第二章第35話 MP求めて三百連(前編)

「さあ。ディーノ。早くしなさい」

「フラウちゃんに会うためでしたら仕方ありませんが、無理のない範囲でお願いしますよ?」

「おい。どうして俺の部屋なんだ? 馬の糞は出すんじゃねぇぞ?」

「そんなことよりアタシは妖精を見たいわン」

「兄貴。そんなこととか言うな」

「お・ね・え・ちゃ・ん♡」

「勘弁してくれ」


 ここはギルドの支部長室。俺はエレナだけでなくセリアさんとトーニャちゃん、更には支部長にまで取り囲まれている。


 さて、まずはどうしてここにいるかを説明しよう。


 俺たちは報酬の換金をするためにセリアさんのカウンターにやってきたのだが、俺が金を受け取るや否やエレナが「MPを増やせ」と騒ぎ出したのが発端だ。


 そうして騒いでいるところにたまたま通りがかったトーニャちゃんが「あたしも妖精ちゃんに会いたいわン」などと言いだして収拾がつかなくなった。


 さすがに受付カウンターで騒ぐのは迷惑だとセリアさんに怒られて奥に連行されたわけだが、何故か連れて行かれた先が支部長室だったというわけだ。


 そして今、俺はエレナにガチャを引けと言われ、トーニャちゃんにはフラウを召喚しろと要求されているのだ。


「じゃあ、とりあえず召喚しますよ?」


 俺が召喚するとフラウが淡い光と共に姿を現す。


「あ、フラウ!」

「フラウちゃん」

「こんにちはっ! エレナっ! セリアは久しぶりだねっ!」


 エレナとフラウはあっという間に笑顔になる。


「ほう。これがディーノに憑いている妖精か」

「あらン? あなたが妖精のフラウちゃんなのねン? カワイイわン♡」


 支部長は怪訝そうな表情で、トーニャちゃんは口ではそう言いながらも無表情でじっとフラウを見ている。


「こんにちはっ! フラウだよっ! 支部長さんっ! トーニャちゃんっ! よろしくねっ!」


 フラウは笑顔でそう挨拶したが、二人は表情を崩さない。すると突然、フラウは爆弾発言をした。


「あっ! そうだっ! 支部長さん! トーニャちゃんのことは、ちゃんとお姉ちゃんって呼んであげなよっ!」


 たしかに前もフラウはトーニャちゃんが可哀想だと言っていたが、支部長だっていい大人なのだから今更そんなことを言われても困るだろうに。


「ああん?」

「あらン?」


 予想通り支部長は不機嫌そうに青筋を立てており、トーニャちゃんは満面の笑みを浮かべている。


「だって、ずっと前からトーニャちゃんは支部長さんにそう呼んでほしいって言ってたよ? だから、呼んであげなきゃ可哀想だよっ!」

「あらン。フラウちゃん、いい子じゃないのン。お姉さん、気に入っちゃったわン」

「お、おい! 兄貴!」

「お・ね・え・ちゃ・ん♡」

「お姉ちゃん、だよっ!」

「な、な、な……!?」

「支部長。いい加減アントニオさんのことをお姉さんと呼んであげても良いのではありませんか?」

「なっ!? セリアまで!?」


 支部長がわなないている。


「ほ、ら。お・ね・え・ちゃ・ん♡」

「ぐっ。お……」

「なあに? 聞こえないわよン?」

「ああっ! くそっ! 姉貴! これでいいんだろ? ほら。さっさとギフト使ったら出ていけ!」

「ああン♡」


 支部長はそう言って怒鳴るがトーニャちゃんは嬉しそうに体をくねくねと動かしている。


「あらン? フラウちゃんはどこに行ったのかしらン?」

「すみません。もう MP が切れました」

「そう。残念ねン」

「もう出てこなくていいぞ」

「ダメよン。ハビエルちゃんと会うときはいつも一緒がいいわねン」

「……勘弁してくれ」


 支部長には悪いことをしてしまったが、トーニャちゃんはフラウのことをすっかり気に入ったようだ。


 それにしてもフラウはやはりすごい。普通の人なら一笑に付されるはずの話が受け入れられてしまうのだから。


