第二章第8話 迷宮前の拠点

 新ガチャ実装のお知らせを受け取った二日後、俺たちは再びあの迷宮前の拠点へと戻ってきた。俺の記憶にあるのは約十日前の状況だが、天幕が立ち並んでいたそこは少し様子が変わっていた。


 職人たちがやってきていて、壁や建物が建設されているのだ。その作業をしている人たちの中に見知った顔がある。


「あ、マルコさん」

「お? ディーノじゃねぇか。いや、今は『断魔』のディーノだったな。やったじゃねぇか」

「え? あ、いや……」


 呼ばれ慣れていないので妙に気恥ずかしい。


『やったねっ! 断魔の勇者ディーノだって!』

「(いや、勇者はついてなかっただろ?)」

おんなじようなものだよ~』


 フラウが妙な茶々を入れてくるが、フラウは他の人には見えないのだから他人がいるところでこれをやられると反応に困る。


 いや、待てよ? フラウを召喚できるようになればこのもどかしさからも解放されるのか。


 なるほど。そういう意味でも次のガチャでは絶対に神引きしてフラウを召喚できるようにならなければ。


 そう決意を新たにしていると、またもや見知った顔から話しかけられた。


「よう。ディーノ。活躍したみてぇじゃねぇか。立派なモン装備しやがって」」


 俺がその声に振り向くと、建設作業員をしていた時にお世話になったの現場監督の姿がそこにあった。


「あ、監督!」

「おいおい。俺はもうお前の監督じゃねぇぞ。しかしあのうじうじしてた小僧があっという間に『断魔』なんて二つ名持ちの有名冒険者になるなんてなぁ」

「あ、いや、そんな……」

「ま、この調子でがんばれよ。間違ってもこっち側には戻ってくんなよ?」

「……はい」


 そうして現場監督は持ち場へと戻っていった。


「じゃあ、またな。ディーノ。俺もさぼってると監督にどやされちまう。そうだ。今度一杯おごれよ?」

「あ、はい。マルコさん。また」


 マルコさんもそう言うと笑いながら歩いて行った。


 そうか。何だかあっという間すぎて実感が無かったけど、俺はもうそういう立場になったのか。


 フリオに絡まれ、エレナに殴られていたあの頃を思うと隔世の感を禁じ得ない。


 そういえば、フリオはあんな風になってしまったがエレナは王都で元気にやっているのだろうか?


『ちょっと? ディーノ? 何ボーっとしてるの? 道の真ん中だよ?』

「おっと、悪い。考え事をしてた」


 フラウに言われて呆けていた事に気付いた俺は邪魔にならないように歩き出す。


「ええと、ギルドの天幕はこの辺にあったはずなんだけど……」


 記憶を頼りに探し回っているのだがなかなか見つからない。というのも前回来た時にギルドの天幕があった場所では何かの建物を建設しているのだ。


「あの、すみません。冒険者ギルドの場所はどこだか分かりますか? あっ」


 作業員の一人に声を掛けてみたのだが、その顔を見て驚いた。何と作業をしていたのは顔を知っている奴だったのだ。


 名前は……たしかミゲルとか、そんな感じだったかな?


 話した記憶は無いので定かではないが、こいつはフリオと一緒になって俺をのけ者にしていた奴だ。ギルドでも一度だけフリオと一緒にいたのを見かけた記憶がある。


 ここで作業員をしているという事は未だに F ランクなのだろう。


 こいつは小さく舌打ちをすると俺を無視してそのまま作業に戻る。


 ううん。どうやらかなり嫌われているらしい。


 俺はお前に何もしていないと思うんだがな……。


「お、『断魔』じゃねぇか。よぅ。体調はもういいのか?」

「あ、どうも。おかげさまでもう大丈夫です」


 この人はあの難攻不落の第二階層を強行突破した時にトーニャちゃん達と一緒に突破組に入った実力者で、名前はロベルトさんだったはずだ。


「どうしたんだ? そいつが何かしたか?」

「あ、いえ。ギルドの天幕の場所を聞いたんですけど……」


 俺がそう言うとそいつはさっと顔を背けた。


「ああ、なるほど。やっかみってやつだな。ま、気にすんな」

「はい。昔からなんで」

「そうか。ま、これから増えるだろうが気にすんなよ。で、ギルドだな? それならこっちだ。ついてこい」

「ありがとうございます」


 俺はロベルトさんの後について歩き出す。それからふと視線を感じて振り返るとあいつがものすごい目つきで俺を睨んでおり、そして俺が振り返ったのを見てさっと顔を背けた。


 何だかあの視線には覚えがあるのだが……。


 いや、いくらなんでもフリオに続いてあいつまで悪魔に魅入られるなんてことはないだろう。


 そこまで考えて俺ははたと気付いた。


 フリオに力を与えた悪魔はどうなった?


 フリオを倒したのだから後は迷宮を何とかするだけ。


 俺はすっかりそう思い込んでいたが、実は何一つ問題は解決してはいないのではないか?


 そんな俺の内心が表情に出てしまっていたのだろう。ロベルトさんがやや戸惑ったような表情で俺に声を掛けてくる。


「どうした?」

「いえ。何でもないです」


 俺はそう答えると再びロベルトさんの後を追って歩き出したのだった。

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