第二章第55話 剣姫と悪魔

「ディーノが……思い通りって、どういうことよ?」

『ケケケ。オマエノ、イウガママ。オモウガママダ』

「……」


 エレナはそのまま押し黙る。


『モウ、オマエヲ、キラワナイ』

「……」

『オマエノ、ノゾム、言葉ヲ、オマエガ、欲シイトキニ、カケルゾ』

「……」

『アイモ、ニクタイモ、スベテハ、オマエノ、ノゾミノママ』

「望みの……まま……」

『ソウダ。チカラガ、ホシイカ?』

「あたしは……」


 エレナはそう呟くとおもむろに立ち上がり、胸に右手を当てて目を閉じた。


 それからゆっくりと目を開けると、その瞳には強い意志の光が宿っている!


「ふざけんじゃないわよ! 誰がお前みたいな悪魔の誘いに乗るもんですか!」


 エレナは力強くそう言うと細剣を横に一閃した。


『イイノカ? オマエノ、ノゾミガ、カナウ、サイゴノ、チャンスダゾ?』

「ふんっ! あたしはね! 力だけで押さえつけるなんて間違ってるって、やっと気付いたのよ!」


 そう啖呵を切ったエレナは少し遠い目をする。


「それにね。あたしを励ましてくれたフラウを悲しませたくないもの」

『ケケケ。ナラバ、チカラズクデ、イタダクマデダ』

「やってみなさいよ!」

『ケケケ。ダガ、ヨワッタ、オマエナド』

「!」


 エレナは暗闇の中にもかかわらず素早く飛び退った。


 一瞬遅れてエレナのいた場所に黒い触手のようなものが殺到した。


「剣の舞!」


 エレナは炎の剣を作り出し、その灯りが小部屋を明るく照らしだす。


 するとなんと壁一面が黒いうねうねした触手に覆われていた。


「な、何よこれ!」

『ケケケ。ムダダ。オマエノ、タタカイカタハ、スベテ、ミテイタ』

「はあ? ストーカーとか気持ち悪いわよ!」

『……オマエハ、セマイ、トコロデ、タタカエナイ』

「だったら外へ!」


 そう言って小部屋から出ようとしたエレナだったが、すでにフラウが出ていった出入口は同じように黒い触手で塞がれている。


『ソシテ、オマエハ、ウタレヨワイ』


 一斉にエレナへと黒い触手が襲い掛かってきた。


「何よ! 気持ち悪い! 『焔の旋風』」


 エレナは自身に迫ってくる触手をゴブリンの上位種を一掃したアーツを発動した。


 狭い部屋の中を一瞬で炎の竜巻が埋めつくす。


「こんなもの焼き払って、あっ!」


 炎の竜巻を掻い潜ってきた黒い触手がエレナの手に、足に、腰に絡みつく。


『ケケケ。アクマニ、ホノオナド、キカナイ』

「このっ! 放しなさい! だったら、聖なる力で! 剣の舞!」


 エレナは光の剣を出現させようとするが、何も起こらなかった。


『ヤハリ、アノトキノ、セイナルチカラハ、マグレダッタ、ヨウダナ』

「あ、あ……」


 そうしている間にエレナの腕に、体に黒い触手が絡みついていき、徐々に体全体が飲み込まれていく。


『サア。ヤミノマユデ、ネムルガヨイ。ケケケ』


 カラン。


 エレナの手から細剣がするりとこぼれ落ち、乾いた音を立てて床に転がった。


「いやっ。ディーノ……助け……て……」


 やがてエレナの体は完全に黒い触手の塊に飲み込まれたのだった。


◆◇◆


 俺は第二十八階層に辿りついた。そこは大きなホールとなっており、そのホールの向こう側にはぽっかりと黒い穴が口を開けている。


『ディーノっ! あそこの階段を降りたらあと少しだよっ!』

「ああ!」


 俺は急いでこのホールを駆け抜けようと一歩を踏み出すと、突然上が明るく照らし出された。


「え?」


 思わず見上げた俺の目に、こちらへと向かって一直線に飛んでくる巨大な火の玉が映る。


「うわっ」


 俺は慌てて横っ飛びをしてそれを躱したが、火の玉はギリギリ横をかすめて床に着弾した。


「あ、危なかった」


 爆発するようなことはなかったが、地面に叩きつけられた火の玉は大きく形を歪めて広がるとすぐに消える。


「これは、魔物か?」

「グルルルル」


 低い唸り声が聞こえ、それからベヒーモスほどではないものの巨大な魔物が上空から俺と階段の間に立ちふさがる様に降りてきてきた。そしてドシンという重たい音を立てて着地する。


 高さは三メートルくらいだろうか?


「何だ? この魔物は?」


 頭はライオンのようだがライオンというにはあまりに禍々しい。その目は赤く輝いており、牙は巨大で鋭くたてがみはまるで赤黒い炎をまとっているかのように揺らめいている。


 四本の足で立ってはいるものの、その体は異様の一言に尽きるだろう。体の表面は硬そうな鱗でびっしりと覆われており、背中にはまるで蝙蝠のような一対の巨大な羽が生えている。


 そして尻尾はまるでコブラのような巨大な蛇の頭部がついている。尻尾のはずなのにきちんと顔と口がついており、ちろちろと舌なめずりをしては俺のことを狙っているようだ。


『ディーノっ! 気を付けて! あれはきっと、キマイラだよっ!』

「キマイラ?」

『うんっ! 悪魔がね。複数の生き物を合成して作った可哀想な存在なの』


 フラウはそう言って悲しそうな表情を浮かべる。


「悪魔の……」


 そうか。つまりライオンと毒蛇、それから蝙蝠とトカゲを、いや、炎を吐いたところをみるともしかするとドラゴンだったりするのかもしれない。


 それらを無理矢理合成して作り出された生き物がこのキマイラということか。


「外道だな」

『うん……あのね。ディーノ……』


 フラウはきっとこいつを何とかしてほしいんだろうな。


 それに、こいつを倒さないことにはどのみちエレナのところへは進めそうにない。


「ああ。やってみるよ」


 俺はフラウにそう答えると、鉄の槍を構えるのだった。


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次回「キマイラとの死闘(前編)」の更新は通常通り、2021/05/24 (月) 21:00 を予定しております。

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