月のエピローグ

 久しぶりに咲と同時にお休みとなった今日、特に出かける用もなかった私はたまにはということで昼間から月の湯に入りに来ていた。

 またいつドタバタがくるかわかんないしね、休めるときには休んどこうと思ったのさ。


「ふぅ、やっぱ足が伸ばせるお風呂でゆっくりできるってのはいいもんだわね」

「それはそうなのですが、あの……私がのっててはのんびりもできないと思うのですが」


 月の湯の作られた大きな湯船で足を延ばしつつ、一緒に入っていた咲をなんとなく私の上に抱っこする形で座らせながらぐったりとのびていた。

 ちなみにいくら小さいといっても重いっちゃ重いのだけどなんとなく楽しいのでそのまま継続する。

 そういや大浴場の奥の壁には富士山の絵が描かれてるんだけど、こっちの子たちには分からんのとちゃうかね。


「あんた何やってんだ」


 体を洗い終わったアカリが大きめのタオルで隠しても存在感を隠せてない胸を揺らしながら私の傍に入ってきた。


「嫁とのスキンシップ?」

「なぜそこで疑問符が付くのですか。後でゆっくりお話しましょう、お姉ちゃん」


 私の上にのってる咲から静かな怒りを含んだ声が聞こえた。


「いやまぁ、なかなかこうやっていちゃつけないからさ。だめかね」

「ダメじゃないですが……その、そろそろのぼせて……」


 おっと、子供は体温高めだし熱めに設定されてるこの浴槽での長湯はきつかったか。


「それじゃ先に上がってて。私はもうちょい風呂堪能してから上がるから」

「そうさせてもらうのです」

「湯上り処で休んどいて」

「はい、なのです」


 少しよろめきつつ咲が浴槽を出ていった。


「なんで優姉のそういう問題行動はスルーされるのに私の方はいちいちペナルティつくんですかね」

「そりゃまぁ、盗撮すりゃねぇ。大体、今のアカリは女の子なんだから自分の目で見て内心だけでたのしみゃいいじゃん」

「それじゃオカ……ぐぬっ」


 周囲にいた他の妹の視線を感じたアカリが後半の言葉を飲み込んだ。

 つーてもトライ以外だと今アカリが何言おうとしてたか通じなさそうな気もするけどさ。


「大体にしてさ、アカリ、あれはいいのかね」


 私が視線で示した先ではマリーの頭を丁寧に洗ってるステファがいた。


「痒いとこはないかい」

「大丈夫。ステちゃん上手だから。ん、そこちょっと」

「ここだね」

「うん、ステちゃんほんと上手」


 一瞥だけしたアカリが吐き捨てるような勢いで言葉を吐いた。


「生きてるだけでR指定もらいそうなバカップルはどーでもいいです」


 多分聞こえてるんだろうけどアカリの悪態をスルーした鉄壁のバカップルはそのまま頭の洗浄を続けていた。

 その雰囲気に充てられたのか周囲にいた他の子らももじもじしてる。

 ステファとマリーなぁ。

 あれ今の百合夫婦になる前、男女の夫婦だった時からああだったって話だからエライ迷惑だったんじゃないだろうか。