「ほらディーノ。さっさとMP増やしてフラウをもう一回召喚しなさい」

「そうよン。ちゃんと MP を増やすのよン?」

「は、はい」


 エレナだけではなくトーニャちゃんはにまで迫られ、俺は仕方なくガチャの画面を開くと三百連分のお金を入金する。


 だが、これだけ大勢に見られて引くというのはどうにも居心地が悪い。


 イマイチ乗り切れないテンションのまま俺はガチャを引くボタンをタップする。そんな俺のテンションなど関係ないかのように妖精たちは宝箱を運んでくる。


 木箱、木箱、銅箱、銅箱、木箱、木箱、木箱、銀箱、木箱、銅箱だ。


 最初の木箱が開くと、その中からは狙ったかのように『馬の糞』が出てきた。


「おい! ディーノ! 馬の糞出してんじゃねぇ!」

「しょうがないじゃないですか。選べるわけじゃないんですから」

「はぁ。全く。ちゃんと掃除しろよ」

「……はい」


 どうして一発目からこう、一番引きたくないモノを引くかな。まったく。


「ねぇ。ディーノ。あんた何やってるの? もしかしてその馬の糞で MP が増えるなんて言うんじゃないわよね?」

「ち、違うから。これはハズレだから。ちゃんと引ければ MP は増えるから」

「ホントかしら?」

「ホントだから」

「ディーノさん? あまりたくさんやりすぎてはいけませんよ? お金は大切なんですからね?」

「わかってます。ちゃんと稼いだ範囲内でやりますから」

「そうねン。それじゃあやっぱりここはひとつ、あたしがぎゅっと抱きしめて気合を入れてあげようかしらン? あの時みたいに♡」


 トーニャちゃんの発言にエレナはギロリとトーニャちゃんの方を睨んだ。


「喧嘩はやめてくれよ、エレナ。大体ですよ? トーニャちゃんにそれをやられて俺は死にかけたじゃないですか!」

「あらン? そうだったかしらン?」

「ちょっと。ディーノを殺しかけたってどういうことよ!」

「ちょっとギューっと強く抱きしめたら色々折れちゃったのよン」

「抱きしめたっ!?」

「だから、毎日抱きしめてあげれば鍛えられて折れなくなると思うのよねン」

「毎日っ!?」


 トーニャちゃん……。それ、ぜったい楽しんでるだろ。まったく……。


 そう思ってみているとセリアさんがヒートアップする二人を止める。


「もう! 二人ともいい加減にしてください!」

「あらン? それもそうねン。さ、ディーノちゃん。早くフラウちゃんを召喚できるようになるのよン」

「そ、そうね。早くしなさいよね」


 セリアさんの一言で落ち着いたエレナも矛先を俺に向けてくる。


 はあ。まったく。どうにも調子が出ない。


 ガチャを引いているときは静かなほうがいいんだがな。


 そんなことを思いつつも俺が次の箱を開けると、またもや狙ったかのように『腐った肉』が出てきた。


「おい! 汚物が多すぎるぞ! なんかの嫌がらせか?」

「しょうがないじゃないですか。引きはコントロールできないんですから」

「チッ」


 舌打ちされながらも俺は箱を開けていくが、この十連では当たりを引くことはできなかった。


 唯一出た銀箱も変化はしてくれず、『鉄の槍』という何とも微妙なものが出ただけだった。


 周りからやいのやいの言われるせいで集中もできていないし、今回は前途多難かもしれない。


 俺は漠然とした不安を感じつつも、次の十連を引くべくガチャを引くボタンとタップしたのだった。


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次回更新は通常通り、2021/04/14 (水) 21:00 を予定しております。

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