるわけにはいかなかったので、軍を動員し全て秘密裏に"処理"してしまった。そしてこれらの漂流物は全てニホン、アメリカの艦隊だったものとして東方遠征艦隊の大勝利を発表したのだった。
街の角では、新聞屋が号外を配り戦勝ムードに包まれ、戦争債権を購入した貴族たちは入植の準備を始めたのだった。
ローデン元帥が"処理"の報告を受けたのは全てが終わった後であった。これを聞いた元帥は激昂し執務室の机をひっくり返していた。
「なんて事をしたんだ...生き残ってきた彼らを国の体裁のために....なぜ私に先に報告しなかったのだ兵の命をなんだと思っている。何が蛮族だ、我々のやっている事など到底人間の所業とは思えないぞ」力なく呟いた。
メイリアも言葉を失い、口を押さえながらただ静かに涙を流した。
この様子に怒りを感じていたのは彼らだけでは無かった。基地の航空設備が使えるようになり、無人機の運用も開始されたため、アメリカ軍も高高度からグローバルホークを通じてこの様子をモニターしていた。見た者は皆この世の地獄を見たかのように思い皆一様に
「狂っている...」と呟いた。
そして、1日も早くこの敵を倒さねばと心に思うのであった。
基地は大方完成し着々と航空機が飛来し、なん便もの輸送船団が行ったり来たりして兵士が到着し順調にこの敵を倒すための戦力を蓄えていた。
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