第10話 心中
「自分から帰ろって言ったのにごめん」
駅ナカのコンビニで会計をしている魚住の背中に、脈絡のない言葉を投げかける。
財布を広げたまま、横にいる宮中に生返事を返す。
そんな魚住に続けて、補足するように言葉を紡ぐ。
「生協でパソコン購入書貰うの忘れたから、先に帰ってて」
「明日とかじゃだめ?」
「うん…親がさ早く持ってこいってうるさくて」
「…わかった。生協で買うより通販で買った方がいいぞ」
「俺もそう思う。ごめんな、また明日帰ろ」
「うん。明日もね」
困ったように下がった眉は、普段と同じ平行眉に戻っていた。
コンビニを出て、各々が向かう方向に分かれる。
魚住は宮中が見えなくなるまで、改札内からにこやかに手を振って見送っていた。
――あいつの言動とか表情が掴めない。やっぱ怒ってるんじゃ…。
別れ際のにこやかな表情がどうも違和感に感じられ、腑に落ちなかった。
日頃から落ち着いてはいるが、クールという感じでもない。
時折、言っていることが少しズレていて天然要素があるようにも思える。
だからこそ、宮中は今回もズレている言動である可能性も捨てきれずにいた。
――ああいうタイプって滅多に怒らないし、わかんねぇよな。
もう1つの悪い“可能性”が頭によぎる。
――もしかして、すでに嫌われてる説もある。
自分勝手に予想して、確実に墓穴を掘ることになってしまった。
気落ちして、短いため息を漏らす。
黙考しているうちに気が付くと、いつの間にか目的地についていた。
B棟202。
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藤代が昨日18時までいると言っていたのを覚えていた。
中に入れば、きっと教室の教卓にある椅子にだらしなく、偉そうに座っているであろう藤代がいる。
想像しただけで腹が立ってきた宮中は、今回はノックもせずドアを開ける。
「誰かいますか」
あたりを見回す前に声をかけてやるが、人の気配もなくひたすら静かな時間だけが流れる。
「…いない」
誰もいない教室に虚無感を覚えると同時に、誰もいないからこその独り言も口からこぼれる。
「なんだお前来たのか」
「いたんだったら返事くらいしてください」
教室の前方左側にある扉から突然藤代が現れる。
虚をつかれた宮中は、焦って早口になる。
「いちいち元気よく、は~いとか言わないといけないの?」
「0か100の思考回路」
「冗談通じない人だったりする?」
相変わらず息を吐くように悪態をつきながら、近づいてくる藤代。
昨日会ったばかりなのに、今まで話したことがなかった為か、改めて新鮮に感じる。
宮中の記憶の中の藤代とは違う、気怠そうな目。清潔感はあるが、さわやかさを一切感じさせない雰囲気。
それらすべてが相まって、高圧的な印象を抱かせる。
藤代の独特な雰囲気に押されているのを悟られないよう、思わず目をそらす。
「え、なんですか」
手前まで近づいてきたところで、ばっと右手を差し出される。
「持ってきたんだろ。誓約書」
「すべてにおいて自分軸で事を進めるのやめた方が人間界ではモテますよ」
「もう、モテてる」
強気な発言とは打って変わって伏し目がちな藤代。
なんだその微妙な反応はと心の中で悪態をつく。しばらくの沈黙に居心地が悪くなりガサゴソと、リュックの中を漁る。
「ん…あれ」
――ない。
昨日の記憶が宮中の脳裏に浮かぶ。
「あの、そのー…失くしちゃいました」
捨てたとは正直に言えず、あたふたする。
「印鑑ある?」
険しい顔で、鋭い視線を向けてくる藤代。
「常時持ってないタイプの人間なのでないっす」
「親のサインとか忘れたことないタイプには見えない」
「持ってないだけで色々考察しないでくださいよ」
「しょうがない。拇印でもいいことにするから親指出せ」
「待って待って。拇印って何ですか!」
「何を想像しているのか知らないけど、拇印の意味知らないのやべぇからな」
拇印という言葉を聞き、なぜか瞬時に危機感を感じた宮中。
今度は抵抗の意味も込め、大きな声で慌てた。
「こっち」
その一言だけを残すと、藤代は先ほど唐突に姿を現した扉に入っていった。
宮中を待つ素振りも見せず、どんどん先に進んで行ってしまう。
「失礼します」
すでに閉まってしまったさして重くもない扉を、腕と肩を使いゆっくりと開ける。
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