君たちぃ、強いの?

「なんだかとても疲れましたぁ~」


 ヘビの毒はまさかの(予想通り?)媚薬で、それはもう大変な目に遭った。ヘビ自体は弱い淫魔だったのが幸いだ。


 それからしばらくして三人揃って木陰でぐったりしていた。もちろん長時間身体が興奮状態にあったこともそうなのだが、平原に出てきた瞬間に気温が大幅に上がったことも理由の一つだ。


 この先は背の高い木もなく歩き始めれば直射日光に当たり続ける。おまけにこの辺りは淫魔もうろついているのだから心配事は尽きない。


「この森と平原の境界当たりを歩いて行った方がいいんじゃないか」


「でもどっちみちメイランの町は向こう側ですから……どこかで平原を横断しなければなりませんよ」


 そうなんだけどいきなり右も左も分からず平原に出ていく勇気は俺にはないなあ……。おまけにスピカという爆弾も抱えているし……。


「勇者様! サソリがいましたよ!!」


「言ってるそばから!! まさかまた淫魔じゃねえだろうな!!」


 スピカにいたのは七センチくらいの普通のサソリでそのまま森の中へと逃げていった。まったく、油断も隙もあったもんじゃない。


「ではとりあえずは森に沿って歩きますか?」


「そうしよう」


 結局無茶なことをせず安パイを選ぼうとした、その時だった。ふと平原の中に動く物体を見つけた。


「おい、なんだあれ」


「あれは……馬車ですかね」


 よくよく見てみると白い幌のついた荷車を馬が引いているようだった。サラサラの砂の砂漠じゃないから馬車もこの上を通れるのか。


「おい、あれはチャンスじゃないか!?」


「そうですね、道を聞くことができるかもしれません」


 もちろんそれもあるが、もし行く当てが同じなら荷車に乗せてもらえる可能性すらある。そうすれば直射日光に当たりながら歩くことは回避できるわけだ!


「急ごう」


 また毒っぽいきのみを拾ってきたスピカの首根っこを掴んで引きずりながらその馬車を目指した。近づくとその馬車は思いのほか大きい。馬もがっしりした大柄な個体だ。


 そしてその馬の後ろで手綱を引いている人物が目に入った。フードを深くかぶっていて顔は見えない。


「すみませーん!」


 横から声をかけると馬車はゆっくりと停止する。が、下りてくる気配はない。すかさずアナが前に出て状況を説明した。


「メイランまでの道をお伺いしたいんですけど……できればお礼もさせていただきますから……よろしくお願いします」


 アナが丁寧に頭を下げるとさすがに無視するわけにはいかなくなったのかフードを被った人は馬車から飛び降りた。頭から足先まで麻のマントのようなものに身を包んでいて怪しげな感じだ。


 そして何より身長がでかい。俺もちゃんと測ってはいないが恐らく180はあるだろうに、それよりも十センチくらいは背が高い。


「君たちぃ、冒険者かぃ?」


「えっと……まあ……」


 特徴的なねっとりとした喋り方。分かっていたことではあるけれど女性の声で、女性にしてはやや低い声だ。フードの人は俺たちの身なりを見るに「フッ」と鼻で笑った。


「その格好でポポル平原に入ろうとするなんて自殺行為だね。死ぬ前におうちに帰った方がいいんじゃないのかぃ」


「ええ……」


 物理的にも精神的にも上から目線で……なんだか感じが悪い。できれば関わり合いになりたくないタイプだな。


 ……ただこのままだと俺たちはどうもできないという現実もある。


「例えば、あんたの馬車に乗せてもらうとかそういうことはできないか」


「嫌だね」


 即答。ほんっとにこいつ感じ悪いな。


「大体君たちを乗せて私に何の得があるというんだぃ? まさかタダで乗せてくれだなんて言わないよねぇ?」


 ねっとりとした声でじわじわと追いつめられる。なんだか入社の時の面接を思い出すぞ……気持ち悪くなってきた。


「で、ですからお礼はしますから……」


「だから何の礼ができるのか聞いてるのさ。君たちは私に何を与えられる? 大抵のものは荷車に乗っているから間に合っているよ」


「それは……」


 何か言おうとしたが俺の頭には何も浮かんでこなかった。一応クロス村の淫魔石を倒した「英雄」であるわけだが、それは村の外に出れば何の意味も持たない。


「わ、私たちが用心棒になります! この辺りはまだ淫魔がうろついていますし……お役に立てると思います!」


 用心棒か。確かに冒険者という地位を活かすのであればそれが一番いいかもしれない。フードの女は「用心棒ねぇ……」と反芻する。


「君たちぃ、強いの? パーティメンバー足りてないみたいだけど」


「えっと……強い、と思います」


 ここでアナも歯切れが悪くなる。クロス村の淫魔石もイルナのお陰であそこまで行けたようなものだし、この三人が強いのかと聞かれるとお世辞にも強いとは言い切れなかった。


 フードの女は「ふぅん?」と顎に手を当てる仕草をした。……フードから覗いていた口がにやりと笑ったように見えた。


「じゃぁこの子たちを倒したら考えてあげるよ」


「この子たち……?」


 フードの女は馬車の中に入っていくと何かを三つ持ってきた。そしておもむろにその三つの丸い何かを俺たちの方へ投げつけた。


「うわっ!?」


 次の瞬間、三つの丸いものは怪しく光り輝くと大きくなっていき……三匹のタチバックウルフへと変化した。

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