埋葬少女

「おっと」


 私とお姉さまは随時、土の移動を追加して火浦の攻撃を避けています。

 鳥は土に包みました。

 つい先ほど幽子お姉さまが世界樹に立ち寄って聞いてきたという話が役に立ちました。


 レフト、ライト、ライトですか。


 言葉と体の動きはお姉さまが、スキル能力発動は私が担当しています。

 指の動きで能力発動の指示をするという話でしたがなんとかなるものなのですね。

 お姉さまの心を読んででも可能ではあるのですが、反射的な動作だとそれでは間に合わないそうです。


「なんでみーくんの熱で焼ききれねぇ!」


 右に三追加、左に四追加ですね。


「そりゃ、あんたの炎上もそっちの火の鳥の特殊能力もスキルだからね。一時に一個しか発現できないという点においてはこっちと変わらないわけだ」


 火浦が操作してる間は一指示あたり一個ずつみたいね、というお姉さまの心は私たちにだけ聞こえています。

 暴走されたら同時発動の枷が外れるかもしれないのですか、了解いたしました。


『ほんとにいけるんだ、びっくりだよ』

「厳密に高熱で焼いてるわけじゃないからね、熱で魔導のシールドは焼けないさ。それに層の間に硬い石を大量に挟んでおきゃそれもそれで別扱いなのさ」



 そういいながらお姉さまが左片足を後ろに下げました。

 ターン指示ということはこうですね。

 私たちの足元が隆起し相手を見下ろす形へと変化しました。

 いつの間にか周囲の風景が暗くなりあちこちの土の上に十字型にされた大量の木の杭、そして中空に黄色く丸い月が見えます。

 この十字型にもきっと何か意味があるのでしょうね。

 何か黒いものが飛び回っていますね、蝙蝠こうもりでしょうか。


『……シャル、またこんな無駄に凝ったへんな演出をして。マナの無駄遣いじゃない』


 確かにそうなのですが、少し楽しいですね。


『フィーまで毒されないでよ。なんか、ハロウィンコスになってるし』


 私の服もフリルの多い茶色とオレンジが主体のものに切り替わっています。

 お姉さまは三角型のとがった帽子のツバを右手でくいっともちあげて、もう片方の手で背後において置いたスコップの中ほどを持ちました。

 左手のスコップを器用にくるりと回しながら一歩前に進みます。


「わけわかんねぇぞ、なんだ、なんなんだてめぇはっ!」


 私も理解しきれていませんが、それ以上に火浦が気圧されているのは確かですね。

 戦場にて数万の兵士を怪獣を操って焼き殺したあの火浦がです。

 訓練の際にお姉さまは私にこう言いました。


「わからないというのが今の私らの最大の武器なのさ」


 なるほど、わからないから怖いのですね。

 事前の打合せ通り火の鳥を多重の土の膜で覆いつつ、隙を縫って相手に向けて斜めの傾斜を付けました。


「シャル、火の付いた蝋燭ろうそくを大量に配置」


 いま、お姉さまが小さく呟いたのはシャルお姉さまへの指示でしょうか。

 するとその道に沿って大量の蝋燭台が出現し近い順から火がついていきます。

 さすがシャルお姉さま。

 昨日の打ち合わせでは魔導で音を拾われるとは聞いていましたが、今の小さな呟きでも聞き取れるのですね。

 しかも幻影魔導でここまでできるのですか。


「埋葬叶わぬ同胞に」


 一歩前に。


「求むは過日の思い出探し」


 こちらを凝視する火浦と今目が合いました。

 ああ、なるほど。

 彼の目はあの日の

 そういうことなのですね、お姉さま。


「あの日の二人の約束胸に、貴方に捧げる鐘の音」


 どこからともなく鳴り渡る鐘の音が聞こえます、シャルお姉さまの演出でしょうか。

 お姉さまの話だとテラの一部地域の宗派では埋葬の時に鐘を鳴らす慣習があるという話です。

 私はさらに火の鳥を多重に土でくるんでいきます、下の土にもできるだけ隙間を開けつつ崩れにくいようにしないといけないのは大変ですね。

