第1話 夢のままの姿を想ふ
合奏部屋として使っている食堂で、地べたにあぐらをかきながら昼食休憩を摂っていた宮中を含めた2年男子。2年男子と言っても、女子が圧倒的に多い吹奏楽部では片手で数えられるほどしかいない。特に女子を敵対視しているわけでもなく、ただ少ない男子たちといる方がなんとなく楽であるから一緒にいるだけである。
今日も他愛のないくだらない話をああだこうだと話していたら、後ろから女子の興奮冷めやらぬ声が聞こえてきた。
「藤代先輩って本当にかっこいいよね~」
「あそこまで完璧なのって漫画の世界かよって感じだよね」
「わかる。私なんか喋る時、緊張しすぎて声が震えちゃうもん」
別にこの会話を聞いたのは初めてじゃない。部活外でも関係なく何度も聞いてきた話題である。今までは男子でも藤代の評判は良く、藤代がかっこいいという事実は当たり前であったため日常の一部としてスルーしていた。
しかし、今日はなぜか男子の中の一人が気分でその話題に乗っかって話し出した。
「なぁ、藤代先輩って完璧完璧言われてるけど、何かしら欠点とかマジでないの?」
いつもおちゃらけてるパーカッションの男子がニヤニヤしながら、他の男子たちに話を振る。
「おい、田中つまんねぇ話題出すなよ。そんなんでニヤニヤするお前が小物すぎて呆れるわ」
真剣に聞いてるというより、冗談交じりなしょうもない話題に一人が苦笑いしながら
「いやいや、羨ましすぎて嘆きたくもなるじゃん! 容姿端麗、成績優秀でおまけに楽器も上手い。そんなことある?特殊な性癖でもなきゃ、バランス取れないって」
「ハハッ、どんなバランスだよ」
どんどん流暢に冗談を飛ばす田中に、傍観していた宮中は思わず吹き出してしまう。
「ま、確かに誰にでも優しいし友達もいっぱいいるし、人格者でもあるからな」
「それに比べて田中は……」
「俺はこういう陽気でアホそうなところが好きだよ」
「慰めてる?貶されてる?」
ちょっと面白くなってきて、やんややんやと盛り上がる。楽しい様子をパンを貪りながら聞いていると、食堂の入り口の扉が開いて誰かが入ってきた。
ちらっと視線だけ入り口に向けると、部活の幹部ミーティングから帰ってきた先輩らがコンビニの袋を持ちながら談笑していた。
「わお、実物見ると本当にかっけえわ」
本人に聞こえないように、小さな声で誰か一人が再確認でもするかのように呟いた。
「……そうだね」
宮中はその呟きに反射的にぼうっとした表情で答える。今の今までふざけながら話していた宮中たち男子2年は、幹部らが近くを通り過ぎると同時に急に静かにしだした。悪口を言っていたわけでもないが、先輩を話題にしていたためかばつが悪くなりみんな押し黙る。
大抵、相手側はそんなに気づいてない。気にしているのはこちら側だけなのである。
もう完全に通り過ぎるかなという時に、顔を少し上に上げた宮中。
「ぇ……」
もう誰もいない、こちらなんて見ていないと思っていたら不意を突かれた。藤代がこちらを見ていたのだ。目の焦点は宮中に合っていた。その目は怒っているように取れるし、何も考えていないようにも取れた。できれば後者であってくれ、そう瞬時に思うほど見たこともない表情をしていた。怖いというか、どうしてそんな顔をしているのかが皆目見当がつかないことに居心地の悪さを感じた。早く他のみんなに共有したくて堪らなく、周りを見回すが宮中に向けられたその目に、気づいているのは宮中自身だけだった。この意味の分からない体験をどうやって説明して、どのように完結すればいいのか分からない。ただ、宮中の額に冷や汗が残されたままでその記憶は途切れた。
「ひぇっ……!」
息と混ざった声が自室に情けなく響いた。夢を見た後に起こりがちな、現実との区別がつかない時間がしばらく流れた。夢だったと安堵するが、あの本当に起きた出来事をリアルに思い出してしまった。この前のメッセージの件も同時に思い出し、ため息をつく。
――――全部悪夢だ、いやがらせだ。
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