「そういうアカリだってリーシャや沙羅とデートしとったでしょ」

「そりゃ、そーですけど」

「どっちかと付き合いたいとか思ったりはせんのかね」

「あの子たちは私にはまぶしすぎて……それに私は……」


 シャルか、この子も一途だねぇ。


「そんで、アカリがわざわざ近くに来たってことはシャルに聞かれたくない話があるんじゃないのかね」

「ぐっ……なんでわかったんですか」


 そりゃまぁ、姉だからね。

 私たちが便利使いしてる姉妹通信だけど、基本はスキルの延長の余技でそれに姉妹召喚リングを連動させる形でいろんなことをしている。

 リングの制作管理はアカリとシャルがしてるわけなんだけど会話ログとか引っ張り出せるとこをみるとある程度の間は会話の記録してるっぽいのよね。

 ここら辺、ファンタジーというよりはSF的だなとはずっと思ってたんだけどさ。

 便利なことには当然裏もあるわけで本格的な内緒話とかにはちょい厳しいとこもあるわけだ。

 エロい会話禁止とか言ってるのは建前もあるけど他に聞かれて困る会話を残されたらかわいそうだという側面もある。

 で、シャルは面倒くさいのかもっぱら姉妹通信でだけ話しかけてくるのに対してアカリなどは私が風呂に入ってるとこを狙ってこうやって話をしに来たりする。

 月の湯のシステム関連はアカリが抑えきってるというのもあるんだろうね。

 ちなみになんで私が風呂に入ってるのかがわかるのかというとこはあえて聞かない。


「こういっちゃなんだけどさ。リアルでの会話ってことは他の妹達にも聞かれるわけなんだけどそれはいいのかね」

「完全に秘密にしたいとか思ったって優姉相手では無駄でしょう。ぶっちゃけ本当にまずそうだったら優姉が姉としての絶対命令で口止めしてくれれば済む話ですし」


 ははっ、ほんっとこの子はこういう他人まで巻き込んだ小賢しい絡め手が得意だこと。


「そんで今日は何よ」

「回収したアトラについてです」


 例の激戦から一週間。

 ナオの傷は融合後には綺麗にふさがっていたのもあり回収したレオナって子の回復を待ちながら要経過観察となった。

 三日目、白猫の子アトラが先に目を覚ました。

 ナオたち元カリス組がアトラという白猫の名前を憶えていたのもあって自称猫好きの月音などが構い倒しているがそっけない反応をしてる。

 むしろ月影に思うとこがあるのかちょいちょい月影と一緒にいては、気が付くといまだ目を覚まさないレオナの傍に戻って丸くなって寝ている。


「あの子も怪獣なんだっけか」

「はい。パケ猫のアトラ。レオナの契約怪獣です」


 チュータの末裔か。

 猫だけど。


「そんで、あの子になんかあったのかね」

「あったというか持ってたと言いますか」


 持ってたねぇ。


「パケット怪獣には情報を持たせることができるんですが、アトラはあのジジィからのメッセージをいくつか持ってました。結構時間かかりましたけどさっき解析が完了しまして」