 わずかでもつながっていると焼き切るのが早いようです。

 今時点で四十九層、お姉さまの指示にて手の空いてるときは焼却用の層の追加を行います。

 この埋葬が終わるまではあの鳥には土中で休んでいてもらいます。


埋葬少女まいそうしょうじょ、フィーリア」


 お姉さまが軽くスカートのすそをもって会釈した後に手に持ったシャベルの刃先を相手に向けました。

 改葬するにはまずは掘り起こす必要があります。

 であればまずは遠く彼岸かなたに埋葬された、貴方の心を掘りましょう。


「貴方の心を埋葬します」

『埋葬する前に砕けなきゃいいけどね』


 私は埋葬人、掘るも埋めるも私の仕事です。















「燃えやがれっ!」


 火浦が手を振り抜いた位置には私がお姉さまの指示で作った土の壁があります。

 そのまま足元を掘り下げ土ごと後方に移動しました。

 お姉さまがそのままスコップで思いっきり頭を殴りとばします。


「ぐはっ!」


 血とともに火浦がよろめいたその瞬間、空中に丸い幻影のような映像が浮かび上がりました。















 何か絵の描かれた箱が大量に並ぶ店の中、一升瓶からコップに震える手で酒を注ごうとしている中年の手から小さな子供が瓶を奪い取ろうとしていますね。


 一升瓶もこのような美しい水受け容器コップも私自身は見たことがないのですが、こうして一緒にいると物事が理解できるというのは便利ですね、お姉さま。


「いい加減にしろよ、父さんっ! 昼から飲んでばっかじゃねぇか」

「うるせねぇな。別にいいだろ、どうせ客なんて来やしねぇんだから」


 そのまま子供の腹に靴をはいたままの足で蹴りを入れて蹴り飛ばした男は、コップに注ぐのもめんどくさくなったのかそのまま瓶に口を付けた。


「父さんがそんなんだからだろ! そんなんだから母さんは死んだんだっ!」


 その瞬間、その少年が父さんと呼ぶ人物の表情が悪鬼羅刹へと変貌しました。

 ああ、この表情には見覚えがあります。


「うるせぇぇ!!」


 瓶を振り上げる父親。

 赤く染まる視界とともにその幻像はふわりと欠き消えました。















『なにこれ……』

「少年の心の傷トラウマだよ。まだ一瞬しか分からなかったけどね」


 頭を地に染めた火浦が殺しそうな目でこちらをにらんでいます。


「てめぇ、何しやがった!」


 お姉さまは軽く首を傾けると口元に指を添えてんーっと考え込んだ上で口を開きました。


「心の奥底に埋没した黒歴史や深い傷を私らの融合疑似スキルで掘り出してるだけさね」

「ふざけんなっ! てめぇ殺されてぇみたいだなぁ!」


 襲い掛かってきた火浦をひらりとよけてお姉さまが今度はスコップの腹で横腹を強打しました。
















 また、空中に幻像が見えました。

 複数たって見える蝋燭も相まってまるで蝋燭の火に思い出がともるようにも見えますね。


「困るんですよねぇ、火浦さん。金借りたのはあなたでしょ、きちんと返してもらわなならんのです。わかりますか」

「それはそうなんですが……その、来月にはまとまった金が」


 変わった服を着た男が先ほど暴力をふるった彼の父親を釣り上げてるようですね。


「オタク先月もそういったよな。あー? 金払う気あんのか」

「そうはいっても今手元にはないんだっ、もうちょっとだけ」

「ふざけんじゃねぇぞ。こっちだって生活かかってんだ、いい加減にしろよクズ」













 幻像かこが消え火浦がゆらりと起き上がりまあした。

 この動きは死人に近いですね、血が出てはいるのでまだ生きてはいるのでしょうが。


「くそったれが……悪趣味だっつーの」

「ははっ、違いない」


 へらりと笑うお姉さま。

 火浦は見た目以上にダメージが入っているのが精神に来ているのか精彩にかいてきていますね。


「一つ教えておくれよ、少年」

「あ”ぁ”?」


