第19話男の意地?

 ガンガンガンガンッッ!


 シトシトと雨の降る中、あたしは傘を持ったまま診療所のドアを叩きまくる。

 昨日はあんなに天気が良かったのに、天気が悪いとなおさら心もパッとしない。


「ドクターっ! 開けてー!」

 ようやく室内でごそごそと動き出す音がして内鍵が開く音がする。


「なんだよ」

 頭ボサボサ、上下スエットのだらしない格好。

 んー。あんまりいつもと変わんないか。


「おはよ。9時から診療始まるでしょう? ちょっと早いけど入れて」

 返事は待たずにドアをすり抜ける。


「ふあー。

 そもそも日曜は休診だっつーの。

 しかし、もうそんな時間か?」

 大あくびをして待合室の時計に目を向けた。


 7時20分。

「なんだよ、まだ……。

 っっ7時20分⁉︎」

「今、見本のような2度見だったね。

 1時間40分くらい大目に見なさいよ」


 傘をたたんでパタパタと服についた雨粒を叩き落とす。


「……だいぶ多めだなぁ」

「嫌な顔しないの。

 ここ、病院食とか出さないでしょ?

 イチにお弁当作ってもらったついでに、ドクターの分も作ってもらったから差し入れ。


 せりかさんのお手製よ」

 こそっと付け足して、お弁当包みを差し出した。


「せりかちゃんの?」

 にやけ顔を隠せないまま包みに手を伸ばしてくる。

 ぷぷっ。おっさん分かりやすっ!


「イチの分、病室に持って行ってもいい?」

「ああ。ついでにのたれ死んでないか確認してこい」

「最っ低っっ」

 お弁当を持っていそいそと歩き出すドクターの背中を睨みつけた。


 イチの病室の前に立ち、ちょっと深呼吸。

 えと。昨日のこと、謝ることと、せりかさんのお弁当。

 んー。捜査の進捗しんちょく、後は……。


 なんかあたし緊張してる?

 昨日のジュニアからのカミングアウトも頭をよぎる。


 ……。ま。いいや行こ。


 コンコンコン。

「カエだけど」

 軽くドアをノックする。


 起きてないかな? 朝弱いし。

「開いてる」

 中からはっきりとしたイチの声。

「おはよ」

 ドアを開けて顔を覗かせた。


「調子どう?」

「昨日よりだいぶいいよ」

 室内に足を踏み入れベット際でイチの顔を覗き込むと、いつもの感じに少しホッとする。


「よかった。

 なんか顔色もいいね。


 で。えとぉぉぉぉぉ。昨日。その。調子悪かったのに気づけなくて。ごめん」

 これ言うために早く来たようなもんだから。


「ああ。まぁ、俺も隠してたし」

 昨日の会話もあったからかな、イチも控えめに口にするけど、ついビシッ! とイチを指差す。

「そうっ! それっ」

 

「何で隠すの? ちゃんと言ってよ。

 昔っからイチは弱いとこ隠そうとする」

「いやまぁ、隠すだろ」

「分かんないっ」

「うっせーなぁ。痴話喧嘩は他所でやれ」

『違うっっ!』

 割り込んで来たドクターの声に、あたしとイチの声が重なった。


「むぅっ。喧嘩しに来たんじゃないんだってば」

 お弁当包みを、掛け布団を掛けたイチの膝の辺りに置く。

「せりかさんから差し入れ」


「メシ食う前に着替えて検査しちまえ。

 香絵がいるとうるさくてかなわん」

 腕を組み、入り口近くの壁にもたれかかったままのドクターがめんどくさそうに訴える。


「結果聞いたら帰るもんっ。

 待合室にいるからね」


 バタンッと力の限りドアを閉めてやる。


「小娘には男の意地はわからんか」

「っっ! 立ち聞きしてんじゃねぇよ」

 睨むイチにニヤリと視線を向ける。


「タイミングを見計らってやったのよ。

 お前も苦労しそうだなぁ」


 ###


 処置室に2人が入って行ってしばらく経つ。

 昨日はジュニアが居てくれたけど、今日は狭い待合室がすごく広くて寂しく感じる。


 なんか怖い。


「香絵」

 処置室のドアが開いて、ドクターが手招きをする。


 大丈夫っ。


 口の中で呟いて処置室のドアをくぐった。


 昨日と同じエコーの画面。

「結果から言うと、問題無いだろう。

 出血も広がってないようだしな」

「ぷはぁぁ」


 いつのまにかするのを忘れていた息が、一気に肺に入ってくる。


「よかったぁぁ」

 ヤバイ。泣きそう。

「みんなにLINEしてくる」

 背を向けたあたしにドクターの声。


「しばらくは激しい運動は禁止だからなっ。

 それも伝えておけ」

 片手を上げて処置室を後にした。



 目を上げるとまだ8時前。

 流石に早いけど、とりあえずイチの検査結果を送信。


 もちろんジュニアの腕も心配だけど、内臓系は目に見えない分何があるかわからない。


 静かな待合室に軽やかなメロディが響き渡る。

 聞き慣れた着信音はジュニアから。

「もしもし?」

 院内だけど、休診日だから許してね。


『カエ? イチ大丈夫だったんだね。よかったぁ。

 それにしても随分と早いじゃん』

「うん。朝ごはんにお弁当差し入れたの。

 ドクターの病院食とかなんかコワそうだもん」


『へぇ……。カエが作ったの?』

 なんとも不思議そうなジュニアの声。


「せりかさんですぅっ」

 あたしがキッチンに立たないの知ってるくせに。


『よかった。内臓出血した上に食中毒になんかなったら、流石に目も当てられないよねー』

 いつものにこにこ顔が目に浮かぶ。

「どう言う意味よっっ!」

 むうぅ。腹立つぅぅ!

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