第5話 扉の先の幻
4限開始のチャイムが鳴り響く廊下を、4人の男たちがだらだらと歩いている。
「今日は3限までだけど、みんなはこの後どうするの」
魚住がそれぞれの予定を気怠そうに尋ねる。
「俺と塩崎はサークルあるから、それまで図書館に居座るつもり」
「万一は?俺はバイトがあるからこのまま直帰するし、一緒に帰らない?」
一緒に帰る人物を思い出したかのように首をぐるりと左に向ける。
「いや、ちょっと……教務企画室に用があるから先に帰っていいよ」
食堂の帰りの時からどことなくうわの空でいる宮中の様子に、魚住が心配そうな顔をする。
「テンション低いけどなんかあったの?体調悪いとか?」
いつもはふわりと、優しい雰囲気の目が揺れる。
「なんだよ順ちゃん、宮中はいつもボケっとしてるしこれが通常運転!」
そんなわけないと本人より先に塩崎が冗談めかしに否定する。
「そうだよ。魚住は気にしすぎ、おかんじゃん」
「2人の言う通りだよ。ちょっと眠いだけだから気にすんな」
周りの反応に魚住は納得がいかない様子だったが、宮中本人からそう言われるとそっかと安堵したように言葉をこぼす。
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「来ちゃった…………」
しん――――
心の中でそんな効果音が聞こえる。廊下には、宮中と台車を押す清掃員のおばさんだけしかいない。
青柳ら3人と別れた後、とりあえず一人で教務企画室がある
入口の前まで来て、真向かいのB棟に足を運んだ。
202教室はその名の通り2階にある。わざわざエレベーターを使うほどでもないので、階段をゆっくりと登る。自分だけの足音がやけに大きく感じる。
201……、――202。
階段を上がるとすぐに202教室の前についてしまった。
小心者で並みの性格である宮中にとって、思い出したが行かないという選択肢はなかった。行かなければ心残りがあるだろうし、行けば後悔することになるかもしれない。たらればをいくら言っても仕方がない。意を決し、202の扉を叩こうとする。
――あれ、そういえば時間は書いてなかったよな。
軽く握った右手を見て、ふと気づく。
日付は今日で合っているが、時間はわからない。
この時間帯に来たのも、宮中の都合と気まぐれでもある。1時間後に来たかもしれないし、朝に来たかもしれない。
しかし、食堂で藤代を見たのは偶然のようで必然であったのではないかと宮中は勘ぐっていた。扉の先には高校時代と変わらない藤代がいて、不安も取り越し苦労で済みそのまま帰宅する。なんなら、ごめんごめんあれは間違いだった、と笑いながら謝る藤代の姿も想像できた。目をつむりながら、そんなことを考えているといつの間にか緊張はしなくなっていた。今だな――と、2回扉を叩く。
コンコン
「どうぞ」
無機質でこもった声が中から聞こえてくる。
恐らく藤代と思われる人物の声に心臓が跳ねる。ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回し両手を使い扉を開ける。
廊下より明るい光が目の前に一瞬で広がる。
3人掛けの長机が扉の入口から見て左右に5列ずつ並んでいる。椅子は全て窓側の方に規則正しく置かれていた。他の教室と間取りはまったく同じだが、ここ202教室はもう使われていないようだ。
入って1、2秒でぐるっと見渡していたが、すぐそこにあった教壇に目が行く。
「やっぱり、チキンだから来ると思った」
「ぁ……」
腕を胸の前で組みながら椅子にもたれている藤代だった。脚はだらしなく大きく開いていて、態度が大きく見えた。
それよりも宮中は、自分が知らない藤代がいる気分になっていた。態度といい、口調といい全くの別人のようだった。情報処理が追い付かず言葉に詰まっていると、色素薄めの目が怪訝そうに見つめてくる。
「なんか言えよ」
ムッとした様子で、時間がもったいないとでもいうように催促した。
「……一旦、座ってもいいすか」
頭を整理したい、落ち着きたいという意思表示も含め、問う。
「お前なんか洗濯板の上に座ってほしいくらいだけど、今はないからそこの椅子に座ってもいいよ」
窓側にある椅子をゴロゴロと引っ張り、教壇の真横に持ってくる。藤代と対面する形になるが、距離は2メートルくらい空けて座った。
「お久しぶりです。お、お変わりなさそうで……」
うつむきがちの顔は上げず、目を恐る恐る藤代に向ける。混乱状態がまだ続いていたためか、おかしな言葉遣いで挨拶をしてしまった。
「ここまできて、そんなつまんない皮肉いうかな普通」
教壇に片方の肘をつき、にっこりとした笑顔を向けながら毒づいた。
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