 少年ですか、少なくとも目の前にいるこの火浦の背格好は青年の高さに見えるのですが。

「お前さんにとって人が燃えるというのはどういう意味を持つんだい」


 虚を突かれたような表情をした火浦が次の瞬間には笑い出しました。


「ばかかてめぇ、そんなのもわかんねえのかよ」

「ああ、私は妹たち曰く底抜けの阿呆あほうらしいからねぇ。愚昧ぐまいなるこの私にぜひ教えておくれよ、聖人『火浦』」

「んなもんっ」


 瞬間、お姉さまも口を開きました。


「「『救済』に決まってんだろうがっ!」」


 二人の声が重なった瞬間、火浦の目が驚愕に彩られました。

 次の瞬間、お姉さまが出していた指示に従って私が土の移動で私の体を使うお姉さまを火浦の右斜め後ろの死角に移動、お姉さまが融合時の全力を込めたフルスイングスコップで火浦を殴りつけて吹き飛ばしました。


















 空中に投影される火浦の傷。

 全部の幻影の蝋燭の上に映像が浮かびあがった。

 寝室の枕元、泥酔して眠る父親が手に持ったままのタバコに火がついている。

 そのままぽとりと畳の上に落ちた煙草を少年がじっと見つめていた。


 少年が横を見ると電気がきえた店に売れずに放置されたプラモデルの箱が大量にみえる。

 おもちゃ屋なのかね。

 どちらにせよ電子系の玩具がほとんどないって時点で私の時代の人じゃないんだろうね、火浦は。


 徐々に広がる火の手。

 寝たばこねぇ、昔は多かったってどっかで聞いたけどそんなものかね。


「いやだ……あつい……くるしい……」


 幻影の中で子供が泣く声が響き渡る。


「死にたくない……やだ……会いたいよ、かあ……さ……」


 幻影の中、一瞬だけ女性の姿が見えた。

 なるほど、こいつの信仰の核インフィニティがなんとなくわかった。




















「これがあんたの幻想か」


 お姉さまがスコップをぶんとふるうと空中の幻像がすべて掻き消えました。


「ふざ……けんなよ。げほっ」


 吹き飛ばされた火浦は遠くの世界樹のシールドにあたったようですね。

 血まみれになった状態でそれでもなお、ゆらりと立ち上がりました。


「四聖火浦、あと一回掘ればあんたの幻想は崩壊する」

「なに、いってやがる」

「もう一度言おうか。燃やせば救済できるというあんたのその幻想は、恐らく本人も忘れた記憶の錯覚によるものよ」


 口から血を吐きながら火浦が激昂する。

 随分離れた二人が会話できているのはシャルお姉さまが音声伝達しているからでしょうか。


「ふざけんな、俺は最後に母さんにあったっ! 死ねば、焼ければ会えたんだっ!」


 お姉さまはふぅとため息をつくとスコップを火浦に向けました。


「なら


 火浦の雰囲気が一変しました。


「おい、やめろ。誰がてめぇなんかに殺されるって、やめろって」

「試してみるかい? どちらにせよあと一回掘れば、次はお前さんが忘れている痛恨の傷を掘り出せるって感触がこっちにはある。さぁ、どうする少年」


 下を向いて静かになった火浦。


「お前に殺されるくらいならミーくんに全部くれてやるっ! 燃やして尽くせ! みーーくーーーーーーんッ!!」


 ピヒャーーーーーーーー!


 ひうらの魂の叫びを聞いた火の鳥。

 文字通り燃えるというその概念の怪獣は、幾層にも積み重ねた土の層を一瞬で焼き尽くし、火浦の元に一目散に飛び込みました。

 そのまま彼を飲み込むと火の鳥がゆっくりと形を変えていきます。


『人……の形になってきてない』

「人だねぇ、あの大きさは普通はないけど」


 火の鳥の大きさそのままに人の形になった焔の塊。

 それは口を開き目を開くと声を発しました。


「さぁ、殺しあおうぜ。てめぇみたいなくそったれでも救ってやんよ」

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