「ほう」


 今更な話でもあるけど魔導に絡んだ研究となるとシャルの能力は圧倒的だ。

 だけど情報処理や道具の構築の腕となるとアカリに軍配が上がる。

 だからアカリが回収した子の解析を担当してたってのは分る話だ。

 問題はシャルに聞かれない様にアカリが話を持ってきたことだわね。


「どんな内容だったのよ」


 私が先を促すとアカリが頷いた。


「はっきりと読めたのは二つ。一つ目は『地獄の主にあえ』です」

「ははっ、地獄と来たか。えっとさ、地底ダンジョンってあるんだっけか、この世界」

「ないですね。基本、ダンジョンは亜空間です」


 私の問いにスパッと答えたアカリ。

 地獄ねぇ、カリス教の教えを見る限り六道輪廻もなさそうなんだけど。


「まぁ、いいや。もう一つの方は」

「『メティスは生きている』」


 メティスっていうと風の四聖しせいに地下施設ごと封印されたカリス教大司祭だっけか。


「ふ-ん、流石に私だとその情報の重要性はちょいとわからんわね。それこそシャルにどうしたものか聞くべきなんじゃないかね」


 私がそういうとアカリの透き通るようなグリーンアイが揺れた。


「カリス教大司祭メティスは……」


 アカリは少しの間迷いを見せた後で再び口を開いた。


「シャル姉の実母です」

「ははっ……そう来たか」


 いや、まいったね。

 今まで誰もそれをいってこなかったということは言いたくなかったんだろうな。

 シャルは神と人のハーフだったか、どうりで色んなとこで規格外なわけだわ。


「この話は私が預かる。後で適当にシャルに教えとくわ」

「お願いします」


 言い忘れんようにしとかんとだわね。

 シャルのことだからさらっと流しそうな気もするけどアカリからじゃ言いにくいわな。

 しかし今更だけどカリス教回りはほんとエグイ。

 それもこれも風の四聖ハルチカのせい、なのかねぇ。

 私はその辺ちょいと疑ってるんだけどさ。

 さて、流石に私も結構のぼせてきたし上がりますかね。
















「ふぃー、あったまった」


 浴室から出て月の湯入り口近くに併設している和室風の湯上り処に行くと、そこには一足先に上がっていた咲が横になっていた。


「あー、ごめんのぼせちゃったか」

「いえ……一緒にいたいといったのは私なのです」


 私は湯上り処に設置されているビンの飲み物販売の魔導装置にリングをかざすと二人分の飲み物を買った。

 そのビンの乳製品を咲の額にちょっと当てる。


「ひゃっ、冷たいのです」

「少しこれで頭冷やすといいさね。落ち着いたらのんで」

「ありがとうなのです。お姉ちゃん」


 そんなことをしながら咲の傍に座って月の湯の入り口の方に視線を向けるとふっとこちらを向いた月音、月影、そして白猫のアトラと視線が合った。

 私から視線を外した月音が足元におやつ用の皿を二枚置くとそこに乾燥させた猫用のおやつをそれぞれに入れる。

 同じく皿に視線をうつした月影とアトラがもぐもぐとおやつを食べ始めた。

 みんなで多めに食べ物あげてるみたいだし肥満とか病気とかがちょいと怖いわね。


「しかしメティスかぁ」


 そういやメティスにかんしちゃ月音も当事者だったか。

 ふとちょっとしたことを思いついた私は姉妹召喚シスターコールリング経由で今この時点からの私が見てるこの風景を妹たちに向けて一斉配信し始める。

 まぁ、何人が見てるかはわからんけど見る子は見るでしょ。

 一斉配信に気が付いたのか再びこっちに視線を向けた月音と視線が絡み合う。

 今日はククノチのバイトはない日だ。

 だからセーラが子供の頃に着ていた着物を着た月音は和風のこの建物によく似合っていた。


「よいしょっと。咲、私の分の飲み物預かっておいてくれるかね」

「はいなのです」


 おやつを一心不乱に味わう二匹の猫たちに視線を戻した月音。


「あー、月音。ちょいと話があるんだけど」

「なんですか」


 先に食べ終わった月影が視線を私の方に向けた。


「大丈夫よ。ほんと心配性やね。月影……いや」


 視線を下げた私は月の影の名を持つ白黒猫を正面に見やりつつ言葉を続けた。

 竹取物語においてはかぐや姫が月に帰るのを阻止しようと翁が奮闘するシーンが存在する。

 その一方で嫗については細かく触れられていない。

 けどさ、翁のレビィがあれだけ子煩悩だったのにたいして嫗ともいえるメティスが育てた子であるティリアに対して愛がなかったとはちょいと思いにくいのよね。

 倒してしまえば心と記憶が抹消され虚無へと帰るとはいっても思うとこがあったんじゃないかね、メティスも。

 そして世界の心、つまりMPムーンピースを管理する月華王ってのはメティスがジズに乗り換える前の躯体だ。

 だから当て推量ではあるけど多分このラインであってると思うんよね。

 セーラ達との冒険の最後、月の兎、月華の王から託された力を私はシスティリアに変容させた元ティリア、こと月音の守護とした。

 竹取物語において月の王とともにかぐや姫が天に帰るシーンで彼女にかけられるすべてを忘却し虚へと変える天の羽衣が存在する。

 私が月音の羽衣に名付けたその名は……


「ルナティリア」


 私の言葉にびくっとした月音とすました顔のままの月影。

 この街、システィリアに来てからこの白黒猫はずっと街と月音を護ってきた。

 最後の最後、わざわざ外に異分子を助けに行くまではね。


「あの子とこのアトラには何かあるんやね。ティリア、いや月音の今後に関することで」


 白黒猫は答えない。

 猫だしね。

 ふいに月影がふっと月音の方を見た。

 私もつられて月音を見やる。


「月音」


 夢の旅の果て、星の妹が繋いでくれた小さな奇積。


「はい」

「メティス、生きてるってさ」


 さらりと言った私の一言に月音の表情がくるくると変わる。

 驚き、恐れ、そして悲嘆、その後に静かな笑み。


「そうですか」

「もし逢えたらさ、何か言いたいことはあるかね」


 私の言葉に考え込んだ月音。

 少しの間の後で月音が意を決したように口を開いた。


「謝りたいです。あの時……レビィやメティス達に酷いことを言いました」


 空気が読めて優しい人ならここは流してあげるとこだろうね。

 でも私は優しくもないし空気は読めてもあえて従わん奴なのさ。


「なにをいったんよ」

「『あんたたちなんて家族じゃない。偽物の、でっち上げの人形だ』って」

「そっか」


 私は月音の頭をそっと撫でる。


「なら謝らんとだわね。咲の妹のカコもそうだけどメティスにもそのうち逢いに行こうか。この街の皆と一緒に」

「えっ、いいんですか? おねーちゃん達は……」


 言いかけた月音の顔に月影の猫パンチが炸裂した。


「ぐげぅ」

「ははっ、月影におこられてんの」

「ち、ちが……だって」


 私は月音の頭をなでながら通信を見てる妹たち意識しながら言葉を続ける。


「月音にたくさんの家族ができた。それだけでも逢いに行って言うだけの価値はきっとあるさね」

「!……はいっ!」


 それにさ、あの日、もし津波が来なくて明日咲にいつも通り会えたならいつもと同じあの言葉を私はかけてほしかったんだよね。

 ほんとに短い、簡単な言葉なんだけどさ。

 どこか自分の居場所に帰ったときにかけてもらえると心が温まる、そんな言葉があるもんなんよ。


「おーい、月音。タオル二人分かしてくれ」


 視線を上げるとククノチの制服を着たナオ。

 それとここしばらくナオのとこで教育されている吉乃の姿があった。

 その吉乃だけど今は教育も兼ねてナオと同室で寝起きしてる。

 吉乃の体形に合わせてリーシャが作ったククノチの制服が黒髪に赤い瞳によく似合っていた。


「あっ、はーい!」


 月音が慌てて二人分のタオルを取りに受け付けの後ろに走っていった。


「ねーちゃん、またなんか変なことしてるみてぇだけど着替えてるとことかは撮るなよ」

「撮らんよ、アカリじゃあるまいし」

『ちょっと、いきなり巻き込まないでくださいっ!』


 姉妹通信経由で入ったクレームはスルー。


「ナオって毎日ここに来るよね」

「あたりめーだろ。配達で汗だらけになるから夕方の仕事の前に風呂はいりてーんだよ」

「ふへぇ、ねーさん。私はもうだめっす。先に行ってください」


 へたりこんだ吉乃の腕を持ち上げたナオ。


「なにいってんだ、今日のシフトはこれで半分だからな」

「ふちゅー」


 ははっ、スパルタだこと。

 そんな二人にタオルを渡した月音は来客である二人の姉妹に変わらない笑顔を向けた。


「月の湯へようこそ。ゆっくりしていってね。それと……」


 私が姉妹召喚リングを操作して月音の表情を拡大する。


「おかえりなさい」


 あの日、妹にかけてほしかった言葉が通信を通して皆に届いた。

 そしてポンと叩かれた私の肩。

 振り返るとそこには白黒の猫がどや顔をしていた。


「ははっ。お前さんほんと面白い子だね」


 システィリアの月の湯へようこそ。

 ゲームではなかなか見ないよね、大浴場付きの宿。

 座敷童の出迎えに気持ちの良い大浴場、そして猫もいる。

 私は足元で見上げる白猫に視線を合わせると笑顔でいった。


「そういや言ってなかったね。システィリアへようこそ、アトラ」


 妹弟子もわるかない、ネコだけど。

 ちなみにこの日、月の湯はかつてない数の姉妹たちの来訪でごった返した。

 込み合う建物の中、嬉しそうな月音の言葉が響く。


「おかえりなさい、おねーちゃん」


 今の少女には帰ってくる家族がいた。

 いつか育ての親にも言えるといいね、月音。

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